第38話 お泊まり
――――【ノルド目線】
ぐいぐい来るエリーゼの押しに呆れて、俺は返事してしまう。
「俺はもう疲れた……好きにしろ」
「ありがとうございます、ノルドさま」
エリーゼは優しげな眼差しのなかに、弾む声色からも分かるようにうれしさが混じった笑顔を俺に向ける。彼女の笑顔を見る限り、さすが聖女最有力候補と目されるだけあって、地上に舞い降りた天使としか思えない。
ただ俺に向ける笑顔の裏はケインと結託して、俺の命を狙っていると考えるとやはり警戒を解くわけにはいかないだろう。
ノルドが彼女を調教したとはいえ、堕天したようなヤンデレ顔で何度も心臓を抉ってきていたのだから……。
エリーゼは俺の隣のあるベッドで眠ることになってしまった。
「まだ起きられていますか?」
「ああ、腹がいっぱいですぐに寝れそうにない」
「私もです」
くすりと笑ったエリーゼ、俺のあとを追ってきた彼女が俺の従者であることを伝えたら、村人たちから大歓迎を受けたらしい。
だが、笑い事では済ましていけないこともある。
「危険も伴うからついてくるな、と言ったはずだ」
「私はノルドさまのメイドになった時点で誓いを立てました。あなたさまのお側を離れないと! たとえノルドさまからお叱りを受けようとも……」
これがエリーゼが俺のことを本当に思っていてくれているのなら、美談としか言いようがない。
だが……。
そうじゃないからな。
蝋燭と月明かりのなか、互いにベッドに入ったのだが、俺がなにも言わないでいるとエリーゼは震える声で訊ねてくる。
「どうしてノルドさまは私を避けるのですか? あなたさまには私を正面から見て欲しいのに……」
「俺はおまえが怖い」
ノルドが蹂躙の限りを尽くしたメタミン村が生き生きとしている姿につい俺はうれしくなって、村人たちから勧められるままに食前酒をたらふく飲んでしまって、酔っ払いつい本音をエリーゼに吐露してしまう。
しかし打算もあった。
「あんなにお強いのにですか?」
「強さの問題ではない」
「では女の子がお嫌い……というわけではないですよね」
「ああ……」
はっきり言って、かわいい女の子は大好きだ! 特にメイナさんとマリィは目に入れても痛さなど感じず、ずっと匿いたいくらいだ。
エリーゼ……キミもそうだ。
パケ買いしてしまったくらいエリーゼは俺の好みのヒロイン、俺がノルドにさえ転生しなければ……避けることもなかっただろう。
俺は深く息を吸い込んだあと、エリーゼにつまらない話をしてしまう。
「夢か妄想の類の話だと思って聞いてくれ。俺はそのなかでおまえに殺されるんだ」
「っ!?」
間接照明程度の薄暗い部屋でも、エリーゼが絶句したのが手に取るように分かる。
不思議と修正力が働かずに言葉が詰まることなくスッと出た。殺される本人だからなのか、あくまで仮定の話だと前置きしたからなのか……。
「私が……ノルドさまを殺す?」
「ああ……少し聞いてくれるか?」
「はい……」
エリーゼには夢、妄想などと伝えたが、『成勇』で起こったことをありのままに彼女に伝える。本来ならこちらが事実なのだから。
「俺の夢のなかでエリーゼはケインを愛するようになる。そちらではおまえを助けたのは俺ではなく、ケインだからな」
「まさか……人攫いに攫われそうになったとき、助けたのが彼だと言いたいのですか!?」
さすが聡明なエリーゼだと言う他ない。俺の意図をちゃんと汲み取ってしまったのだから。
「そうだ、そして俺はケインから強引にエリーゼを奪い、おまえの尊厳を踏みにじった。その結果、俺は死を迎えるんだ」
「……」
俺たちの間に流れる沈黙という二人を分かつ川。
ちょっとエリーゼに絆されそうになっていたが、結果的にエリーゼとケインが裏で結託し、俺をはめようとしていることを暗に示した形になった。
「つまらない話をした。寝たら忘れろ」
もうこれで彼女が俺に粘着することはないだろう。なぜなら俺はエリーゼに「俺を暗殺しようとしていることは知っているぞ!」と告げたようなものだから。
そして、エリーゼは強い男が好きだ。俺がノルド語で強がれば強がるほど彼女の瞳は俺にうっとりしているように見えた。また弱気なケインを汚物やゴキブリを見るかのような蔑んだ目で見て、毛嫌いしている。
俺が弱気なところを見せれば彼女はきっと俺の下を去るに違いない!
