人を食う
「坂崎さん、スゲーッスね。こういう事に慣れてるー」
坂崎とジェイクは並んで歩いている。ジェイクの肩にはガムヘアの男が担がれたままだ。
「オマエな、さっきのアレは誰がどう見てもケンカ売ってる様にしか見えないぞ。四国の山ん中ではあれか? ガムを吐いて捨てたヤツに拾って渡したら喜ばれる文化でもあるのか?」
「いやぁ、地元にはガムをその辺に吐いて捨てる様なヤツはいませんし、上半身から落ちたものは大事なものですからね。下半身から落ちるのはまあ、排泄物ですからスルーですけど、口に咥えてるモノと言えば、苦労して仕留めた獲物とかで、大切なモノですから」
「野生の暮らしの事は聞いてない。タヌキのキンバリーちゃんが咥えてたモノを落とした時の話は一旦忘れろ。そういった事があったかどうかは知らないが」
「はぁ……」
「いいか?今、オマエが肩に担いでるような手合いの口なんて、肛門みたいなもんだ。肛門から落ちるのはなんだ?」
「クソッス。」
「そうだろ?そんなものを拾うんじゃねーよ」
「マジすか、きったね」
そう言うや否や、ジェイクは担いだ男を地面に投げ捨てる。
「オイオイオイオイ!オマエ、身長二メートルくらいあるんだろ?死んじまうぞ、ソイツ」
「あ、ゴメン。大丈夫?」
ジェイクは屈んで男の顔を軽く叩く。ガムヘアの男は気を失ったままだ。
「まあ、いい。さっきの所からまあまあ離れた。引きずってもいいから、ソイツを連れてついて来い」
坂崎はそう言うと、商店街の建物の切れ間の路地に入っていく。ジェイクは言われた通り、男を引きずりついていく。
狭い路地には近くの居酒屋のものだろう、ゴミ箱やゴミ袋、発泡スチロールの箱などが置かれていた。
「その辺に寝かせといてやれ」
坂崎の指示に従ったジェイクに転がされ、ガムヘアの男の身体は薄暗い路地の片隅に横たわった。
坂崎は再び男のジャケットから財布を取り出して、その中から免許証を探りだし、それをスマートフォンで写真に撮った。
「何やってんスか、坂崎さん」
ジェイクの問いに坂崎は「ま、一応念のため、な」と答え、免許証を元に戻し、財布も男のジャケットの中にしまい入れた。
「さて、行こうか」
坂崎は路地の奥へと足を向ける。
「さっきの道に戻んないんスか?」
「こういう時に引き返すのが最善手になる事は少ないからな。この奥を抜けた道もさっきの道と平行に走ってる。問題ない」
そう言って先を歩きだした坂崎にジェイクはついていく。
「そういうもんスか?」
と呟いて。
「オマエはそもそもの見た目から目立つんだから、さらに目立つような事をするな。オレ達が目立っていい事なんて本当にないんだからな」
二人は裏通りを並んで歩いている。一世代昔の商店街といったところか、シャッターを下ろしている店舗のような建物が多い。
「でも、オレ達の一族の中には芸能人になってる人もいるって聞きましたよ、坂崎さん。それなら、多少目立ったところで……」
「バカ。アイツらの苦労も知らないで。そりゃあもう、涙ぐましい努力の連続だって言うぜ?『アイツはワーウルフだ!』ってバレない為にしている事って」
「満月見て叫びたくなった時に我慢するとか、誰かの飼い犬がしゃぶってる骨を横取りしたいと思っても行動に移さないとか、それくらいの事はオレだって出来ますよ」
鼻を高くしてジェイクは言う。
「あのな、そんな事は出来て当たり前だ。人に潜み人を喰らう人狼って伝説が今では随分薄れたとは言え、オレ達は人間にとっての脅威である事に変わりはねえ。バレるリスクを常に万全につぶし続けてるアイツらの心労は想像できたもんじゃねーよ」
「オレ達、人なんて食わないのにねぇ」
「ジェイクの生き様は『人を食ったような』って言われるもんだけどな」
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