第8話 授業

 昼食を終え、『教室』だという講堂に案内される。集まる子供たちに当たり前のように設置されている黒板、ズラリと並ぶ同じ形の机に小学校の教室を思い出した。

 明らかに孤児院の子供たちだけではない。昨日の陽とリアムさんの会話からして、村の子供たちも集まっているのだろう。学校としての役割も果たしているのか、カミナが人気なのか……後者のように感じる。だってアイツ型破りだし。

 昨日会ったオリビアに手を振られたので、とりあえず挨拶はした。ただ、俺は後ろの席でコラルとティスタに挟まれて座るので、彼女と一緒には受けられないのだが。



「よーし、授業を始めるぞ」



 教壇に上がった陽は、黒板に紙を広げて磁石で止めた。その紙は文字が並んでいるようなものではない。端には東西南北を示す記号が書かれ、規則正しいマス目と見た事のない図形が重なっている。図形はそこまで複雑ではないが、様々な色が使われており、同じ色が隣合うことはない。

 ……もしかして地図? 全然見たことない形してる大陸たちだな……。



「まず、今私らが居るここはオルンテンシア国の端……ここ、クレスニップ領にあるビナー村だ」



 コツ、と指先で示したのは地図の中央に位置した部分。水色に染まったそここそが、俺が居る国らしい。……ビナー村って言った時、ガチで国の端っこを指したなこのシスター。隣の赤い国がハァイて感じの距離だぞ。国内だと田舎だなマジで。

 オルンテンシアが人族中心の国で、えーと隣の国の、トロイメライ? ってところが魔族中心の国かぁ。となると魔王がいたのがこの国かな? つーか……これ戦争したらビナー村が戦地のど真ん中になるのでは? いや、でもこの規格外シスターいるし両軍滅ぼして終わったりしそう。ハァッ! ってビーム出しても驚かんからな。むしろ納得する。


 未明が陽に対する謎の信頼を深める間も、彼女の話は続く。入りからして察してはいたが、地理を交えた歴史の授業のようだ。

 未明としては歴史やら地理やらよりも、魔法やらスキルやらレベルやらといったものの方が気になるのだが、そう言った話はほぼ出てこない。特にスキルとレベル。こういったものにはセットの代物だと考えていたのだが、気配すら感じない。



「……あ、そう言えば昨日レベルもスキルも無いってチラッと言ってたな」


「未明、今授業中だから独り言は控えろよ?」


「サーセン」



 国の根幹に宗教が根付いているのか、話は自然と問題の宗教関係に移る。



「では、オルンテンシア国にて最も信仰されている神の名は?」


「はーい! 『守護神』と呼ばれる『人王リヒト』です!」


「約1200年前に『魔王シャテン』を倒した彼は国をあげて祝福され、人望の厚さから王になりましたー!」


「そして死後も彼は崇められ、守護神と呼ばれるようになりました!」


「だいぶカットしたがちゃんと覚えてんな、いいことだ」


「えへへ~」



 村の子供も孤児院の子供も、争うように自分の知識を披露する。中学生辺りから見られなくなる光景に、未明は目が潰れそうだった。

 だって子供の純真さが眩しい。彼は大学の講義中寝るしスマホ弄るし落書きするしレポートの資料はウィ〇ペディアである。引用はウィ〇ペディアからするもの、図書館から本借りたりしないタイプ。

 ウッとなるのは仕方の無いことだった。



「でもカミナはリヒト教のシスターなのにちっとも人王リヒトに祈ったりしませーん」


「なんならむしろ嫌ってる節すらありまーす! 称えすらしないし敬ってないしー!」


「シスターってのがちょうどいい仕事だっただけだからな。金払いも悪くない」


「大人って汚いね」


「結局世の中金かぁ」



 それでいいのかシスター、あんた聖職者だろ。でも汚い大人がいると空気が濁って息がしやすいです。ありがとうございます。なんか日本史にあったよねそういう歌。田沼? とかいう人の時に賄賂が横行して、後継の人がホワイト運営したら「あーキレイキレイ過ぎて住めねー、田沼の汚職恋しいわー」みたいな。そこまでは行かないけど、ちょっと息しにくいなぁみたいなのはある。


 あっけらかんと答える陽に対し、子供たちは茶化すように言う。



「そんなんだからおれらみんなリヒトを呼び捨てにしちゃうんだぞ」


「仮にも崇めてる神様なのになー」


「まぁこの村でリヒトに祈る人なんて中々いないけどさー」


「信仰は人それぞれだからツッコミはしないけどさ、それ信徒の人に怒られない?」



 宗教が根付く国のはずだよね、ここ? いいのそれで?



