第18話 ニセモノの聖女はかく祈る(前編)

「なぜだっ!なぜ、近衛隊員が選抜部隊に選ばれるっ!?」


 シンは鬼気迫る表情で叫んだ。

 彼が人前で、こんな風に語気を荒くし、動揺するのは初めてのことだった。


「近衛隊の任務は、聖女の警護が最優先事項だ!私から離れ、遠くの地に赴くなどあってはならない!」

「その通りです……。現に、ユイト隊員以外の近衛隊員は選抜部隊に選出されませんでした」

「なら、どうしてユイトを!?」

「その優秀さを買ってのことだと。二番隊のカズラ・カンナギ隊長が強く推薦して……」

「なんだと……?」

「私も精一杯反対したのですが、カンナギ隊長が聖女様の許可は得ていると言い張って――」

「私がそんなこと、許可するはずないだろう!?」


 ルリ国救援のための選抜部隊――それはこれから、かの国を襲うエニグマの大群と戦う非常に危険な任務だ。

 そんな死地にユイトを送り込むようなこと、シンが許すわけがない。


「私も疑問に思い、聖女様に確認しようとしたのですが、緊急会議中ということで完全にこちらからの連絡をシャットアウトされまして……それに、ユイト隊員自身が……」

「ユイトが?」

「困っている人を助けに行くと、あっさり辞令を受けてしまって……」

「――っ」


 シンは唇を噛んだ。


 あの少女ユイトなら、そうするだろうと――簡単に想像ができる。

 その優しさや行動力に、シン自身救われたものだ。しかし、今はそれらが全て恨めしかった。


――あの男っ!


 カズラがユイトを選抜部隊に推薦したのは、明らかにシンに対する嫌がらせだ。つまり、シンという存在と関わったせいで、ユイトは死ぬかもしれないのである。


「せ、聖女様!?どこへっ!」


 気付けば、シンの足は二番隊の詰め所へ向かっていた。



 カズラの顔を見るなり、シンは自分の霊力を彼にぶつけた。

 霊力は衝撃波に変換され、不意を打たれたこともあって、カズラは物の見事に吹き飛ばされる。そして、シンは倒れこんだカズラに馬乗りになり、その顔を思い切り殴りつけた。


「がっ!?」


 カズラの口から大量の血と、歯が一本吐き出される。

 さらに、もう一発カズラの顔にぶちかまそうとしたところで、シンはカイルに止められた。


「聖女様!お止めください!!」

「ええいっ!離せっ!」


 後ろから羽交い絞めにするようにして、カイルはシンを抑える。だが、シンはそれを振りほどいてしまいそうな勢いだった。

 体格差は圧倒的で、カイルは近衛隊長として日々鍛えている。そんな彼が、シンを制止するのに悪戦苦闘していた。

 いったい、その細身のどこに、これほどの力があるのか。不思議に思うほど、シンの力が強い。


「聖女様っ!こんなことをしても、ユイト隊員は戻ってきません!」

「――っ!」


 その言葉を聞いて、シンは暴れるのを止めた。彼は立ち上がって、カズラから身を離す。

 そんなシンを、カズラは口からだらだらと血を流しながら、怯えた目で見上げていた。



「……ゼンナ隊長。今すぐ、ユイトを連れ戻せ」


 静かに、シンはカイルに命令した。

 しかし、カイルは首を横に振る。


「それはできません」

「なぜだ!?」

「今、この状況でユイト隊員を呼び戻せば、他の隊員への示しがつきません。選抜部隊の士気にも影響が出ます」

「くっ……」


 カイルの言っていることは、正論だった。何も、死地に向かっているのはユイト一人ではないのだ。

 ユイトが聖女の友人だからという理由で、彼女だけを危険な任務から遠ざけることは公私混同だ。道理に反する。


「彼女を信じて待ちましょう」

「……」


 ギュっとシンは拳を握りしめた。


――私はここでただ待つしかできないのか?ユイトが死んだらどうするんだ?


 過去に起こった災厄の対処に当たった選抜部隊は、その四割近くが死亡したという。これは今までにない、危険な任務なのだ。

 いくらユイトが優秀な奇石使いとは言え、生きて帰れる保証はないのである。


――それでも、私はただ待つしかないのか?もう二度と、ユイトに会えなくなるかもしれないのに?


 瞼に、シンに向かって微笑むユイトの姿が浮かんだ。

 あれを永遠に失う――そんなこと、今のシンには耐えられるはずもない。



「ゼンナ隊長。付いてきてくれ」

「聖女様……?」


 シンは自ら行動を起こすことにした。

 彼が向かった先は、聖域にある中央神殿だった。



 高い山々のふもとにある聖域の森。

 その中を、シンは馬を走らせた。シンの後を、警護のカイルと近衛隊員数名が追う。


 やがて、木々の合間に金色の装飾を施された荘厳な神殿が見えてきた。森の中で異彩を放つこの建物が、結界の最重要ポイントである中央神殿だ。


「皆はいつものように、外で待っていてくれ」


 シンはそれだけ言うと、『祈りの儀』のときと同様に一人で神殿に閉じこもろうとする。その背中に、カイルは声を掛けた。


「聖女様。いったい、何をされるおつもりで?」

「……この場から北の神殿の結界へ、霊力を補充できないか試してみる」

「そんなことが可能なのですか!?」

「……まず、無理だろうな。距離が離れすぎている」

「聖女様…」


 カイルは驚いた表情で、シンを見た。

 彼が驚くのも無理はないと、シンは思う。


 シンが合理的な性格だ。無駄なことはしない。その彼が今、無謀ともいえることに挑戦しようとしている。

 その理由は――


「それはユイト隊員のために……?結界問題が解決すれば、彼女が危険に曝されることもなくなるから……?」

「……」


 カイルのその質問には答えず、シンは一人神殿内へ入って行った。



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