第9話 ゼロ

 あの『シスターの概念崩壊』後も座学は続き、最終的に未明は夜の間に『魔法基本講座』を受けることとなった。

 未明と陽は同じ転生者である。お互い、常識のベースは科学の世界で作られたものだ。故に陽は科学知識に基づいた説明を口走る。それを子供たちに聞かせたくないと彼女は言った。それを未明があっさり受け入れ、夜の魔法基本講座が始まったのである。

 なお、わざわざ『夜の』なんて付いているがアッハァンなこともウッフゥンなことも起きていない。座学が苦手な未明が何度かしばかれたが、ラッキーなスケベは起きなかった。このシスター、一応ヒロインです。

 そんなシスターが家庭教師という、設定だけ聞けば羨ましい事になった次の日のこと。



「ヴオォォン!!」


「大丈夫だって、な? 世の中才能だけじゃねーからよ。多分、きっと。だから、な? 泣くなよミメイ……」


「おでばげんぼまぼうぼべだぐぞでず!!!」



 訳「俺は剣も魔法もヘタクソです!!!」

 神在月未明は教会の庭で泣き叫んでいた。あやす様によしよしと陽に背中を撫でられ、周りの子供たちからは生暖かい目で見守れている。

 コイツ中身成人男性です。



「いやでもほら……弓とかはなんか命中率高かったぜ? な?」


「おう! カミナの言う通りだ! 落ち込みすぎだぜミメイ!」


「自爆確率のこと命中率って呼んでいいの?」


「ティスタ! シッ!」



 未明が転生したこの世界には、基礎として5つの魔法がある。

 『火』、『水』、『木』、『金』、『土』。幸か不幸か、陰陽五行と同じ要素だ。また、これらは陰陽五行と同じ性質であった。分かりやすく言えば『相生(強化する)』属性と『相剋(相性の悪い)』属性が、そのまま陰陽五行だったという話である。


 土は金を、金は水を、水は木を、火は土を強化する。

 火は水に、水は土に、土は木に、木は金に、金は火に弱い。


 それが、陰陽道における『相性』というものだ。

 洋風ファンタジー臭香ばしいこの場所で、和風ファンタジーが出て来て未明は驚いた。しかし、驚いただけで終わった。「へぇー、この世界だと魔法って五行なのかぁ」それだけである。この男、妙に図太い。

 ちなみに、かの人王と魔王の開発した光魔法と闇魔法に相性は無いに等しいらしい。その話はまた今度、と打ち切られた。

 さて、ではいい加減、何故未明が泣き叫んでいるのかということを語ろう。

 では魔法を実際に使ってみよう、と言った陽が差し出したのは魔法陣の描かれたスクロール各種。魔力で空中に画いたり、脳内に描写できない一般人が使えるように開発されたという代物である。科学で言えば電子回路にあたる。魔力を通して詠唱すれば魔法が使えるという、魔法の適正を見るにも丁度いい、初級オブ初級のものだ。



「相性の善し悪しは……まぁ人によるが、大抵は火力がデケェ。初心者だと魔力量の調整が難しいからな」



 ちなみに私は、『火』が得意だ。

 そう笑った陽は、指先にマッチ程の火を灯す。現れたそれは高温なのだろう。真っ青な火が揺れるのを、未明はキラキラとした目で見ていた。


 魔法、なんたって魔法である。多くの人が一度は夢見る魔法である。個人差、種族差は有るにせよ、全く使えないということは無いらしい魔法。それを『自分で』扱える。テンションが上がらないわけが無い。

 テンアゲ状態でスクロールを手にし、よくわからない魔力操作はちょっと陽の手を借りつつ、教えてもらった詠唱を意気込んで唱えた──。



「こめつぶ……」



 そして、その全て等しい結果に崩れ落ちた。

 そう、米粒。米粒だったのである。何がって言えば『魔法』が。いや、マジで、冗談じゃなく。

 火のスクロールを使えば米粒サイズの火が灯り、水のスクロールを使えば米粒サイズの水が現れ、木のスクロールを使えば────以下省略。

 初めは「個人差あるっつったろ?」と笑っていた陽も、中間地点を過ぎても米粒がコンニチハ! する結果に真顔で「マジで?」と言った。周りで魔法の練習をしていた子供たちすらUMAを見た表情。未明のような人間はツチノコと同レベルらしい。

 ここまでは、彼はどうにか涙を耐えていた。「あ~ハイハイ代わりになんか別のがすごいパターンね?」と余裕ぶっこいていた。なお震え声である。一昨日言われたことを忘れたのだろうか。『強くてニューゲーム』は『ない』。故に、神の『ご好意』とかそういうアレで彼のステータスが極振りされてたりとかは、しないのである。ないったらない。



「気を取り直して剣とか弓握ってみよう、な?」



 陽のその言葉に、未明は一も二もなく頷いた。現実逃避である。手渡された木剣を、力強く握りしめた。

 ステータス極振りだなんてことはなくとも、全てに対して向いていない人間など存在しない。『天は二物を与えない』とはいうものの、逆に言えば一物は与えるのである。彼が他の分野に特化している可能性はゼロではないのだ。



「お前マジ?」



 ──そして剣の才能も弓の才能もないことが判明した。

 振りかぶった木剣は勢いよくすっぽ抜けて飛んで行ったし、弓は型こそよかったが矢を放った瞬間上に急カーブして落下してきた。陽がキャッチしなかったら脳がコンニチハ! していたことだろう。ティスタが口にした自爆確率が高いとはこのことである。

 身体能力は普通、スキルとかの概念は無し、魔法は米粒、武器は音痴。まさに四面楚歌な現実。



「ヴオォォン!!」



 結果、「俺には才能なんてない!」と泣きわめく成人男性(中身)が生まれた。あまりに哀れである。「俺五行なら暗記してるぜ! なんたってオタクしてたからな!」、「剣か~、昔憧れて剣道やってたんだよな~!」とドヤ顔していた昨夜が懐かしい。文字通り、夢は一夜にて散った。

 涙拭けよオタク。



「あー……とりあえず基礎トレーニングやるか。体力ねぇと何も始まらないからよ。コラル、ティスタ、ちょっと面倒見ててくれ。私はちょっと調べ物がある」


「はーい!」


「えー、わたしもー?」


「ディアマンテ抜いたらお前ら二人が年長だろうが、末っ子の面倒見ろ」


「スエッコ!?」



 末っ子扱いされる中身成人男性(見た目10代後半)。

 世の中(世界)をよく知らないわ、よく泣くわ、自己防衛能力もまともにないわ。確かに末っ子属性である。未明の身の安全は確保されたが、彼の尊厳はガリガリと削られていく。その姿かき氷の氷のごとし。イチゴ味のシロップ(血涙)をかけて召し上がれ。

 子供たちに慰められる未明を置いて、陽は教会へと駆けていく。残されたのは年長(12歳)と末っ子(身体年齢16歳)、練習を続ける他の子供であった。

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