第10話 沈む技術

 手のひらの上で小さな小さな石を転がす。スクロールを使って精製された、『俺が作った』石だ。砂と呼ばれてもいいような、靴の中に入ってじわじわと苦しめてくるような、それほどに小さい石。

 これが、俺の魔法。



「獣族は魔力が少なくて、上手く魔法が使えないからさ。ミメイは獣族系人族なんじゃないか? それなら説明がつくぞ!」


「でも運動が得意ってワケでもないよね~」


「ティスタ! フォローしろって言われてるだろ! ミメイは繊細なんだぞ!」


「えー? 夢を見せてばかりじゃ目が覚めた時辛いよ~?」


「君らほんっと大人びてんね……」



 陽が部屋に引きこもりがちになって数日が過ぎた。

 この数日、子供たちと陽の勉強会も魔法やら体術の実践やらも行なわれてもない。俺と陽の勉強会はあるが、何を調べているのかは教えてくれないのだ。陽に基礎を教わり、陽から教育を受けている子供たちから応用を教わり、俺は細々と世界を知っていった。

 まず、確実に『この世界』は自分の想像する『ファンタジー』とは異なる。剣と魔法、そして現実(リアル)が混じった世界だ。

 魔力は電気にあたる存在で、魔石や魔道具を通すことにより、魔法を使う事が苦手な者も魔法を扱える。とは言え、化学技術ほど開発が進んでいないらしく、やはり雰囲気はよくあるRPGのそれに近い。比較的簡単に作れるだろう、洗濯機や乾燥機や掃除機などの家電にあたるものも見当たらない。

 ……簡易なモノであれば、俺にだって作れる。その構造に詳しくはないので、あくまで形を真似た別物でしかない。それでも、それっぽいものはできる。

 けれど作らないのには、技術チートをしようとしないのにはわけがあった。


 時は少し遡り、恒例となった夜の特別授業。

 昼間とは異なり未明と陽しかいない寂しい教室で、彼らは『異世界から来た人間』ということ前提の話をしていた。そんな中、不意に未明が口を開く。



「作らないの?」


「あ?」



 家電の代わりになる魔具がないということに気付いた日、自然とそれを聞いていた。

 俺もそうだが、陽だって中身は現代人だ。他に転生者が居ない、というわけではないらしいし、『便利』に毒された人間が家電を再現しようとしない理由が浮かばない。しかも、ここは孤児院も兼ねた教会だ。同居する人数は一家族どころではないし、家事の手間暇を軽くするのは悪いことでない。

 ついでに言えば、陽は頭もいい。座学が苦手な俺にもわかりやすいよう噛み砕いて説明してくれるし、それは実際子供たちからの情報よりも飲み込みやすい。だからこそ、陽が発明……という名の、科学チートをしないのか不思議だった。


 この教会に『科学製品』は存在しない。



「洗濯機とか冷蔵庫とかさ、魔具で作れるだろ? 水の魔法石使ったりすればさ」


「……冷蔵庫は王都近くならある、転生者が作ったのが発祥のヤツだ」


「あるんだ!? つーか先駆者いるんだ」


「あぁ、魔具業者に売り出したら死んだがな」



 死んだ。

 その言葉に呆けてしまう。



「な、なんで? あっ寿命か事故か!?」


「事故、と聞いちゃいるが、ありゃ『運命』だな」


「……運命?」


「元々いた世界……仮に科学世界と呼ぶか。科学世界の技術を広めようとしたヤツは、ことごとく死んでるんだよ。他殺、事故、不審死。なんでもござれだ。例外はない」



 子供も大人も関係なく、伝えようとしたヤツは死ぬ。理由は知らないが、転生する人の多くは『そういう』知識を持っている確率が高いのだ。

 と、彼女は語る。そして、自身の知る物語のように技術を伝えて、自身の知る物語とは違って死んでいく。さらには、その伝えられた技術がそのまま広まることも少ない。『転生者』が『科学世界』の技術をキチンと継承出来た前例はないに等しいのだ、と。


 実のところ、技術とは全てを継承する必要などない。本来であれば技術とは磨かれ進歩していくものだ。その末端でも伝え知ることができたのであれば、あとは自然と新しい技術が生まれる。

 しかし、この世界は違う。

 魔法という超常の力に胡座をかいて、実に千年もの間『進歩』していない。それはまだ未明の知ることではないが、彼の目の前にいるシスターはよく理解していることだった。



「はぁ!? なんだよそれ! つーか陽は刀打ってんのに無事じゃん!」


「刀は元々あったんだよ、ほとんど魔族文化は日本文化だ。お陰様で人族領より魔族領の方が肌に合う。ま、世界の修正力ってやつじゃねーか? 本来であればあるはずのない技術だからな。犠牲になってくれた先駆者ありがとうって思っとけ」



 「あと、前世名で呼ぶの止めろ」。言葉と共に軽く頭を叩かれたが、そんな事が気にならないくらいのショックだった。

 知識チートが出来ないことではない、自分以外に結構転生者が居たことでもない。あまりにも呆気なく消えた命に、陽が何も感じてない様子だったことが信じられなかった。

 陽は、いや、カミナは優しい。少なくとも優しくないヤツに孤児院の経営は出来ないし、村の人々に慕われることもないだろう。実は裏で……なんてことはないと思う。コイツそんな器用じゃないし。

 それなのに、それなのにあの態度。カミナがよくわからない。


 ……などとまぁ、未明は混乱していたが、本来であれば人のことなど容易にわかるものではない。高々一週間程度で親しくなったつもりの未明がおかしいのだ。

 自身の魔法について悩みつつ、何やら陽に対しソワソワする未明を「あぁ、春かな」と子供たちは見る。中々に心無い真実を告げるティスタの瞳が生暖かいものであることに、彼が気付く日は来るのだろうか? 多分来ない。

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