第8話 はじめての友人

 以前にも増してシンは、ユイトとよく話すようになった。

 仕事のことはもちろん、この世界のことや、エニグマのこと、奇石のこと。


 シンはユイトの奇石の能力について、アドバイスすることもあった。そんなとき、彼女は「なるほど」と真剣な様子で頷いていた。


 もっとも……と、シンは考える。

 ユイトも腹の中は分からない。奇石使いでもないくせに、助言など偉そうに――なんて思っているかもしれない。


 彼女と接している中でも、そんな穿うがった見方をシンは捨てきれずにいた。元来、彼は疑い深い性格なのだ。

 そんなシンだったが……。



 ある日、ユイトは傷だらけの姿で出勤してきた。

 大きな怪我はないが、顔や手足のあちこちに小さな傷を作っている。それを見たシンは、すわ何事かと驚いた。


「その怪我、どうしたんだ?」

「試してみたんです!」

「……は?」


 尋ねるシンに、食い気味にユイトは答える……が、話が噛み合っていなかった。


「いったい、何を試したんだ?」

「以前、聖女様がアドバイスして下さったでしょう?空中で安全に降下するための方法を」

「……ああ」


 そこまで言われて、やっとシンにも何のことだか分かった。


 エニグマは何も地上を行動するモノだけではない。水中や空中での移動が得意なモノもいる。

 そして、エニグマのタイプが鳥のような飛行型の場合、守護者は空中戦を余儀なくされることがあった。


 例えば、守護者自身が飛行型のエニグマに空へと連れ出されてしまったとき、どうやって安全に降下できるか。

 そんな仮定話を、シンはユイトと議論したことがあった。


 そのとき、シンが目に付けたのが、ユイトの奇石の能力だった。


 彼女の奇石の主な力は、さまざまな種類の糸を創り出し、それらを自在に操るというものだった。糸で何かしらの構造物を編み上げ、作製することも朝飯前である。

 そこにシンは着目し、奇石の力で半球形の傘状の構造物――便宜上、シンはこれを落下傘と名付けた――を作ってはどうか、と話した。


――空気抵抗を利用すれば、落下速度を制御できると思う。万が一、エニグマに上空へ連れ去られても、無事地上へ帰還できるだろう。


 シンがそう言ったことをユイトは覚えていて、落下傘で空から安全に地上へ降りれられるかどうか、実際に試してみようと思ったらしい。

 それで昨日、落下傘の実用性を確かめるため、なんと彼女は崖から飛び降りたと言う。


 それを聞いて、シンは耳を疑った。


「崖から!?そんな危険なことをしたのか?」

「他の人の迷惑にならないように、人気ひとけのない山まで行きましたよ?」

「違う!私の気にしているのはそこじゃない。君自身が危険だろう?」

「でも、一度は試してみないと、いざというとき実戦で活用できませんし」

「それはそうだが……」


 ユイトの弁明を聞く限り、一応、命綱のような代物はつけていたらしいが、一歩間違えば大怪我では済まない。無茶苦茶な勇気と行動力である。

 そもそも、よく他人シンの発言をそこまで信じ、実行しようと思えるものだと、シンは呆れた。


「君は私を信用しすぎじゃないか?」


 思わずそう口にすると、「それの何がいけないのか」という風に、ユイトは小首をかしげている。

 シンは額に手をやってため息を吐きつつ、「それで結果はどうだったんだ?」と尋ねた。


「上手くいきました!」


 嬉しそうに胸を張るユイト。

 シンの推測通り、ユイトは落下傘で落下速度を制御し、安全に崖の下へ着地できたという。


「その割には傷だらけのようだが」

「それは……」


 何か言いにくいことがあるのか、途端にユイトの歯切れが悪くなる。なおもシンが追求すると、彼女は諦めたように白状した。


 いわく、落下傘で降下するのが思いのほか楽しくて、何度も試しているうちに、突風にあおられて藪の中に落ちてしまった。ユイトの身体の小さな傷は、その結果だった。


「全く、君は……」


 シンは苦笑いする。

 この件があって以来、シンはユイトについて疑うのを止めた。



 さて、シンがユイトと交流を深めること――それを殊更喜んだのは近衛隊長のカイルだった。


「聖女様と言えども、同世代のは必要です。ユイト隊員は同性ですし、ちょうど良い」


 いや、私は男なのだが……なんてことは、もちろん言えないシンである。


「私とユイトは……友人に見えるのか?」

「えっ、違うんですか?あんなに仲が良いのに」


 そう問い返されて、シンは言葉に窮した。これまでシンに友人などいたことはないから、判断できないのだ。

 もちろん、知識として「友人」というものは知っている。しかし、己には無縁のものだとシンは思っていた。


――私とユイトが友人……。


 そう言い切れる自信がシンにはない。ただ、少なくとも嫌な感じはしなかった。


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