第6話 決闘ですか!?-1

 窓からの陽の光が注ぐ城内の廊下を、薄ピンクのドレスを着たニニスが歩いていた。彼女は自室にまで戻っていく途中だった。

 すると、彼女の背後に音もなく近づいてきた鎧の男が、狙いを定めて剣を振り上げた。

 男は躊躇無くそれを振り下ろすと、ザクリという音と共に剣がニニスのドレスに食いこんで、ニニスの背中には袈裟懸けの線が作られる。


「えっ……?」


 斬られる音がしてようやく男に気づいたニニス。まだ突然のことを呑み込めない彼女は振り返って鎧の男を見る。男の顔や表情は頭部の鎧に覆われていて伺い知るのは難しい。

 だが次第に自身の背中が斬られたことを知ると、ニニスは足元が覚束なくなった


「う、嘘……!? そ、そんな……」


 彼女は意識を失って仰向けに倒れる。それを見届けた男は剣を仕舞ってその場から立ち去った。



 ――――――



 遡ること一時間前。


 本日、外交のため隣国に赴いていたゾン・レンバステンが帰還し、城内で記念パーティが開かれていた。ゾン・ブラッド・レンバステン公子はヴァルフォール公爵の子息であり、ゆくゆくはトードル公国のトップともなる人間だった。

 なので帰還してきただけでも盛大に祝われ、大広間では身分の高い貴族たちが豪華絢爛な衣装を身にまとってワインを上品に呑みかわし、使用人たちの忙しなく働く姿が見て取れる。

 中でもゾンは周りを精鋭兵士四人に囲まれながら、大広間の中心で女性と談笑していた。


 そんなゾンの様子を見ながらニニスは、大広間の端で慣れないワインを口にしたり机の皿の上の料理をもそもそと食べていた。

 彼女もまたこの場に相応しくなるような薄ピンクのドレスに身を包む。

 その一挙手一投足に彼女は気を遣っていて、表情はどこか具合が悪そうだ。すると、横に立っていたクラリスがニニスの様子を見て言う。


「お帰りになりますか?」

「いやぁ悪いよ。招待してもらったのに」

「そうでございますか」


 パーティの参加者たちは思い思いに交流しているが、まるでニニスの場所だけぽっかりと穴が空いたように、ニニスに話しかける者は現れない。

 たどたどしく口に含んだ高級ワインの味が分からないほどに緊張しているニニスをクラリスは冷静に伺う。


(避けられている……。認めたくない、みたいだな。平民からいきなり聖女となったニニス様を、彼らは自分らと同格だと思いたくないようだ。ニニス様もお辛いようだし頃合を見て退席させるか―――)


 クラリスがそう考えていた時、横からニニスが話しかけられた。歩み寄ってきた微笑む濃い金髪の男はウィル・クランテスだ。


「ニニス様。お久しぶりです」

「あっ! ウィルさん! 来ていたんですね」

「はい。クラリスさんも久しぶりです」


 呼ばれるとクラリスは黙ってお辞儀をした。

 城に招かれたということで特に身なりを整えてきた彼は、誰もが目を引く美貌を周囲に振りまいていた。


「一週間ぶりですね。あの後、街は大丈夫でしたか?」

「ええ。おかげさまで。街に活気が戻ってきましたよ」

「それは良かったです」とニニスがパッと微笑む。

「ニニス様の活躍があってこそですよ。良ければまた私たちの街にいらしてください。おもてなしはしますから。といっても、このパーティほどでは無いのですが」

「ぜひぜひ! 素敵な街でしたよね。今度ゆっくり周りたいです」


 その後も話し続ける二人を見てクラリスは、顔に出さずとも心なしか安心するのだった。


 しばらく話しているとウィルの後ろからウィルの父であるハルトンが現れた。ハルトンはウィルを見つけると駆け寄ってきて、気づいた二人は話すのをやめた。


「ウィル! 探したよ。ニニス様も会えて光栄だよ〜」

「こんにちは」とニニスはニコリと言う。

「お父様。どうされました?」


 ハルトンが言うには、ウィルに挨拶させたい人がたくさんいるから着いてきて欲しいとのこと。ウィルは申し訳なさそうにニニスに断ってから父親に追従していった。

 ニニスはそれを見送ってからグラスを机にコツンと置くと、クラリスに対して小声で切り出した。


「ごめん、もう退席していいかな……?」


 ――――――


 ウィルが父親に連れられてゾンと挨拶していた。ゾンは気さくに余裕のある笑みで彼ら親子と接している。

 ウィルはこんなにもかしこまるハルトンの姿を見たことがなかった。まるで媚びへつらっているようだ。

 だがウィルは批判に思う気になれなかった。それは仕方ないことだと思っていたし、なにより自身も強く緊張していたからだった。

 そんな挨拶の途中でウィルは違和感に気付く。ゾンの横にいる兵士の人数が三人、ウィルから見てゾンの右に一人、左に二人だった。そのバランスのおかしさに不思議に思うも、ウィルは気を引き締めてゾンとやり取りを済ませた。


