第8話 お膳立て

 初老の物乞いの男性は首を横に振った。


「この布はとても貴族さまに差し上げるようなものでは……」

「うるさい! さっさとこれと交換しろ」

「ええっ! こんなにいただけるなんて……ありがとうございます、ありがとうございます」


 俺は金貨10枚を男に渡し、ズタボロの布を身にまとった。ちなみに俺の感覚では金貨1枚で元いた世界の10万円くらいの価値があるように思う。


 俺の一日分の小遣いを渡し、物乞いに扮した俺は、エリーゼをハイエースならぬ馬車へ乗せようとしている3人いた人攫いの下へよたよたと寄っていった。


「なにか恵んでおくれ……」

「ちっ! ガキの物乞いかよ! 邪魔だ、どけ!」


 俺を野犬でも払うかのようにしっしっと手振る人攫いたち。ケインは俺たちを物陰から指を咥えて見てるだけだ。


 くそっ! まるでゲームセンターEXの梨野部長のプレイ並みにもどかしいケインの態度に業を煮やして俺は誘拐事件に介入してしまった。


 ケインにも人攫いにも、ムカついてしまい、釣られてノルドの語気も荒くなる。


「ああん? 俺にどけだと? 俺に逆らった己の愚かさを悔いるがいい」


愚者の鏡リフレクト


 グチャリ……。


「あぎゃぁぁぁぁっ!!!」


 ひゃーっ、ったそう……。


 俺を蹴り飛ばそうとした髭面の人攫いの膝関節が通常曲がらない方向に曲がるというエグさを醸し出していた。


「てめえ、なにしやがった!」


 頭を禿散らかしたもう一人の男が俺を殴ろうとするが、結果は変わらない。


「う、腕がぁぁぁぁっ!!!」


 肘関節が普通なら絶対に曲がらない方向にがっつり曲がっていて、チラ見するだけでもグロかった。


「本当に馬鹿なヤツらだ。人は学ぶ生き物だと思ったのだがなぁ、くっくっくっ」

「ひいっ」


 頭にバンダナみたいなモノを巻いた男は二人が地面をのた打ち回り悶える姿を見て、腰を抜かして震えていた。


「死にたくなければ、そいつを離して王都を去れ。俺はおまえを監視し、いつでも殺せるんだからなぁ!」


 ジョロロロロロ……。


 こくこくと頷いた男はズボンの前立てを黒く染めながら、エリーゼを離したかと思うと怪我をした仲間を置いて馬車を出していた。


「置いていかないでくれぇぇ……」

「殺されるぅぅ……」


 そんな二人にエリーゼはあろうことか、【治癒ヒール】を施そうとしている。


「なにをしている。捨て置けばいいものを……」

「いいえ、そういうわけには……」


 エリーゼは自分を攫おうとした二人を治癒しており、二人は彼女の慈悲に落涙していた。


 さすがに10歳の子にボディラインなど求められないが、膨らみかけているところを見ると開花まえの蕾なんだと認識させられた。まあ、これがあの爆乳になると考えたら、戦後の日本並みに成長したんだと思う。


 ただやっぱり幼くても目鼻立ちはエリーゼそのもので銀の美しい髪にくりっとした碧眼は思わず見とれて、目が離せなくなってしまいそうだ。


 治癒し終えるとエリーゼは立ち去ろうとしていた俺を呼び止める。


「どなたか分かりませんがお助けいただき、ありがとうございました。私はマグタリア伯爵の娘エリーゼにございます」

「知っている」


 お、おいっ! 


 ノルドが勝手にエリーゼの言葉に反応して、俺の心情を変換して答えるから困る。通常、貴族の子弟は親同士が仲が良いなどを除いて、デビュタント前に知り合いなのは稀だから。


 ごほん、ごほん。


 俺は咳き込んでなるべくエリーゼと話さないように心がけた。


「まあ! 大変もしかしてお風邪を召しているとか……私の治癒魔導で治して差し上げます」


 さっきの二人もそうだけど、なんて優しい子なんだ~! って絆されちゃダメだ!


「いらん」

「で、ではなにかお薬か、お食事、もしくは金品でお礼を……」

「それもいらん!」


「不思議ですね……物乞いされてるはずなのに……」

「と、とにかく俺は見ず知らずの女から施しを受けるなど恥辱なのだ!」


「おかしいですね。さっきは知ってると仰っていたのに」


 覚えてたのかよ!


 エリーゼは唇に人差し指を当てて、首を傾げる。そんな仕草ですら気品にあふれて、かわいいのはメインヒロインの特権か?


 俺はボロ布を翻し、エリーゼに背を向ける。


「とにかくだ、俺は忙しい」

「あの~物乞いさんなのにお忙しいのですか?」


 ホントやだ……勘の鋭い子は嫌いだよ!


 やれやれと呆れてしまい、疲れて帰ろうとするとエリーゼは俺の後ろを三歩下がって、着いてきていた。


「なぜ、俺に着いてくる?」

「命の恩人さんが何者なのか気になりましたので」

「俺はたまたまた通りかかっただけでなにもしていない」

「そうでしょうか?」


「そうだ。それにこんなところをうろついていれば、またさっきのようにかどわかされるとも限らんぞ! おまえはその類い希な容姿というものを自覚しろ」


「私を助けていただいた上に容姿を誉めてもいただけるなんて、本当によいお方です。是が非でもお礼がしたくなりました」


「しなくていいっ! 俺はあいつらの顔を見てたらむしゃくしゃしただけだ。おまえに着いてこられると、とにかく迷惑極まりない」

「でも結果的に私は助かりました。そのことに関しては感謝の言葉もございません」


「分かった分かった。なら地母神ユルハにでも感謝しておけ。俺は帰る」

「あの物乞いさんは無宿ではないのでしょうか? よろしければ私の屋敷に寄られては……」


 ああっ! もう! ああ言えばこう言う。


「無宿でも好みの場所というものがある。そこを他の者に取られたくない」

「ではそちらに行けばお会いできるのですね!」


 くそう……宝石のように透き通る瞳をキラキラ輝かせて、かわいい笑顔を向けてくる。


「いないことも多い」

「では、せめてお名前だけでも……」

「俺はノ……ケインだ。スォープ村に住んでる」


 思わずノルドと名乗りそうになったが、咄嗟に嘘をついて彼女の追及を躱した。いくぶん苦し紛れだったがケインにすべてなすりつけられるので意外に悪くない手だろう。


 ――――ふぁっ!?


「あの……なにか仰いました?」

「いや俺はなにも」


 物陰に隠れているケインが驚いて声を上げていた。慌てて口を塞いでいたが。


「あれ? 急に濃い霧が……あっ!? ケインさま? ケインさま~っ!」


 俺はスキルで黒霧を散布し、エリーゼの追跡を阻んでその場を立ち去る。


 これで二人が仲良くなるお膳立てはした。


 もうエリーゼが俺に接触してくることはないだろう。


 あとは俺が勇者学院に入学さえしなければ万事うまくことが進むに違いない!


―――――――――あとがき――――――――――

勇者学院のタイトルなのに入学しない世界線はあるのか!? いやないwww あと明日ざまぁだからキリッ

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