第11話 ニセモノの聖女は祈らない

「本当にどうもしない。気にするな」

 

 シンがそう言うと、ユイトは少し納得していない様子だったが、それでも頷いてみせた。

 それから二人で幾らか仕事の話をした後、シンはユイトにこう尋ねてみる。


「君はどうして守護者になったんだ?」

 

 こんな風に、隊員に志望動機を聞くことは、シンにとって初めてだった。

 そもそも、彼が他人のプライベートに立ち入ることは自体滅多にないのだ。その理由は明白で、


 しかし、ユイトについては違う。

 彼女について「知りたい」とシンは思った。ともすれば、自分が一番彼女を理解している人間になりたいとすら、考える。


 シンの問いかけに対して、ユイトは「う~ん」とうなった。


「子供のころから、祖母に奇石使いの技術を叩きこまれてきましたので、将来はそれを活かしたいと、思っていました。それで真っ先に思いつくのが、エニグマ退治だったわけです」


 ユイトは自らの右手に埋め込まれた奇石を見つめる。白亜の宝石が美しく輝いていた。


「しかし、それなら守護者でなくとも良かっただろう。君の故郷はヒスイ国だから、そこで教会に所属しない奇石使いとして働くこともできたのでは?」


 奇石使いの所属先は、何もスーノ聖教会に限った話ではない。ヒスイ国をはじめ、それぞれの国が管轄する団体もある。

 また、特定の団体に所属せず、個人で仕事を請け負う――いわゆるフリーランスの奇石使いもいた。


「そうですね。祖母には、東の神殿を守る奇石使いになってはどうかと提案されました」



 東の神殿は、四大神殿の一つだ。

 この世界には、コハク国の聖域にある中央神殿を中心にして、その他に四つの神殿が建てられている。

 それぞれの神殿は東西南北に在り、順にヒスイ国、セキエイ国、コウギョク国、ルリ国の管轄下にあった。


 四大神殿が建立されているのは、世界を守る結界のかなめとなる場所ポイントだった。

 これらの神殿には、『四聖』と呼ばれる高位の神官が配置されている。彼らは、結界の維持において聖女の補佐を務め、重要な役割を果たしていた。



 シンはユイトに、さらに質問する。


「では、どうして。東の神殿ではなく、守護者という道を君は選んだ?」

「そちらの方が、より――そんな気がしたんです」

「それは、様々な経験をして自分の視野を広げたいという意味か?」


 自らの成長のため――という目的で、異国へおもむく者はいる。留学生など、その筆頭に挙げられるだろう。

 しかし、ユイトは首を横に振った。

 彼女が言うには「そういう抽象的なものではない」らしい。


「私が知りたいのはなんです。子供のころから、ずっと不思議に思っていたこと。奇石って何だろう。エニグマって何だろう。どうして、エニグマはこの世界に侵入してくるんだろう。それから……」


 ユイトは少し困ったように、シンのことを伺った。

 本当にこの先を言ってしまっていいのか、そう目で問いかけてくる。

 シンは無言のまま頷き、「続けろ」と促した。


「スーノ聖教会の主神グランダ様って……どういった方だろう……って」


 それを聞いて、シンはニヤリとした。


 唯一神グランダ。

 スーノ聖教会が信仰している神の名だ。


 ユイトは言葉を選んで「グランダ神がか」と言っているが、本当はこう問いたいのだろう。


――そもそも、スーノ聖教会が崇め奉っているグランダ神は


 ただ、さすがに教会内でソレを口にしては、異教徒として断罪されるかもしれない、とユイトにも分かっている。だからこそ、シンに目で問いかけた上で、婉曲的な言い方をしているのだ。


「だから、守護者に入ったと?」

「はい。ここなら、そういった世界の不思議について何か知れるような気がしたものですから」

「それで、どうだった?」


 ユイトは眉を下げる。

 どうやら守護者に入隊しても、ユイトの満足のいく知識は得られなかったようだ。



 さて、グランダ神については、シンにも思うところがあった。


 かの神は、言わずと知れたスーノ聖教における唯一の神で、全知全能であり、この世界を守る存在とされている。

 教会の教えでは、この世界の結界を創ったのもグランダ神で、聖女はこの神に祈りを捧げることで、結界の機能は維持される――という風になっている。


 しかし、聖女の身代わりを務めるシンはというと、グランダ神に祈ったことなど一度もなかった。


 グランダ神に限ったことではなく、シンはそもそも『祈る』ことなどしない。

 他者に何かを願ったり、望んだりする時間があるのなら、自ら行動する方がよほど有意義だ。そう思っていた。


 そういったわけで、結界を維持するのに祈りなど必要ないことを、シンは自らの経験をもって知っている。

 きちんと自身の霊力を使って霊脈を操作し、結界にエネルギーを充填すれば何ら問題ないのだ。


 だからシンは、グランダ神のことを、スーノ聖教会が人々から信仰を集めるために創った、まやかしの神ではないかと考えていた。

 もしくは、神に類するだったとしても、結界には関与していないだろう、と。


――というようなことを、シンはユイトに教えてやりたかったが、さすがに彼の立場上それはできない。

 だから、代わりにシンはユイトにこう持ち掛けた。


「一つ、面白い話をしてやろうか?」

「え…?」

「ただし、他言無用だ。約束できるか?」

「で、できます!」


 前のめり気味にユイトは言う。彼女の黒い瞳は好奇心に満ちていた。


「古い言い伝えだ。昔、グランダ神が現れる前……この世界には様々な神々がいた」

「様々な…?」

「ああ。スーノ聖教会は神をこの世に唯一無二の存在と定めているが、昔の人々はこの世のありとあらゆるモノに神が宿っていると考えていたらしい」

「へぇ。素敵な考え方ですね」


 ユイトはきらきらと目を輝かせて言う。


「加えて、その数多あまたの小さき神々をとりまとめる、さらに上位の存在がいたそうだ。我々人間に例えるのなら、国家元首や王のようなものだな。主神と言っても良い」

「神様の王様かぁ」

「そして、人間側には神に仕える『神子みこ』と呼ばれる存在がいた」

神子みこ?聖女様……ではなく?」

「ああ。神々の声を聴き、それを人々に伝える神子と、人々からの感謝や祈りを神に捧げる神子――その二種類いたようだ」

「聴く神子と祈る神子……」


 感慨深そうに、ユイトは呟いた。

 その様子を見て、シンの口元に淡い笑みが浮かぶ。

 


 シンがこの古い伝承を見つけたのは、聖女や枢機卿など教会の上層部しか入ることができない図書館だった。

 今にも朽ちてしまいそうな古い冊子が図書館の隅に置いてあり、そこに伝承が載っていた。


 この冊子を読んで、シンは神という概念が、その時代の背景や宗教により在り方を変えるモノだと知ったのである。

 そして、やはりグランダ神というのは教会が創りだした架空の存在ではないか――そういう推測がシンの中で強まることになった。



 もっとも、シンにとっては、グランダ神だろうが古来の神々だろうが、どちらが信仰の対象かなんて、どうでも良かった。

 神という存在に何かを祈るなんてこと、自分には起きない――そう考えていたからだ。


 己の道は己で切り開く。

 他者に『祈り』などという不確かなモノを抱くらいなら、いっそ諦めた方が良い。

 そう、シンは考えていた。


 ニセモノの聖女は祈りなんてしないのだ。 



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