第7話 決闘ですか!?-2

 パーティが行われている大広間は静かながらも動揺に満ちていて、皆がザワザワと不安げに話し合っている。

 聖女様が倒れ、その背中には斬られた形跡があったからだ。その一報が舞い込んできた時からその場はパーティどころではなくなった。

 公国の中心たる城の中で傷害事件が起きた―――このことはパーティの参加者に衝撃をもたらし、不安と警戒を高めている。大広間には緊急で兵士が配置されるように指示がなされ、ゾンの周囲に身を固める兵士も七人と数を増やした。

 だがそんな中でもゾンは何処吹く風と言わんばかりに笑みを浮かべていた。事態が事態なので眉こそしかめてはいるが、それは何か興味の湧いたことに出会った笑みだった。

 気になった兵士の一人が聞いた。


「ゾン様。何かおありですか? 笑っておられますが……」

「いや、気になることがあってね。斬られた聖女……ニニスと言ったか。傷がひとつも無いらしいだろ?」

「ええ」

「気になるんだよ。どんな獲物で斬ったか知らんが、わざわざドレスだけを斬りに来たんじゃあるまい。そうだとしても、綺麗にドレスだけを斬る芸当が出来るものか。一旦気絶させてから斬ったのか? ますます意味が分からん。……普通に考えたら、となるだろう? だから気になる……」


 ゾンはそう言って口角を上げている。話す兵士はどこか引っかかった。


「ニニス様のことは心配ではないのですか? それに犯人がまだ城内にいるかも知れません」

「ん? そりゃあ心配だ。聖女様が命を狙われるなんてな。俺の顔に泥を塗るような真似をした犯人を決して許すつもりは無い」


 それを聞いた兵士は心の中で(ニニス様のこと自体は心配ではないのか……)と呟いた。


 ゾンの周囲を固める兵士のうちの一人は激しく動揺していた。ゾンが言った『決して許すつもりは無い』という言葉を聞いたからだ。

 しかし態度には出さない。精鋭となるべく訓練して、同時に鍛え上げられた精神力の賜物だった。

 荘厳な鎧と繕った態度に身を包んだ彼こそ、ニニスを奇襲した犯人であるダキアという若い男性だった。

 ニニスに傷がひとつも無いというのには驚いた彼だが、彼は自身が犯人であるとバレるはずが無いと半ば確信していた。斬りつけて倒れるまでの一瞬のうちに、他の兵士と同じ鎧を着て顔を覆っていた自分をダキアなどと気づけるはずが無いと考えていたからだ。



