第5話 探偵はたぶん死んでいる 最終話

「課長には色々面倒かけたね」

 駄菓子を片手にこちらを見ているは、容姿が少し整いすぎていることをのぞけば、ただの子供と変わりがない。

 年齢は、六、七才ほどに見える。しかし実年齢がそうであるとは正直到底思えない。ホルモン異常か何かの理由で、肉体的に成長出来ない病があるとも聞くが、彼女の身体は正真正銘子供のものであるらしい。


「いえ、私も部下も、頼られること自体が喜びですから」

 これは事実だ。この世のことわりから外れたような存在に頼られているという実感は、何ものにも代え難い満足感を与えてくれる。

 

「ちょっと騒がしくなるかもしれないけど、大丈夫かな」

 

「上手くやりますよ。探偵殿には迷惑がかからないようにしますから安心してください」

 彼女に対して敬語なのは、本能から来る何かが原因なのだろう。不自然なのはわかっているが、今更変えることもできずに、結局そのままつづけている。


「私が元凶だからね、あんまり気にしなくていいよ。ただ、彼のことは出来るだけそっとしておいて欲しいと思う」


「怒ってませんか、貴女を殺そうとしたわけですが」


「まさか、立派だったよ、彼は。懸命に正しい道を行こうとしてた。出来ることなら死んで欲しくはなかったけれど……そこを曲げるくらいなら、最初から私の前には立たなかっただろうね」


「遺書、書いてましたからね。やり遂げたとしても死ぬ気だったんでしょう。不器用というか、なんというか、もう少しバランス良くやれなかったのかと」


「課長みたいに」


「そう、私みたいに」

 薄く笑う彼女の顔は、子供のものにはやはり見えない。多くの死を見てきたからか、それとも噂で聞くように、見た目と違う時間を彼女は生きているのだろうか。


「後処理には、豚も使っていいから、その辺上手くお願いします」


「豚……ああ、支援者ブタ、ですね。わかりました、使わせて貰います」


「それと、落ち着いてからでいいんだけど、連中のこと、ちょっと調べてもらっていいかな。詳細は後で連絡するから」


「承知しました。ああそれと、彼の遺書ですが、一応中身を控えています……読みますか」


「そうだね、読ませてもらおうかな。でもあれでしょ、どうせ、警察の皆に迷惑かける――とか、そんな内容ばっかでしょ」


「はは、正解です」


「仕事人間め」

 彼女は彼の遺書に目を通すと、可愛らしい猫が描かれたハンカチで、赤くなった目元をそっと拭った。


「……強敵だったよ、彼は。おかげで私のプライドはズタズタになってしまった」


「そこまで言ってもらえるなら、あいつも本望……とまではいかなくとも、納得くらいは出来るでしょう。しかし、プライドと言うのは――」


「内緒だ。まあつまり、必死だったということだ」


「探偵殿、私は彼の上司です。そこは聞いておかないと」


「課長しつこい、そういうの良くないぞ」


「しかし、私が聞かなければ、それは闇に葬られてしまいます。あれも闇、これも闇というのはあまりにも不健全です。私は心配しているんです、探偵殿の隠蔽体質を」


「お前、なに言ってんの」


「お願いします、死んでいった彼のために」


「いや、あいつはそれを見てんだよ。それで私は傷ついてるの」


「誰にも言いませんから、お願いします。先ほどの依頼も頑張りますので……」


「そんな、大したもんじゃないんだけど」


「じゃあ見せてよ、幼女探偵」


「うーん、じゃあクイズ形式でいくか」


「よし、こい!」


「えーと、今回、殺されかけてるとき、私は一言しか言葉を発しませんでした」


「一言……」


「しかも、それはたった三文字の言葉です。そしてその三文字で、私は危機を乗り切りました」


「三文字……」


「ヒントは、フードつきのかわいいコート、あっ、これはしまむらで買いました。そしてもう一つのヒントは……萌え袖です!」


「かわいいコート、萌え袖……」


「ヒントは以上……さあ、答えてみろ、汚れ刑事。答えを導くための材料は、すべてここに記されている――わけではないが、お前が私の下僕なら、たぶん何となく、わかるはずだと思います!」


「三文字、コート、萌え袖……何となくわかる。そうか、わかった! 答えは――」

 




「実演してみてください。言葉だけだとわかりにくいので」


「いや、それはちょっと恥ずかしいというか」


「そうしないと決着がつきません。探偵殿も嫌いでしょう、中途半端は」


「でも、ハズレって言ってんだから……」


「証明出来ていません。示してください、エヴィデンスを」


「エヴィ……、いや、これはエビデンスにはならないと思うよ」


「時間がありません。一緒にいるところを人に見られると厄介なことになります」


「わかった……やるから少し下がりなさい。ああ、そうだな、まずは状況の説明からしようか」


「はい」


「私と彼は膠着状態にあった。まあそれも、私が沈黙により、意図して主導したものではあるが」


「なるほど」


「ただ当然だが、膠着状態というのはそう長くはつづかないものだ」


おっしゃるとおりで」


「ここで怖かったのは、彼が突然暴発することだ。感情の昂り、第三者の介入、理由は色々あるが、予期せぬタイミングで彼が動くこと、私はそれを何より警戒していた」


「ああ、それでサイレンを」


「イエスだ。メッセージを送った時間から逆算してパトカー到着の時刻は大体読める。その前に彼が動いたなら、それはもうしょうがない。アドリブで対応するだけだ。しかし、そのタイミングまで動きを封じていられたなら、それを予見していた私はほんの僅か、一瞬ではあるが彼に対してアドバンテージを取ることが出来る」


「刹那の戦い、ですね」


「え? せつ、なに? まあ、いいや。とにかく私はそこで、そのタイミングで、例の三文字をぶち込んだわけだ」


「ポーズつきで……」


「そうね」


「じゃあ、お願いします」 


「はい」


 そして彼女はフードを被り、両手を挙げて構えて見せる。猫、というよりレッサーパンダ。

 フード、萌え袖、上目使い、とにかくすべてがすごくあざとい。

 彼女はこれをやったのか、殺伐としたあの現場で、今にも心折れそうな、彼に向かってやったのか。


「ここでね、一番かわいい顔をしてだね、私は言ったわけだよ――」



『ふえぇ』って。


「探偵殿、あなたは卑怯だ」



第一章 探偵はたぶん死んでいる――完

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その探偵は オーロラソース @aurora-sauce

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