第15話 逃亡経路
シンの逃亡への準備は最終段階に入っていた。
すでに、身分証やしばらく生活するための資金、逃亡ルートや一時的な避難先……等は確保している。
――あとは一度、逃げる経路をこの目で実際に確認できれば言うことはない。
それについても当てがあり、順調そのもののシン。
一方、順調でないのは本物の聖女イオの方だ。
かねてから、シンとの交代を拒み、駄々をこねていたイオだが、聖女交代への
結構なことだ、とシンは思った。イオには可哀想だが、あちらの不運はこちらの幸運。カンナギ家がイオに気を取られていれば、シンの逃亡計画も進めやすくなる。
何もかもが順調……のはずだが、シンには気がかりなことが一つだけあった。それは……
――メイセイの都を離れれば、二度とユイトに会えなくなるかもしれない。
聖女の身代わりからの解放は、シンの念願と言ってもいいことだ。
それにも関わらず、手放しに喜べないのは、一人の少女の存在だった。
*
近々、教会資本の下に建てられた大病院の完成披露式典がある。シンも教会のトップとして、その式典に出席する予定だった。
それにかこつけて、シンはあることを近衛隊長のカイルに相談した。
「式典の折に、非公式でメイセイの街を回れないだろうか」
「え……えぇっ!?」
カイルは目に見えて動揺する。
それもそのはずで、シンが「お忍びで街を散策したい」などと言い出すのは、これが初めてのことだからだ。
もちろんシンも、伊達や酔狂でこんなことを言っているわけではない。この機会に逃亡経路の確認をしようと、彼は目論んでいた。
予想していたことだが、カイルは反対した。警備上のことを考えれば、彼がそういう態度をとるのは無理もない。
しかし、この目で逃走経路を下見する絶好の機会。シンも、簡単に引き下がることはできなかった。
――と、このとき、シンの肩を持ってくれたのはユイトだった。
「いいじゃないですか!たまには!!」
ともすれば、シン以上の必死さで、彼女はカイルに食い下がる。
それでシンは少し面食らっていた。
もちろん、ユイトがいる場で、お忍びでの行動をカイルに申し出たのは、彼女なら味方になってくれるという打算がシンの中であったからだ。
だが、こんなにもユイトが一生懸命になって援護してくれるとは、シンの予想外だった。
翌日、渋々といった様子で、カイルはシンのお忍びでの散策を許可してくれた。
ただし、シン一人ではなく、カイルとユイトが護衛をするという条件付きだ。
シンはそれを了承した。カイルやユイトが居ようと、シンの計画には何ら支障はない。
「ありがとう。しかし、自分で言うのもなんだが、よく許可してくれた」
「ハハ…ユイト隊員にえらく粘られましてね」
困ったように、カイルが頬をかく。
どうやら、シンと別れた後も、ユイトはカイルを説得し続け、それにカイルが折れたようだった。
ユイトが自分のためにそこまでしてくれたことを、シンは嬉しく思った。その反面、寂しさを覚える。
今回の街の下見は、いわば逃亡計画の最終段階だ。
もうすぐそこまで、ユイトとの別れが近づいてきている。それを考えると、シンの胸はズキリと痛んだ。
*
病院での式典を終えて、シンたちはお忍びでメイセイの街に繰り出した。
もちろん、シンは聖女と分からぬように服装もまるで変え、庶民のいでたちをしている。目立つ銀の長い髪は一つにまとめ、帽子をかぶって隠していた。
ユイトやカイルも、守護者の制服を脱ぎ、私服に着替えている。
傍から見ても、三人が聖女や守護者とは全く分からなかった。
メイセイの都はこの世界最大の都市だ。
石畳の大通りには多種多様な店が並び、各地から集まった人々が行き交って混雑している。
一方、表通りから少し離れた狭い路地には、洗濯物が干されていたり、主婦たちが井戸端会議に花を咲かせていたりして、人々の生活感があふれていた。
ただし、そんな街や人々の様子にシンはまるで興味がなかった。彼の関心は、逃走経路の確認、それだけだ。
シンは暗記した逃走経路を一つずつ確かめるように、道を進んだ。そのシンの後ろをぴったりと、ユイトとカイルが付いていく。
歩きながら、ユイトは時折シンに話しかけた。
「あの総菜屋さんは安くて美味しいです」
「あっちの角を曲がると、お花屋さんがあっていい香りがします」
「そこは観光客相手のお土産物屋なので、ちょっと値段が高いです」
街案内でもしてくれている気なのだろうか。
このお忍びはシンにとって逃走経路の下見であり、物見遊山ではない。故に、店の情報等は不要だ。
かといって、それ口にしては、ユイトの親切心を無下にすることになる。
シンはどういった反応をすれば良いかと戸惑いつつ、ユイトの話を聞いていた。
ただ、ユイトの街案内は少しおかしなところがあった。
「ここを真っすぐ行ったところにある定食屋さん、最近赤ちゃんが生まれたんです」
「薬屋のおばあさんは、毎日教会にお祈りに行っているみたいです」
「向こうの通りの靴屋のおじさん、聖女様のこと、とても褒めていました」
街というよりは、住民にまつわる情報だ。
そんなものを自分に教えるユイトの意図が、シンにはさっぱり理解できなかった。
ともあれ、シンの本来の目的である逃走経路の確認はつつがなく終わった。これで、本番も迷うこともなく街を移動できるだろう。
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