秋名山を全開ケツを流しながら走っても紙コップに注いだ水はまったくこぼれることのないくらい完璧な作戦だった……。
朝起きると俺の予想通り隣のベッドにエリーゼの姿はなかった。
そうか、すべてが露見したと分かり、俺の下を離れたか……。
やった!
これで俺は死亡フラグを気にせず、異世界スローライフを堪能できる、そう思って拳を握っているときだった。
な!?
「あううん……ノルドさま……おはようございます」
エリーゼの寝ていたベッドとは反対のほうから聞こえる声。
一体いつから――――隣のベッドで寝ていたと錯覚していた? と言わんばかりにエリーゼは俺と同じベッドで添い寝していた。しかも透け透けネグリジェなのにパンティしか穿いていないというあられもない格好で……。
――――【エリーゼ目線】
まさかノルドさまはそんな深い闇をお抱えになっていたなんて。氷のように私から心を固く閉ざされたノルドさま……。
少しずつ少しずつでも良いので、その氷が溶けて振り向いてくださるまで、私はノルドさまのお側から離れるつもりはございません。
いまの私は地位も名誉もお金もいりません。ただノルドさまのお側にいさせて欲しいのです。
でもノルドさまの私への警戒ぶりを見るとまるで前世で私たちは大恋愛の末に悲恋な結末を遂げた恋人同士のよう……。
ああ……なら今世こそノルドさまとしあわせな結婚を望みたいです。なんて、その手の小説をちょっと読み過ぎてしまったのかも。
私にはノルドさまが立てる寝息すら、安らぎを感じてしまう。
小さかったときにお母さまから撫でられながらだと安らかに眠れたことを思い出し、眠るノルドさまのベッドの傍らに座り、【魔闘外皮】を纏う彼を撫でたのです。
するとどうでしょう!
【魔闘外皮】はみるみるうちに剥がれて、ノルドさまの寝間着だけになってしまったのです。
そっと彼に手で触れるとたくましい胸元に思わずときめいてしまいます。
いつかノルドさまの胸元に抱かれ、顔をうずめたい。
そんな思いから、顔をピタリと彼の胸元へくっつけていました。ドクッ、ドクッと彼から伝わる鼓動に私の鼓動は早く波打っちゃいます。
いまならもっとノルドさまを感じられるかもしれない。
そう思うと目元の視界を塞いだ前髪を耳にかけ、憧れのノルドさまの麗しい顔をじっと見つめました。
「私を怖がらなくてよいのです。私はノルドさまの牝奴隷なのですから……」
見れば見るほど好きになってしまいます。
もしかしたら、私の口づけでノルドさまが目を覚まされるかもしれない。
そう考えるだけで、どきどきと高鳴る胸の音を背景に、
ん。
瞳を閉じて眠るノルドさまの唇へゆっくりと私の唇を近づけて、重ねました。私のファーストキスをノルドさまに捧げられたことでキュンと身体中にしあわせな気持ちが駆け巡っています。
氷のように透き通った蒼い瞳とは打って変わり、ノルドさまの唇にキスしただけで彼の唇は蜂蜜のように甘く、衣服のすべてが溶け落ちてしまいそうなほどの熱さを感じてしまいました。
私はノルドさまのまえでは全裸同然……。
はあ、はあ……くせになっちゃいそうです。ああん……ダメなのに……♡♡♡。
私はむさぼるようにノルドさまに口づけを重ねていました。あとは剥がれた【魔闘外皮】を【
あとは寝ぼけたふりをして、このまま隣で添い寝したいと思います!!!
――――【ノルド目線】
まったくエリーゼには油断も隙もあったものじゃないと思いつつも、あって安心、【
どこも傷物にされてないと確認を終えたときだ、
――――魔物の群れだぁぁぁーーー!!!
村人と思しき者の叫び声が村中に響いてきていた。
―――――――――あとがき――――――――――
作者、メガニケの新年イベントで紅蓮のお姉ちゃん
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