ワーウルフ・ジェイク
坂崎とジェイクは並んで道を歩く。晩秋の午後三時の太陽の光は、都会の外れの下町を夕暮れ色に染めていく。坂崎より頭一つ分高いジェイクのその身長と、整った顔立ち、そして、柔らかく風になびく金色の髪は道行く人々の視線を集めている。
「えーっと、ジェイクはハーフだったか?」
「ええ。父はドイツ人、母は日本人です」
「ちげーよ、そっちじゃなくてだ」
「あ、あぁ! 父が人間、母がワーウルフです」
「バーカ、オレが聞いたのはもちろん、そっちだが。そっちを答える時はもう少し声を潜めて言うもんだ」
「父が人間、母がワーウルフです」ジェイクは小さな声で言い直す。
「もう、聞いたよ」
坂崎のサングラスがずり落ちる。
「それならジェイク、オマエのワーウルフ度合いは大分薄いのか?」
「そーですね。大吟醸ってトコすかね」
「ちょっと何言ってるか分かんない。今、酒の話はしていない」
「いや、だからですね。始祖様のワーウルフ度合いを玄米とするとですね、オレなんかもう大吟醸だなって」
「『オレなんかもう大吟醸』って言い方がホントマジ分かんない。大吟醸ってめっちゃいい酒だぜ? 謙遜で例えるもんじゃねーよ! まあ、始祖様が玄米ってのは、なんか分かるような気がするけども」
「えー。玄米をついてついてつきまくって、米の荒々しさを削り倒したのが大吟醸ですよ。荒々しさの無いナヨったアマちゃん野郎じゃないですか、大吟醸って」
「分かった分かった、それはもういいよ。それで、その大吟醸なのは、やっぱりあれか。父親が人間だからか?」
「いえ。うちの血筋は、じいちゃんとばあちゃんの代までずっと純血のワーウルフだったんですけど、じいちゃんもばあちゃんもどっちももう、大吟醸も大吟醸。満月見ても僅かに胸毛がモサッとする位で、ウルフ
「もういいよ!米の例え」
並んで話しながら歩く二人の前方を歩いている女性の腰の辺りから何かが落ちたのに気づいたのは坂崎だ。坂崎は「チッ」と小さく舌打ちをしたかと思うとそれを拾ってその女性に駆け寄った。
「すみません。これ、落としましたよ」
坂崎は笑顔で言いながら、拾ったそれを女性に渡した。
「あら!小銭入れ!ありがとう。お金なんてまるで入ってないけど、お気に入りなの。本当にありがとうね」
その女性は坂崎に何度も礼を言った。ジェイクはそれをじっと見ていた。
「坂崎さん、オレもさっきの坂崎さんみたいな事した方がいいんですかね?」
また並んで歩きだしたジェイクは坂崎に訊ねた。
「ま、オレたちなんてのは弱い存在だ。なるべく『いいヒト』を演じるのも生存戦略の一つだよ」
坂崎はジェイクの方を見ようともせずに言う。そして、「魔女狩りを始めたコミュニティの中で真っ先に『アイツを殺せ!』って言われてしまう存在にならないって大事だからな」と続けた。
さっきまで前を歩いていた女性はいつの間にかいなくなっていて、現在二人の前にはがに股で肩を揺らしながら歩く男が一人。その男は噛んでいたガムをペッと道路上に吐き捨てた。
ジェイクの横ではまた、坂崎の舌打ち。それを聞いたジェイクは小走りでその吐き出されたガムに駆け寄り拾って、男に近づき「すいません。これ、落としましたよ」と言った。
坂崎は立ち止まり、手の平を目の上に当てて空を仰いでいる。
「あのバカ……」
指の隙間から見える坂崎の視界には、満面の笑みを讃えたジェイクと、ジェイクを睨み付ける男の横顔がある。
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