第3話 定義

 陽は鉈で木々の枝を切り、足下の生い茂る草を刈り、飛び出た木の根を土に引っ込ませて歩いていた。時折振り返り未明の様子を伺い、「疲れたら言えよ」と足の速度を落とす。それを繰り返して少しずつ進んでいく。

 当初、陽は獣道のような道とは言えない道をザッザカザッザカ進んでいた。しかし、未明はついさっきまでラブベアーと追いかけっこをしていた身である。既に体力は限界と言っても過言ではなく、息を荒らげてフラフラ小走りしていた。枝に引っかかり草にすべり根っこで転ぶ。そんな三連コンボを決め込む始末。

 陽はどんどん離れる背後の気配に振り返る、するとそこにいるのはボロボロの未明。彼の後ろには中途半端に折れた枝がチラホラ。「気付かなくて悪かった」と謝って、未明が落ち着くまで休憩し、その後歩きやすいようにと先導しながら道を切り開くようになっていた。もちろん休憩つき。

 未明の中の陽への好感度がグングン上がった瞬間である。お前がチョロイン。



「目が覚めたらあそこに、ね」



 竹筒の水筒を未明に渡し、周りを警戒しながら陽は言った。彼女は木に寄りかかり、未明はちょうど良いサイズの岩に腰掛けている。



「あぁ、死んだ記憶とかさっぱりねーんだけどさ」



 自身の知る限りの現状を答えていく。

 気づいたらあの場にいたこと。よくある『神様』に会ったような記憶はないこと。ラブベアーという熊のことは知らないこと。魔法を使おうとしても使えなかったこと。ここが一体どこなのかわからないこと。……話せる限り、知りたいこととして口にした。



「この世界において魔力は万物に宿る、魔法が使えないってことは無い。向き不向きはそりゃあるがな」



 真っ先に答えてくれたのは『魔法』に関してのことだった。

 陽の知る限り『転生者』とは『転じて生まれた記憶を持つ者』のことではあるが、特異な能力を与えられることはないらしい。ちなみに、スキルとか何とかもないんだとか。「強くてニューゲームなんて出来るわけねーだろ、元々高ステータスな人間でもなけりゃあよ」……全国の下克上系最強転生を夢見る人を敵に回す発言であったが、『ゲームシステム』として考えれば妥当な発言だ。

 ゲーム(人生)をクリア(まっとう)せずに強くてニューゲーム出来てたまるか。強くてニューゲームは裏技かクリア特典だもんなぁ。



「でもファイアとか言っても何も出なかったぜ? あ、やっぱ呪文の関係か?」


「あー……ちょっとテキトーに氷魔法っぽいの言ってみろ。気合いとビジュアル込めて」


「? じゃあ……アイス!」



 バキン!

 持っていた竹筒がひび割れて、未明は固まった。

 

 恐る恐る水筒を覗けば、ぬるかった水が氷になっている。それで体積が増え、ヒビが入ったようだ。



「俺は氷魔法にしか適性が無い系!?」



 キラキラとした顔で陽を見る。陽のアドバイスによって魔法を使えたことは、彼にとって二度目の『恩人』カウントになる。自分の仮定に確信を持ちながら、未明は問いかける。



「いや、氷魔法なんてこの世界にはない。それは『お前が今生み出した魔法』だな」



 は?


 未明の間抜け面に突っ込むことなく、陽は話を続けた。



「この世界は『火』『水』『木』『金』『土』の魔法しかなかった。だが魔法はこの世界における科学であり、進歩する技術であり、科学よりも『概念』に影響を受ける」



 『科学』とて仮定と証明によって成り立つ技術であるが、『魔法』は仮定を強く信じることによって証明の過程を吹っ飛ばし成り立つことができる。

 どこぞの有名な作品にある『概念勝負』に近いものがあるんだよ。ただし、まだ存在しない概念(魔法)にしか通用しないシロモノでな。そもそもこの法則は魔法学者の中でも周知の事実では無い上、余程の想像力と思い込みがなきゃ実現不可能と来た。

 結果、未知の魔法を見つけるのは大抵が転生者なんだが──。


 ペラペラ、ペラペラ。

 『魔法』の知識を湯水の如く教えてくれる陽だが、突然の情報過多に未明の脳ミソは追いついていない。



「ん? え?」


「まぁ要するに、だ。お前は今新しい元素発見した科学者ポジションにいる」


「俺スゲェな!?」


「うんうん、すごいなぁ」



 陽の未明への対応が幼児へのそれに近かったのだが、どちらもノータッチである。キャッキャと喜ぶ未明と「しょうがないなぁコイツ」みたいな顔の陽。その様は飼い主と犬のごとし。うーん、IQを上げろ神在月未明。



「他の新発見された魔法は『光』『闇』『空間』『雷』『風』……あたりだったか。それにお前の『氷』が足されたわけだな。一応水から氷を錬成することはできるんだが、水魔法の工程を踏んでからだからそれなりの手間が」


「ごめん、理解しきれないから魔法講座は今度にして」


「そうか、悪い」


「いや、よく分からんけど教えてくれてありがとう。陽は詳しいんだな、スゲェや」



 素直に口から誉め言葉を零した未明だが、陽の顔は朗らかではない。どこか苦々しげに、言葉を吐き捨てた。



「……知り合いの転生者から教えてもらった知識だ。私はすごくもなんともねーよ」


「いやいや、確かにその知り合いもスゲェけどさ。覚えてるのだってすげーよ! スラスラ出てきて尊敬する!」



 子供のような笑顔。

 成人男性であるにも関わらず、肉体に中身が引きずられているのか無邪気なものだった。

 そんな未明を見て陽は目を見開く。何かを思い出したのか、何かを未明と重ねたのか、その瞳はどこか揺らいでいる。



「……未明、お前は」


「ん? なんだ?」



 数拍の空白。すぅ、と陽が息を吸い込む音がした。

 しかし、彼女は首を振り「いや、なんでもねぇ」とそっぽを向く。どうにも俺に思うことがあるようだが、一体何を考えているのかは一切口にしようとしない。やけに色々と詳しいが『転生者』だからだとしても……知識量が多いように感じる。


 そんな彼女にどことなく違和感を覚えつつ、「まぁ人それぞれ事情があるよな」と未明はスルーした。バカはバカでもある程度気持ちを読み取れるタイプのバカ故の決断である。

 この男、気付かない内に惚れられて修羅場に巻き込まれていることがあるタイプと見える。



「あぁ、それとだな」


「おう」


「自分が死ぬ時の記憶なんざ、イイもんじゃねェぞ。異世界転生にせよ異世界転移にせよ……な」



 その言葉を最後に、陽はもたれていた木から離れた。水筒を未明の手から奪い取り、「来い」と一言だけ言って再び歩き出す。未明は慌ててその後を追った。

 村は、もうすぐ先である。

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