「信じられないモノを見る目されるから他所だと口にしないよー」


「カミナが白髪青目なのも妙に神聖視されるから内緒にしてるんだぜ、おれら」


「ただの色なのにね」


「白髪青目と黒髪赤目の組み合わせにしか反応しないのもよくわかんないし」


「青髪白目とか赤髪黒目の人には無反応なのに」


「そうそう、領主様のご息女がまさに赤髪黒目なんだよね」



 宗教が根付く国(子供たちはスーパードライ)。

 色はあくまで色として捉えてるぞこの子ら。葬式とかでちゃんと黒いの着るけど「まぁ形式だもんな」程度の捉え方だ。宗教的尊重は否定しないけど、尊重し過ぎもあれだと思うからこの子達と国の人達の価値観足して割るとちょうどいいのではないだろうか。


 陽の「話それてるから戻すぞ」、との声に子供たちは元気に返事を返した。



「人王リヒトは『光魔法』を開発した人間でもある。一部の界隈では『聖魔法』なんて呼ばれていたり、聖職者にしか使えないだとか魔族には使えないだとか神に遣わされたリヒト様が我らに与えたもうたうんたらかんたら言うやつもいるが、んなこたぁないから勘違いすんなよ」



 話をしながらもチョークを持つ手が止まることはない。手馴れた様子で彼女は授業をする。もしかして、前世では教員免許を持ってたりしたんじゃないだろうか?

 異世界界隈あるあるな勘違いをメモしていると、まさかのまさかで指名された。そう、授業中の恐ろしい挙手タイムをすっ飛ばして指名タイムになったのである。



「んじゃ未明、『光魔法』はどんな魔法だと思う。予測でいい」


「えっ……び、ビームを放つ……?」



 光、と聞いて真っ先に浮かんだものを思わず答える。どこぞの騎士王の影響が強いことは否定できない。



「……正解は平たく言えば『回復』だな。お前にならわかる説明で言えば『細胞分裂の促進』になる。生物には細胞分裂の回数が決まっていて、動物であれ人間であれ老いには逆らえないのは知っているな? この魔法はその回数制限を無視して細胞分裂をさせることができ」


「分かるかァ!!! 俺ァ生物は万年2なんだよ!!」



 ビタァン!! と、未明によって勢いよくノートが机に叩き付けられた。

 未明は文系のバカである。よくある男子高校生の生活を過ごした男の子である。ビームとロボット、剣と魔法にロマンを感じる健全な男の子である。そんな彼の成績は、3と2が多くてたまに4。彼をマジでバカじゃんと笑ってやりたいが、笑えるのは生涯で2を取ったことのない人間である。ガチで『優秀』な人のみが彼に石を投げろ。

 ようするに、理系科目を受講すると寝てしまう彼には、陽のノンストップ説明がよくわからなかったということである。



「せめて3は取れよバカが、基本暗記科目だぞ。しかもテメェ中身大学生だろうが」


「大学生は大学生でも美大生じゃ!!」


「美大でも生物基礎あんだろーが、騒ぐな喧しい」


「俺は魔法を知りたいんだよー!!」


「お前なぁ……」



 知識が必要なのはわかる。大切なのもわかる。

 でも朝からバカ呼ばわりされた上、魔法とかにワクワクしていたら苦手な物事をぶち込まれた。苛立ちが積もるのも仕方の無いことである。大切なことは大切なこと、それはそれとしてじわじわ溜まるストレスを『神在月未明』として大声を出したかった。カラオケでストレス発散するとかそういう話。

 文字通り右も左もわからぬ場所に放り込まれ、出会っていきなり子供達に揶揄われまくった。


 思わず大声で反論して、ハッとした。

 陽はまたため息をついているし、子供たちは白けた目で俺を見ている。やってしまった。最悪だ。中身は成人男性なのに思春期みたいなことしちまった。



「よ、よう、ごめ」


「お前、後で補習な」



 え、と間の抜けた声が出る。



「私がマンツーマンで家庭教師してやる、光栄に思えよ」


 ニィ、と彼女は笑う。聖女と見まごうような清楚な修道服に反する、色気のある笑み。その顔のまま、陽は俺に手を伸ばす。つう、と首筋を人差し指が滑り、顎を上げられた。



「手取り足取り、やさぁしく教えてやるさ」


「子供たちの情操教育に悪いと思いまぁす!!」



 その言葉を聞いても愉快そうに、彼女は喉で笑うだけだった。

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