第10話 この気持ちの正体は?

 ユイトが少し変わっているというのは、共に過ごしているうちにシンにも分かってきた。

 その中でも、彼女の奇石に対する振る舞いは、他の奇石使いとは明らかに違っている。ユイトの右手の甲には、白亜の宝石が埋め込まれていて、それが彼女の奇石だった。


 さて、ユイトの変わったところだが、彼女は自分の奇石を『チチュ』と名付けて呼び、話しかけてさえいた。まるで、ペットの犬猫のような扱い方だ。

 周りの近衛隊員たちは、それをからかったり、笑ったりしたが、ユイト本人は気にしていないようだ。

 彼女は今日もマイペースに『チチュ』を可愛がっていた。


 一方、シンは他の隊員たちのように、ユイトを変人扱いする気は毛頭なかった。むしろソコに、ユイトの強さの秘密があるのではないか、とシンは考えていた。



 奇石の強さを決定する因子は、その中に含まれる霊力の多寡たかだ。

 そして、異世界の怪物エニグマを倒すことで現れる魔晶石には、大量の霊力が含まれている。この魔晶石をかてとすることで奇石は成長し、さらなる力を獲得することができた。


 故に、奇石使いたちは魔晶石を与えて、自らの奇石を強化した。

 どれだけ魔晶石を消費したか、どれだけ霊力を得たかで、奇石の強さが決まる。このことは、奇石使いの中で常識だった。



 しかし、数年前にとある研究者が興味深い論文を発表した。

 奇石の真価が発揮されるためには、契約者である奇石使いとの『共鳴率』も重要な要素ファクターになるという。


 どうやら奇石というのは単なる不思議な宝石ではなく、そこには、ある種の≪≪意思≫≫があるらしい。

 奇石と契約者の間には精神的な相互作用が存在し、その関連性の深さによって奇石の能力は大きく変化する。

 その精神的繋がりを論文では『共鳴率』と定義していた。


 共鳴率が高い奇石使いは、奇石の真の力を引き出すことが可能と論文には記載されていた。このとき、奇石は単なる道具ではなく、まるで契約者自身の手足のような存在になるらしい。



 この論文の内容は、ユイトによく当てはまっているようにシンは思えた。


 近衛隊の中でも、ユイトは奇石の扱い方が群を抜いて上手い。 

 奇石の能力を展開するまでのスピードが異常に速く、まるで自らの身体の一部のように無数の糸を自由自在に操ることができる。微細なコントロールも難なくこなす。


 ユイトの奇石自体は、エニグマに対して有効となる攻撃手段に乏しいが、彼女がサポート役として大活躍しているのは、その扱いの巧みさが要因だろう。


――あの論文が本当ならば、ユイトは『共鳴率』とやらが高いのではないか?もしかしたらそのせいで、奇石との間にペットと飼い主のような心の繋がりあるのでは?


 いっそ、他の奇石使いもユイトのように奇石を可愛がれば、パフォーマンスが上がるのではないか、とシンは考える。


 中々興味深いテーマだが、残念なことに、現在この『共鳴率』の研究は頓挫とんざしていた。

 というのも、この研究を行っていた研究開発班の主任研究者がすでに辞めてしまっていて、守護者を去っているからだ。



……と、噂をすればなんとやら。

 ユイトの姿をシンはとらえる。


 この日、ユイトは都周辺のエニグマ討伐の任務に出ていた。

 近衛隊の任務は聖女の警護が最優先だが、『祈りの儀』以外の日は、通常業務の一つとしてエニグマ退治もしている。

 その任務に出たユイトが帰って来たらしい。


 本人はまるで気付いていないが、このときシンは、彼にしては珍しく淡い笑みを浮かべていた。

 だが――


 ユイトの後ろには男がいた。二十代前半くらいで、くすみがかった茶髪の青年である。その顔に、シンは見覚えがあり、彼の名がナギであることを思い出した。


 ナギは親しげにユイトに話しかけている。

 何を話しているか、離れた所にいるシンには分からない。

 けれども、ナギに応えるユイトの表情は笑顔だ。実に楽しそうである。

 

「……」


 シンの顔からスンと笑顔が消えた。


 そればかりか、彼の眉間には深いしわが刻まれ、目つきが鋭くなっていく。

 彼のその表情を見て、そばを通りかかった近衛隊長のカイルがギョッとしていた。



 聖女の不機嫌を察して、カイルは早々にユイトをシンにあてがった。

 その結果、現在二人はシンの執務室にいる。


 応接用に置かれたソファとテーブルのセット。そこに仏頂面のシンと、イマイチ状況を理解していないユイトが向かい合わせで座っていた。


「聖女様、どうかされましたか?」

「別にどうもしない」


 そう口にしながら、シンもどうして自分がこんなにも苛立っているのか、訝《

いぶか》しんでいた。

 苛立っている対象も不明だし、どうしてそれを表に出しているのか、自分でもよく分からない。


 シンにとって、感情をコントロールするなんて造作もないことだ。そのはずなのに、今の己は不機嫌を隠そうともしていない。

 これはどういうことだと、彼は自分の気持ちを図りかねていた。


 シンはじっとユイトを見る。


 彼が心に苛立ちを覚えたのは、ユイトがナギと仲良さそうにしているところを目撃したときだ。

 しかし、それの何がいけないのか。むしろユイトが、年上の同僚たちと円滑な人間関係を築けているのなら、結構なことである。


――この件についてユイトに非はない。それは分かる。それなのに、どうして私は苛立ちを覚えるんだ?


 なぜ、とシンは自分自身に首を捻るばかりだった。

 ただ、分かるのは、己がユイトに不機嫌な態度をとるのは道理に合わないということ。そして、シンは道理に合わないことが嫌いだった。


 だから、シンはもやもやした自分の感情を無理やり飲み込む。

 そうして、気持ちを切り替えた。



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