第2話 自己紹介

 命の恩人フィルターによって女を崇め称えた未明であるが、流石に「キッッッモ」には耐えられなかった。彼はまだぴゅあ(笑)なお年頃である。



「たすけてくださりありがとうございます……」


「いや泣くなよお前……」



 涙目になりながらも未明はお礼を言い、女の手を取って立ち上がった。情けなさ100パーセントの絵面である。ちなみに男のくせに女のくせにとか言う話ではない。

 言い忘れていたが、神在月未明という男は三白眼どころか四白眼のヤンキー顔である。あとギザ歯。しかも今は赤目。少年漫画であれば「ギャハハ」とか笑いながら殺戮行為を行う敵役。後々暗い過去持ちが明らかになって強ライバルになりツンデレキャラになり、そして人気が爆上がりするタイプの顔。

 それが涙目で鼻を啜っているのだ。具体的に言うと女が「……あー……私も言い過ぎたよ、悪い」と未明に対し謝る程のうるうるおめめ(悪役面)。中身立派な成人男性。プライドというものがないのであろうか。



「あぁもうほら、これでとりあえず拭けよ」



 色々垂れてんぞ、と女はワークエプロンからタオルを取り出し未明に手渡す。そんな女こそが泣かせた張本人であるのだが、優しさが心に染みて未明はさらに泣いた。さらに女は困惑した。

 こいつ泣いてばっじゃん……と。



「あー……私はカミナ、この近くの村に住んでる。お前は?」



 どうしたものかと悩んだ結果、女──『カミナ』は自己紹介をした。未明はタオルをぐしょぐしょにしながらも、ボソボソと鼻声で名乗る。



「が、がみありづぎみめい……ズズっ」


「……『かみありづき』? 神が在る月で神在月か?」



 ズルズルと鼻水を出し続ける未明に、ちり紙らしきものを追加で差し出した『カミナ』が不意に動きを止め疑問をぶつける。


 目の前に出された紙で鼻をかみ、鼻がスッキリした。「転生だけど東洋の国とかであるタイプかなぁ」やら「もしくは俺が知らないだけで日本のどっかなのかなぁ」やら考えつつ、コクリと頷く。オマケに『みめい』が『未明』であることも伝えておいた。日本人の名前、種類多過ぎて漢字よく間違われるよね。

 そうするとカミナは「あぁ」とどこか納得したような、懐かしいモノを見るような顔をして、サラリと言った。



「お前、転生したんだな」


「………………えっ?」


「あ? 違うのか? 『神在月未明』なんだろ? 日本人だろ? 同郷だよな」


「いえ合ってますケド……?? え? 日本人……???」



 未明は改めてカミナの容姿を確認する。


 銀髪蒼眼。肌は対して白くもなく黒くもない。アルビノかとも思ったが、日光をサンサンと元気に浴びているしサングラスなども掛けていない。あと名前が日本人ぽくない。

 転生したから名前変わった系ですか? もしくはキラキラなネーム?



「カミナってのは建前で名乗ってる名でな、本名は『神無日陽』だ」


「かんなびよう」


「神の無い日、に太陽の陽。お前と真逆だよな」


「こんな偶然ある……??」



 名前の意味が真逆な相手が転生(確定)した第一村人とかある? どんな確率?


 『神の在る月は未だ明けず』

 『神の無い日は陽なた』

 二人の名前を文とするならば、こうなる。神の在り無し、月と日、夜と昼。見事なまでに正反対。そして未明はまだ気づいていないが、銀髪蒼眼と黒髪赤目で容姿も真逆である。今宝くじを買えば一等が当たるのではなかろうか?

 未明は背後に宇宙を背負った猫になった。



「で、今の名前は?」


「? 名前は神在月未明だけど」


「や、そっちじゃなくて『今』の……」



 疑問を続けて投げ掛けようとしたカミナ改め陽であったが、途中で何か思ったのか言葉を止める。そして何か考える素振りをしたが、不思議そうにまた首を傾げた未明を見ると「まぁ、いい」と背を向けて歩き出した。



「とりあえず、私のいる村まで来い。転生者のよしみだ、教会の空き部屋貸してやんよ。孤児共の世話係にもなるしな。後ついでに最低限の知識も教えてやる」


「は、え、ありがとうございます?」



 なんと言う大盤振る舞い。展開に頭が追いつかないが、陽を崇めることだけは決めた。やっぱりあんたが女神だ。

 なんか、もう、お世話になりっぱなしな気がする。



「……敬語は慣れてねぇんだ、タメでいい」


「マジかよサンキュ、でも勝手に空き部屋使っちゃっていいのか? 神父さんとかに許可とか……」


「神父はいねぇ」


「じゃあシスターさんに」


「私がシスターで教会の管理人だ」


「え」



 改めて、もう一度改めて未明は陽を見た。


 ベージュのシャツと茶色のワークエプロンに茶色の分厚い手袋、セピアのズボン、青のバンダナ。作業着スタイルだ。よくよく見ればあちこちが煤っぽい何かで汚れており、彼女の素肌も煤けている。うん、やはり作業員スタイルだ。

 俺の思い描く『シスター』を脳裏に浮かべる。黒を基調としたモノクロの修道服。頭巾からは透き通るような色白の肌がのぞく。そして慈悲深い微笑みで神を信仰し、穏和に優しい言葉使いで場を和ませ、時折ほんのり頬を染め乙女らしくはにかむ照れ屋な癒し系(巨乳)──。

 ……作業着(仮)を着て刀(仮)で熊の首を落としただとか、第一声が「神に祈るな」だとか、こちらを睨みつけて「あ?」なんて言ったりしないなぁ。



「シスター……???」


「あ? なんか文句でもあんのか?」


「イエ、アリマセン」



 だがしかし、そんなことを言えるはずもない。文字通り右も左もわからぬ中、現れた蜘蛛の糸。例えヤンキー風シスターであっても命の恩人に違い無し。俺は長いものには巻かれるタイプの人間だ。


 ちなみに、嘘の情報を植え付けられるかもしれないだとか、シスターであることが嘘で山賊なんかなのかもしれないだとか、電波な人であるなんては考えは全くなかった。未明は根っこが馬鹿正直かつバカである。


 陽は良い人、俺の恩人感謝永遠に……!


 なにより謎フィルターによって絶大な信頼を置いていたのだ。早い、あまりにも早い。そのフィルターはどっから持ってきた神在月未明。恩人フィルターが曇ってて仕事してないぞ神在月未明。フィルター磨け、掃除しろ。キラキラが表面に付きすぎてるぞ。



「さっさと着いてこい、はぐれるなよ」


「了解っス姐御!」


「誰が姐御じゃ誰が」



 軽口を叩きながら、イメージカラーも名前も正反対な二人は村を目指して歩いていく。

 ラブベアーの哀れな死体はひっそりと、静かに青く燃えていた。

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