ダウンタウン・ダウン

【コンビニエンス Tabun Ikubun】と、書かれた看板をジェイクは見上げている。

「えっと、マジで?」

 ジェイクは呆れ口調で言う。

「何がだ?」

 坂崎はジェイクに応じる。

「高知の山ん中の個人商店よりも怪しさ満開なんですけど」

「そうか?怪しいか。客の評判は上々の店だぞ。便利で入りやすくて、値段も手ごろってな」

「どんなもん売ってて、どんな客がくるんだよ……」

 ジェイクは小さな声でボヤく。路地奥の便利ではない立地でコンビニエンスを謳うその店は、ガラス張りでもなく、修繕と増築を繰り返した跡が多く目に止まる古い町家で、緑色とオレンジ色のラインが横向きに入った大きな看板だけが辛うじて大手コンビニチェーンを模している。

「ま、オマエみたいな粗暴な田舎者でも雇ってくれるってな奇特な店だ。多少の事には目をつぶれ」

 坂崎はそう言ってその店の引き戸を開け、薄暗い店内に入っていった。

「うへぇ。マジかよ。ここがオレの就職先?」

 ジェイクは小さく呟きながら坂崎の後に続く。


「いやん、いいオトコじゃない! こんなイイ子連れてきてくれたの?坂崎ちゃん!」

 坂崎に数歩遅れて店内に入ったジェイクを迎えたのは、こんな台詞だった。その野太い声の主は薄暗い店内で明滅する配線の調子の良くないライトに照らされた女装の男だ。髭の剃り跡は青く、体格はプロレスラーに劣っていない。

「えーっと」

 少し後ずさりながら、ジェイクは声を絞り出す。声と言うには何の意味も持たない音だ。

「あぁ、紹介しよう。こちらがこの【コンビニエンス タブン・イクブン】の店主のマリー。そして、コイツが高知から上京してきた山田ジェイクだ」

 坂崎はそれぞれの名をそれぞれに告げた。

「よ、よろしくお願いします……」

 ジェイクは及び腰でそう言う。顔はひきつっている。

「んー、こちらこそ、ヨ・ロ・シ・ク!」

 マリーはしなを作りながら歓迎を表し、ジェイクに近寄ってウィンクした。

「そしてー、坂崎ちゃんがバイトにって、うちに連れて来たってことはー」

「あぁ。潜む者だ」

「そーぉ。一口に潜む者と言っても色々あるけど、ジェイクくんはやっぱり坂崎ちゃんと一緒でぇ、ワーウルフさんな訳ぇ?」

「そ、そうです。ワーウルフって言っても、ハーフ・ワーウルフなんですが。山田ジェイクです。よろしくお願いします」

 坂崎とマリーのやり取りを見ていて、ワーウルフという存在がタブーではない相手なのだと理解したのか、ジェイクは言った。

「こちらこそ。私はマリー。ピクシーよ」

「ピクシー……、なんか想像してた感じとちが」

 言い終わるまでに、ジェイクは後方に吹き飛ばされていた。入口の閉じていた引き戸が素早く開いて、ジェイクは店の外の道に倒れ込む。ジェイクの顔は腫れている。マリーが繰り出した右ストレートはジェイクにしっかりとしたダメージを与え、ジェイクのその大きな体躯を数メートル吹き飛ばしていた。


「な……、なんで?」

 ジェイクは立ち上がり、店の方を見る。するとマリーが大股でジェイクに近寄ってくる。

「誰がゴブリンじゃい!誰が鬼じゃい!」

 纏ったドレスが破ける程に筋肉を隆起させながら、マリーは憤怒の形相でジェイクに迫る。

「そんなこと言ってな……」

 ジェイクが涙目で腰を引いて立っていると、二人の間にサッと一つの影が入り込んだ。

「ちょっと、ママ、落ち着いて。ハイ、これでも嗅いで」

 そう言いながら、その影は持っていた香水瓶の蓋を外して、マリーの鼻に近づける。すると、隆起していたマリーの筋肉は萎み、憤怒の形相は凪いで恍惚の表情へと変貌していく。

「あぁ、ゴメンゴメン。落ち着いたら入って来な」

 マリーはそう言って店内に戻って行った。


「なに、アンタ。バイトしに来たんじゃないの? 初っ端からママと揉め事起こす後輩とか勘弁して欲しいんだけど」

 マリーを落ち着かせたその影は、ジェイクと変わらない歳であろう女性の姿でジェイクの前に立ち、自身の長い髪を払いながらそう言った。


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