第19話 乳母の片想い

――――ヴィランス公爵の書斎。


「ノルド、勇者学院に行きたくないなどと耳に入ったが本当か?」

「ああ! 俺は勇者学院へはいかないからな!」

「馬鹿者がっ!!!」


 長髪でウェーブのかかった髪型、細長い顔に尖った顎、目つきは悪くいかにも神経質そうな男は口答えした俺に雷を落とす。


 俺の異世界での父親であるワルドから発せられた怒号で家具や扉のガラスがビリビリと振動し、脇に控える執事とメイドたちはビクリと反応してしまっていた。


「おまえも知っているだろう。アッカーセンにおいて、貴族の役目というものを! ここ200年もの間、魔導の使える者はほぼ貴族に限られており平民たちを魔族から守るという名目で税を取り立て、裕福な生活を送る担保となっている。おまえはそれを捨てると言うのか?」


 ワルドが語ったのは、いわゆるアッカーセン版ノブレス・オブリージュって奴だ。それは痛いほど分かる。だが、俺たちを作ったまま放置プレイしていたくせに偉そうなことを言う父親に噛みついた。


「俺たちを放っておいていまさら説教か? あんたは世間体しか気にしてないだけだろ」


「そうだ。それのなにが悪いのだ? おまえもマリアンヌも私の所有物に過ぎないのだからな。おまえはもっと頭が回るほうだと思っていたのにとんだ思い違いで、がっかりだ。おまえに期待を抱いた私が馬鹿だったのだな」


「心配するな、馬鹿でも俺の実力ならば冒険者として暮らしていけるはずだ!」


「見損なったぞ、ノルド! 貴様にはすべての貴族どもにヴィランス家の人間がいかに優秀か知らしめる役割を担ってもらうつもりでいたのだが、冒険者になりたいなどと血迷ったことを言い出すとは……」


「俺は勇者学院に入ると……んぐく……ぐはっ!」


 ぜい……ぜい……はぁ、はぁ……。


(エリーゼといっしょに勇者学院に入ろうものなら、俺が死んでしまうんだよ!!!)


 そう俺の異世界での父親であるワルドに言いたかったが、俺の身体が浮き上がってしまいそうなくらいの不可思議な力で喉を押さえられ、言葉がでない。もしかしたら、修正力が働いているのかもしれなかった。


「よかろう、好きにするがいい。ただし、今日から二度とヴィランス家の敷居を跨げると思うなよ」

「ああ! 俺は辺境で冒険者として生きてゆく。いままで世話になった」


 喧嘩別れのような形でソファから立ち上がり、俺が書斎を立ち去ろうとすると、ワルドは俺を呼び止め言い放つ。


「待て、ノルド! 貴様が家を出るというならマリアンヌも連れて行け!」

「なんだとぉぉぉ!?」


 俺は前世で貧乏暮らしもへっちゃらだが、貴族暮らししかしたことのないマリィにそれは酷ってもんだ。


 ワルドはマリィを呼び出すと俺の隣に座らせた。


「お、お兄しゃまぁぁ……」


 俺たちの険悪な雰囲気から事情を察したのか、マリィは俺に抱きついて、まぶたいっぱいに滴を浮かべているが、俺に悪いと思ったのか必死で泣くのをこらえている。


 くそっ! 俺はともかくこんな健気な子どもに酷い仕打ちを……。



 ホワァァァァン♪


 唐突に俺の頭に思い浮かんだ光景……。


「お兄しゃま、おなかすいらぁ……あっ、マカロン!」

「マリィ、それマカロンやない。毒キノコや」


 前世の記憶にある戦時中の兄妹の悲哀を描いた映画のワンシーンが、俺たち兄妹に置き換わってしまっていた。



 ぶんぶんと首を振って我に返ると、まだ5歳と年端のいかないマリィは行く末を案じてか、震える声で訊ねてくる。


「お兄しゃま……まりぃ、びんぼうになっちゃうの?」

「そんなこと、ぜったいに許さねえ!」


 俺は立ち上がり、書斎にいる全員向かって宣言した。従者のみんなは『よくぞ言ってくれました』みたいな顔をしていたが、ワルドが睨みつけるとうなだれてしまう。


 意気消沈する従者たちだったが、いつもは優しげな笑みを浮かべ、お淑やかな人が声を上げた。


「お待ちください! 旦那さま、私がノルドさまを説得いたしますので、どうかお二人の勘当だけはお許しください」


「ノルドが増長したのはメイナ、おまえの責任だ。この馬鹿を説き伏せるなり、縄で縛るなりして勇者学院に入れさせろ」

「申し訳ございません……旦那さま……」


 メイナさんが頭を下げると、赤く焼けた鉄のように憤慨していたワルドは水に漬け込まれたかのように湯気を出し怒りを静めた。


「あのメイナが私に意見するとは……」


 書斎机に片肘をついて、息を漏らすようにつぶやくワルド。普段物静かでとても人に意見しなさそうにないメイナさんに意見されたことでかなり驚いている様子だった。


「ふん、メイナに救われたな。あまり親を困らせるな」


 捨て台詞のように俺に吐いて、立ち上がるとワルドはメイドからコートを着させてもらい部屋を出ていってしまった。


 部屋に残ったみんなから、ほっという安堵の息が漏れる。


 メイナさんにあそこまで言われてしまっては、俺はどうしようもできなかった。俺を本当の子どものように慈しんでくれた彼女の顔に泥は塗りたくなかったから……。



 マリィにいままで通りの暮らしができると伝えると「わ~い♪」と無邪気にはしゃいでおり、年相応の反応を見せてくれ安心した。


 メイナさんが俺と二人きりで話がしたいというので、俺の部屋のベッドの縁に座り話込む。


「ノルドさま……ワルドさまのご事情もお察しいただけないでしょうか?」

「ワルドの事情だと?」


「はい……旦那さまは実力十分と言われながら、五指に入ることができずに準勇者の称号しか得られていらっしゃないそうです。だからノルドさまにご期待されて……」


「そんなの親のエゴではないか。碌に俺たち兄妹を見にも来ないくせして」

「はい……それも悔しさから五指勇者である貴族さまたちを潰すために躍起になられているようで……」


 なるほどなぁ、ワルドは劣等感からアッカーセンを牛耳ろうとしていたのか。


 ふむふむとメイナさんの話に納得していると彼女は俺の手の上に手のひらを重ねていた。


「ノルドさま……いけない私をお許しください……いつしか私はノルドさまのことを好きになっておりました。親子ではなく、女として……」

「えっ!?」


 俺が驚いたときにはメイナさんは仕事用の髪型であるポニーテールを解いていた。するとどうだろう、ふわっと彼女の髪の良い香りが漂い、俺の理性を揺さぶってきてしまう。


 目を閉じて、俺の答えを待ち望んでいるようだった。


 ごくり。


 これって、やっぱり……。


―――――――――あとがき――――――――――

乳母って義理の母親になるんですかね?

ちなみにメイナは三十路前ですw

ノルドとメイナはシちゃうんでしょうか、シてほしいという読者さまはフォロー、ご評価お願いいたします。

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