第9話 明日の話

私を背後から抱き締めている人物へと視線を向ける。


「ん?ギュってしてあげようか?」

「いや、大丈夫だから…」

「あっ、チューの方が良かった?」


姉がぶっ壊れた。

触られている感覚がして起きるのと同時に愛してるとか言ってきて、あまりの唐突さと身の危険を感じて眠気が吹き飛んでしまった。


「んー…

栞華の匂い、とても安心する…」


少し気持ち悪いな…


「そうだそうだ。」


首元で深呼吸を数回繰り返したあと、姉が離れて物置となっているクローゼットからプリントを取り出した。


そのプリントを私に渡すのかと思えば、さっきと同じように背後から抱き締められてプリントは私の顔の前で広げられた。

内容は多くて全部読めなかったけど、再び通えるようになる日と特別処置?的な事が書かれていた。


「一応、明日から学校に復帰することになってるんだけど栞華は行けそう?」

「行けrーー」

「でも体力ないから暫くは休んでても全然良いんだよ?

畔華ほとりは受験を控えてるから無理だとしても私は教師達を脅s…説得して休んでも出席扱いになるから一緒にいてあげられるしね!」


私の言葉を聞く気はあったのだろうか…

まぁその気遣いはとてもありがたいのだけど、頭のいい姉と違って私は1ヶ月の遅れを取り戻さないといけない。


「勉強も遅れちゃうし行くよ。」

「私が教えるよ?」

「いやいや、今度は姉の勉強が遅れtーー」

「お姉ちゃん、って呼んでね!」


やっぱり聞く気ないだろぉ…


「姉の勉強gーー」

「お姉ちゃん。」

「姉nーー」

「お姉ちゃん。」

「…お姉ちゃんの勉強が遅れちゃうよ。」


お姉ちゃんと呼ぶまで私の話を聞く気が全くないという、鋼の意志を感じた。

折れてお姉ちゃんと呼んだ事に気をよくしたのか、心なしかキラキラしたオーラを発している。


「教師達の作った特別テストで満点を取って黙らせたから問題ないよ。

志望してる大学のレベルに合わせてくれたみたいだったけど、簡単だったな。」


バケモンじゃん、怖いわぁ…

まぁ、頭のいい高校3年生なら大学の勉強先取りしててもおかしくないと思うけど…


「あ、そうなんだね。」


落ち着け私、問題はそこじゃない。

問題は私が学校に通えなくなること、友達は居ないけど青春してる雰囲気は味わいたいじゃん?


「それでも友達に会いたいから学校に行くよ。」

「は?」


部屋の温度が一気に下がる。

プリントがグシャと音を立てながら丸められゴミ箱へと投げられる。


「友達、いたの…?」


不穏なオーラを纏って何を言い出すかと思えば、この姉は私に喧嘩を売っているのだろうか。

居ないわ!ただ学校に行くための理由作りじゃ!


「…情報不足だったか、探し出してーー」


ヤバいこと言ってる。

ボソボソ喋ってたせいで最後の方は聞こえなかったけど、碌なことじゃない。


「ま、いいよ!

明日は一緒に登校しようね!」


友達が居なくてよかったと思う事なんて、なかなか体験できないよね。


「楽しみにしてるよ。」

「そう…」


私も少しだけ楽しみ。

あの少し騒がしいけど誰にも邪魔されず1人でボーッとできる空間に行けると思うと…


「ふふ…」

「!!!」


グッ


抱きしめる力が強くなった。

畔華ほとりの時みたいに苦しさは感じず、ただ抱き締められているとしか感じない。


「私の、私だけの、大切なんだよ…?」

「ん?」

「栞華はわからなくていいの、大好きだよ。」


わからなくていいって言われても、なんとなく言ってる事が理解できちゃったよ。


…ふと思ったんだけど、2人に私から大好きだよって伝えたらどうなるんだろ?

何故かはわからないけど2人は私にそこそこ大きな感情を持ってるみたいだから、そこら辺を上手く使えば元の2人に戻ってくれるのでは?


やってみる価値はある、かも…

まぁ、悪化するのが怖くて直ぐには実行に移さないけどね。


「私達が双子なら良かったのにね…」


サラッと畔華ほとりが入っていない事に驚きを隠せない。


「えっと、畔華ほとりは?」

「あの子は逞しいから大丈夫、それに私は栞華と双子がいいの。

同じクラスで授業を受けられればお世話してあげれるし、進学先も合わせやすいしね。」


学校で、お世話…?


そこで私はヤバイ事実に気づく。

姉の状態からして授業中はともかく休み時間は間違いなく私のクラスに来る、その後とる行動は…


クラスメイトから見た私の印象が友達の居ない根暗女から、姉にお世話して貰わないと何もできない赤ちゃん、的なのに変わる!

本当にヤバイ!


「震えてるよ、大丈夫?」

「だ、大丈夫。

なんとかなる、うん…なるとか……」


なんとかなる未来は見えない…!

明日の私に頑張ってもらうしかないか。


「お姉ちゃん、ただいま〜!」


半分諦めながら、明日をどう乗り越えるか思考してる最中に扉が勢いよく開く。畔華ほとりが買い物から帰ってきたみたいだ。


「…苦しそうにしてるじゃん、お姉ちゃんを離してあげたら?」

「怖いことを思い出しちゃったのか震えてたから抱き締めてただけだよ?

自分の欲を優先して抱き締めてた誰かさんと違ってね?」


自分の欲て、私の首で深呼吸した事は記憶から抹消されたらしい。


ジトッとした気持ちを姉に送っていたら、一通り言い合って満足したのか2人の口喧嘩が止まり、笑顔で普通に話し始めた。


「お昼ご飯はうどんで、夜ご飯はおでんになります!」

「優しいね。」

「お姉ちゃんはまだ消化悪い物とか食べたら危ないかもだしね、食べたい物の希望とかあればいつでも言ってね!」


まぁ、明日の事は明日の私に任せた。

今日は少し変わってしまった普通の生活をして、明日の為に体力を温存しておこう。


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次回 学校もなんか変

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