 ――――――


 大広間から少し進んだ廊下の端で、ニニスは深くため息を吐いた。


「あぁ〜〜、疲れた〜!」

「はしたないですよ」

「だってもう、ああいうの慣れないし。それに……」

「とりあえず先に部屋にお戻りください。私は水を持って参りますので」

「あ、ありがと〜。気が利くね」

「仕事ですので」


 クラリスがニニスと別れて歩き、ニニスは緊張から開放された重い身体を引きずって自室に戻っていった。



 その途中でニニスは男に斬られ、倒れているところを通りがかりの使用人に発見される。



 ――――――


 ニニスが目を覚ましたのは自室のベッドの上だった。


「あれ?」


 とニニスはむくりと身体を起こすと、その時横から焦ったウィルの声がした。


「あっ、ニニス様! まだ安静にしていてください」

「いいじゃないの。傷は一切無かったみたいよ?」


 と言ったのはウィルの横で椅子に座る大聖女のミリアンだった。ニニスが辺りを見てみれば、ミリアンの後ろには彼女の使用人であるジョッシュと、ベッドを挟んで反対の方にはクラリスと城に在住している医者のおじさんがいた。ニニスも合わせて部屋には五人いる。


「ですがしかしこうして倒れたのですから……!」とウィル。

「だが本当に傷は無い」と医者が言う。「その様子だと痛みも無いようだし、どうやらドレスがバックリと切れただけだな」

「そうですか……」とニニスが言う。「そういえば私……、私……あーーーーーーっ!!」


 ニニスの叫びにその場の全員が驚いた。

 しかし表情で言えばニニスが一番驚いているようだ。

 ニニスは自身にかけられた毛布をまくってペコペコと頭を下げる。


「すみません! すみません! ドレスをダメにしてしまいましたぁっ!」

「え?」とウィル「ニニス様が斬られたことの方が一大事ですが―――」

「そんなことないですよ! あのドレスって今日のために用意された高いもので、確か値段が……いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくま……っあぁっ……」


 数を思い出している途中で目を回したニニスはまた気を失ってベッドの上に倒れた。「あっ! ニニス様!」とウィルと医者が慌て出す。


「あら。どうやら倒れたのはこれが原因だったようね。おほほほ。なんだか具合が悪そうだったけど、お高いドレスに緊張していたのねぇ」とミリアンが笑った。

「……いえ。原因は私です」とクラリス。「私がしっかりとニニス様についていれば守れたはずですから」

「そうかしら?」

「はい。私がついていながら……」

「おほほ。気に病むことなんかないわ。ニニスちゃんがただ斬られたくらいでやられるもんですか」


 クラリスとしては言ってる意味が分からず首をかしげるのみだったが、実際、ニニスは一切の傷を負っていなかった。

 ニニスは防御力を上昇させる類いの加護を常に自身にかけ続けている。今彼女は気を失っているが、それなのに誰にも傷を付けられないのだ。


 数分してまた意識を取り戻したニニス。ガバッと身体を起こす彼女を見てウィルは安堵した。だがニニスの表情はまだ切羽詰まっている。


「良かった……。ニニス様、安静にしていてくださいよ。まだ寝ていた方が―――」

「そうも言っていられません! 私、斬った人を連れてきます! その方と一緒に謝りますから、どうか! どうか弁償だけは許してください!」

「え? 何を―――ちょっ!」


 ニニスは若干取り乱したようにベッドから出てきた。そのままウィルとクラリスの制止も聞かず、着替えさせられた薄着のまま走り出し、ドアを開けて廊下を駆け出した。


「ニニス様! ちょっとー!」

「どこに行かれるんですか!」


 ウィルとクラリスもまたニニスに着いていく。

 部屋に取り残されたミリアンはジョッシュに言った。


「おほほほ。ああいう子が聖女なのも新鮮ねぇ」

「そうでございますね」


 ジョッシュもまたミリアンほどではないが歳を召されていた。二人は大聖女とメイドという関係でありながら、長い友人同士のように微笑みあった。

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