パワード・コンビニエンス

 トイレットペーパー、アルミフォイル、洗剤に僅かな文房具。インスタントラーメン、菓子、米やパックされた惣菜……、コンビニエンスTabun Ikubun店内の木製の棚にはそれらが置かれていた。詰め込めば倍以上の商品を並べられそうなゆとりのある陳列具合はジェイクに『田舎の個人商店みたいに雑然とはしてないな』と思わせた。


「ようこそ、ジェイク。うちはしがない雑貨屋でね。ご近所さんのお役に立てますようにっていうのが信条の店よ」

「えっと、雇ってもらえるんですか?」

 マリーによる店の紹介のすぐ後にジェイクは訊ねる。

「えぇ。もちろんですとも。私の渾身の一撃を喰らってピンピンしてるような人材は中々いないもんね。よろしく頼むわよ、ジェイク」

「ありがとうございます。よろしくお願いします!」

 ジェイクは勢いよく最敬礼で応えた。そして、「って、打たれ強さって雑貨屋の店員に必要ですか?」と続けた。

 マリーはすぐ傍に立っている坂崎と目を合わせた。そして、二人とも小さな笑みを浮かべる。

「まぁね。キヨ子の前にカウンターがあるでしょ?うちは立ち飲みが出来る店でもあるって訳。この規模の雑貨屋一本で食べていける程、今の時代、甘くないわよねー。多角化経営はどうしたって必要に迫られちゃう」

 雑貨の棚の反対側には四、五人ほどが寄りかかれる長さのカウンターテーブルがあり、その向こう側にいるキヨ子とジェイクは目が合う。『もう、ママをキレさせないでよ』というキヨ子の意思を感じ取って、ジェイクは言う「なるほど、酔っぱらいに絡まれても大丈夫な頑丈な身体、ですか」と、目の前のマリーから自分の身体に目線を移して。

 すると、すぐさま「誰が頑強なガチムチマリーママじゃい!」と床をえぐる位の位置からのアッパーカットがジェイクのみぞおちに入る。ジェイクの身体は天井に向かって飛んだが、天井の手前で不自然に止まる。

「ママ、落ち着いて、山田くんが今言った頑丈な身体ってのは山田くん自身の身体の事よ」

 右手の人差し指をジェイクの方に向けたまま、キヨ子がマリーに言う。

「あ、あぁ、そうね。ごめんなさいね。私ったら、つい」

 マリーは拳を作って自身の頭をコツンと叩きながらそう言った。ペロリと出した舌にはこの数十分で少し伸びた髭の感触があったハズだが、それを無視する事は慣れているようだ。


 ジェイクは天井付近に浮かんだまま、白目をむいて痙攣している。キヨ子の指のタクトはその身体を床まで下ろし、カクカクと操り人形さながらの動きを見せてジェイクの身体をマリーの前に直立させる。そのジェイクの両肩を力強く掴んだのはマリーだ。マリーはそのままジェイクの身体を揺さぶって、「ごめんなさいねぇ。私ったら早とちりのおっちょこちょいでぇ」と満面の笑みを浮かべながら言った。

「だ、だ、だいじょぶで……げふ……」

 意識を取り戻したジェイクは気力を振り絞って言った。


「なぁ、マリーよ。そろそろ全部言っておいた方がいいと思うんだが」

 そう呟いたのは坂崎だ。

「雑貨屋と立ち飲みと、その他の業態もジェイクにはちゃんと言っておいてやれ」

 そう言いながら、坂崎はいつの間にかカウンターにもたれ、グラスに入った焼酎を飲んでいる。キヨ子はカウンターの中で伝票に『サカザキ クロキリ ロック 一』と書いている。

「……まぁ、そうよね。ジェイクも私たちの仲間になるんだもん。ちゃんと知っておいてもらわないとね」

 マリーは坂崎にウィンクで応える。

「うちはコンビニエンスと謳っているとおり、便利屋なのよ。ギャラに見合った依頼ならなんでもやるわ。ま、著しく道理を外れた依頼は断るけどね」

「断るっていうか、そんな依頼人そのものを〆ちゃう時もあるよね」

 キヨ子は一番多く売れ残っている惣菜を坂崎の前に置きながらマリーに言う。

「だってぇ。親の財産を笠に着て偉そうにふんぞり返ってるボンボンが、自分の思い通りにならない女子を無理やり手籠めにする為に力を貸せって言ってきたら、そりゃムカツクじゃない?ねぇ、坂崎ちゃん」

「まぁ、そうだな」

 キヨ子に出されたきゅうりとワカメの酢の物を食べながら坂崎は言う。「これ、うまいな」とも。


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