ダウンタウン・ライズ
「ママはね、乙女なの。コンプレックスに敏感で過剰に反応してしまう乙女なの。過剰反応がいつもあんな感じで店を壊しかねないものだから、気が抜けないのよねー。さっきだって入口の引き戸がヤバかった」
ジェイクの目の前に立つ女はそう言いながらタバコを咥え、火を点ける。火を点けた後でパーカーのフードを被る。黒のパーカーと短パンという出で立ちの小柄な女性とタバコの組み合わせは、他人に似あっているとは言わせないものだが、自然な振る舞いだ。
「あ、ありがとう。助けてくれて」
ジェイクはペコリと頭を下げた。
「アタシは被害を最小限にとどめただけ。職場のまわり一帯を廃墟だらけとか荒野にしちゃう訳にはいかないし。礼を言われる程の事じゃないわ」
女の言葉はジェイクに冷や汗をかかせたが、ジェイクは聞く。
「さっき、オレの事を後輩って言ってたけど、キミは……」
「あら、山田くんだっけ? 今みたいな事が日常茶飯事とは言わないけど、またあると思うよ。根性あるね。『やっぱりここで働くのやめます』と回れ右して帰らないんだ」
「働かないと生きていけないッスから」
「ふーん。アタシは
「これからどうぞよろしくお願いします」
ジェイクはキヨ子に再度頭を下げた。
「ま、ママが『あんな失礼な男お断りよ!』って言ったら、山田くんの就職活動は続く事になっちゃうし、お願いされたそのよろしくは行き場を無くしちゃうけども」
「あ、そうか」
「ママはその辺、カラッとしてるから、そんな心配はいらないと思うけどね」
「そうでありますように」
肩をすくめてジェイクは言う。
「幾分寺さん、オレはハーフ・ワーウルフで、なんというか、普通に四六時中、防御壁みたいなものを体表に纏ってるんですけど、マリーさんのパンチはそれを簡単に破って来た。あれって、何なんですか?」
「知らないよ。ママの能力はともかく、アタシは山田くんのその能力を全く知らない。説明なんて出来ないよ。でもまあ、山田くんのその防御壁ってのは、ママにとっては金魚すくいで使うあの【ポイ】くらいのものだっただけ……とかじゃない? 分かんないけど」
「マジすか。そんなフィジカル持ってるんですか、ピクシーって種族は」
「ううん。ピクシーって、羽根を持った小さな妖精のような姿でイタズラ好きって言うわよね。そのイメージは間違ってない。ママが規格外なだけよ」
「そうなんですか」
言いながらジェイクは腫れた左の頬を撫でる。
「とにかく。ママが理想としている乙女の姿と実際の姿のギャップを突くような事は言わない。それを守って欲しい。分かった?」
「了解っス、幾分寺センパイ!」
「……、キヨ子でいい。幾分寺って苗字、長いから」
キヨ子はボソリとそう言った。
「それじゃ、店の中に戻ろうか」
キヨ子はジェイクを促し【コンビニエンス Tabun Ikubun】へ歩き始めた。
その時、入口引き戸の真上の瓦屋根の上に据えてある畳二枚ほどの大きさのその看板がぐらりと動き、数瞬の後にキヨ子目がけて落ちて来た。
「センパイ、危ない!」
ジェイクはその看板を受け止めようとキヨ子の背後に覆いかぶさる勢いで走り寄った。しかし、看板はジェイクの手が届くところまでは落ちて来ない。空中で浮いている。
「あー、さっきの引き戸を開ける時の勢いが強すぎたのかな。あの衝撃のせいで、かな」
キヨ子はぼそぼそと言っている。
「あのぉ、センパイ、これは?」
一木作りのいかにも重そうなその看板を今まさに受け止めんとしている姿勢のまま、ジェイクはキヨ子に尋ねた。
「あ、山田くん。一旦元に戻すけど、後日DIY的な事をして、この看板がずり落ちて来ないように出来ないかな」
「えぇ、それはいいんですけど、この看板、なんで浮いてるんスか?」
キヨ子は指先をタクトのように小さく振って、浮いている看板を元の位置に据え直した。
「アタシは念動力を持ってるんだー。さっき山田君がママに吹き飛ばされた時に引き戸を開けたのもアタシ。この看板をこうやって、とりあえず元に戻すのももう十回目」
「念動力の無駄遣い過ぎません?」
ジェイクはまたいつ落ちてくるか分からない安定感の無さを見せている看板を見上げながらそう言った。
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