 するとその時、大広間から廊下に繋がる扉が開いた。そこから入ってきたのは薄着のニニスだった。


「な、なんだ……?」

「ニニス……様、よね?」

「どうしたんだ?」

「傷はどうしたのかしら……」


 大広間にいた貴族たちは一層戸惑って視線を注ぐが、ニニスは気にも留めずに一直線に歩いていった。

 彼女の歩みはゾンの横で立っているダキアに向かう。ゾンの興味津々な表情にも気にすることなくダキアの前に立つと、ニニスは口を開いた。


「私のドレスを斬ったの、あなたですよね?」


 ゾンは「ほほぉ……」と興味深そうに呟いた。

 ダキアの心臓が高鳴るが、しかし彼はかろうじて平然を装う。


「何を仰られているのでしょうか。何を根拠に……言いがかりは困りますよ」

「顔を見たからです。あなたで間違いありません」

「顔ですか? いやそれこそ、僕は今こうして顔が隠れていますよ?」

「あなた、淡い緑色の瞳に濃い茶色の髪をしていますよね。おそらくは若い男性……合ってますか?」

「なっ!?」


 ニニスの言葉を皮切りにさらに貴族たちに動揺が広がった。

 そんな中でゾンは高らかに笑ってみせる。ニニスは彼を冷静に見据えた。


「はっはっは! 本当かよ! お前、そのヘルメット脱いでみろよ」

「くっ……」


 ダキアがしぶしぶ顕にした顔は、ニニスの言う通り緑の瞳に茶色の髪をしていた。それによってゾンの興味はさらに強まったようだ。


「本当かよ!? なんで分かったんだ?」

「外を見るための隙間が空いていましたから。倒れる瞬間にそこから見えました」

「はははっ! ニニス、あんた、部屋に入ってから一直線でコイツのとこに来てたよな? まさかあのドアのところから隙間の中を見てたのか?」

「……そうですが」

「あっはっはっは! そいつはすごい!」


 ニニスが加護で強化できる範囲には視力もあったため、普通では見えない隙間の奥まで見通せる。その芸当にダキアは身震いしていた。


 するとその時、クラリスとウィルが遅れて大広間に入ってきた。クラリスが「ニニス様! まだ安静にしていないと!」と呼びかけるが、ニニスは厳しい顔をして聞き入れない。

 ウィルはニニスに近づくと聞いた。


「ニニス様。彼が犯人なのですか?」

「はい」とニニス。

「ま、待ってくださいよ! 証拠が何も無いじゃないですか! 見間違いだったかもしれないし、それだけで僕が犯人だなんて決められますか!?」


 とダキアは苦し紛れに言ったが、ニニスにとっては痛いところを突かれた。『見た』というだけではいくらでも違う可能性がある。

 ニニスが考え込むように下を向いて押し黙っていると、その時ウィルが思い出したように言った。


「そういえば……」

「どうしました?」

「パーティの開始時にはゾン様の周囲に四人の兵士がいたはずなのに、私が挨拶に伺った時には三人だったような……気がしているのですが……」

「それは本当ですかっ!」とニニスは言う。

「えぇ、はい……。はい、思い出しました。確かにニニス様と話し終えてゾン様の元へ向かった際、兵士は三人でした。ゾン様、覚えていらっしゃいますでしょうか」

「あー、確かにそうだったような気がするなぁ」とゾンは曖昧に答える。

「クラリスから聞きましたが、私との会話が終わった後にニニス様は退室されたらしいですね。あなたがその時に居ないというのは充分疑うに値する理由ではと思います」

「だ、だからって!」とダキア。「それが僕だとどうして断言できるのでしょうか! 居なくなったのが実際に僕だと、あなた様は見たのですか!?」

「それは……」


 と今度はウィルが言葉に詰まった。やや興奮していたダキアは呼吸を整え直すと、落ち着きを装って言う。


「どうですか、分からないじゃないですか……! 変な言いがかりはやめてくださいよ。それに、あの時僕が居なくなったとして、だから僕が斬ったとは決めつけられませんよ」

「ダキア……本当にお前なのか?」


 そう言ったのは同じくゾンの傍に配属された兵士だった。ゾンにどうして笑っているのかと聞いた兵士だ。ニニスは彼のヘルメットの隙間を見て声をあげる。


「あっ! グノットさん!」


 グノットは(分かるのか……)と驚きながらヘルメットを脱いだ。やや老けた顔が顕になる。


「お久しぶりです。お披露目会以来ですか。挨拶もできず申し訳ない」

「いえいえそんな。お気遣いなく」

「分かりました。では……」とグノットの目線がダキアに向く。「ダキア、あの時居なくなったのはお前だったはずだよな。武器を置いてきてしまった、と俺に言って取りに戻っていた。本当にお前がやったのか?」

「ち、違いますっ! 僕じゃないっ! 確かに武器を忘れて、急いで取りに戻りましたが、だからって……っ! 信じてください!」


 ダキアにとってはここで折れてしまえばゾンによる重い罰が待っていた。

 まだ粘ろうとするダキアにニニスは何も言わない。一目で分かる決定的な証拠が無かったからである。だがそれも時間が経てばいずれ得られるだろう。


 すると唐突にゾンが割り込んだ。


「じゃあさぁ、埒が明かないし決闘で決めないか?」

「えっ?」


 とニニスが戸惑う。ゾンは心なしか楽しそうだった。


「そうしよう! そうしよう! 勝った方が真実、そのルールで行こう! みんな聞いたか? 今すぐに決闘の準備だ!」


 その場にいる全員がいきなりのことに飲み込めなかったが、いち早く使用人たちがバタバタと動き出すと、次第にどよどよとした声が溢れてきた。

 満足気な顔をするゾンにニニスが聞く。


「ゾン様。それは私とダキアさんの決闘、ということでしょうか」

「そうだよ。はははっ! 健闘を祈ってるよ!」


 とゾンは兵士を引き連れて退室しようとしたが、ウィルが引き止めた。


「お待ちください! どうしてそのようなことを! 人が殺されそうになった事件なのに、まるで楽しんでいるではありませんか!」

「ん? 意見してるように聞こえたなぁ」


 とゾンはウィルに振り向いて言うと、ウィルは足がすくんで何も言えなくなった。


「ウィルと言ったか。名前は覚えたよ。悪い意味じゃないから心配するなよ。じゃあな」


 そう言い残してゾンが離れていく時、グノットがニニスたちに急ぎ足で近づいた。そしてニニスにこっそりと話しかける。


「ニニス様。ゾン様はあなた様の実力に非常に興味がおありです。なぜ決闘になったのかと思っているのであれば、ただのそれだけですから悩まないように。それから……ダキアも新米とはいえ精鋭の兵士です。戦えますか?」

「……。私は、戦いません」

「はい?」とグノットが聞く。

「私は彼にドレスをダメにしたことを一緒に謝って欲しいだけです。私は彼を傷つけさせず、罪を認めさせます」

「……分かりました」


 とグノットは急ぎ足でゾンの元に急いだ。

 ダキアは他の使用人に連れられて既にどこかに行ったようだ。

 心配するウィルとクラリスをよそに、ニニスはダキアをどうすれば説得できるのかを考え始める。

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