第1章〜10〜『正義の鼓動』
俺は久しぶりに背筋が凍った感覚に襲われた。
初めて人を殴った日よりも、
初めて暴走族たちを追い返した日よりも、
初めてヤクザとタイマンした日よりも、
背筋が凍って、冷や汗が流れてくる感覚が伝わる。
普通に生きていれば平和が約束されているような国で生きていた。
運が悪ければキチガイの娯楽に巻き込まれて死ぬか、幸福を見出せず自殺を選択するかぐらいしか治安が悪いと表現できる要素しかないように思えるような国で生きていた。
もちろん、不幸な事故や、病死、災害にあって死ぬ人もいる。
しかし、現代になってから、確実に生と死は隔離された。
生物としての死は非日常な光景にシフトしたのだ。
悪いことだとは思ってはいない。
しかし、死への恐怖が薄れてしまうのだ。
死への恐怖がないのにも関わらず、死が救いであるとか、死に魅了されてしまう若者が増えてしまったのだ。
100年前のように無惨な死体を見ることも、自分が次の死体になるかもしれないという危機を感じなくなってしまった。
どの国と比べても、あの国は楽園と呼称してもいいほどに安全な国は他にないだろう。
外に出れば汚職に巻き込まれて死ぬ人がいたり、餓死するような人がいたり、薬漬けになって死ぬような人もいたり、理不尽に人種の壁により虐げられる存在になるしかないような人たち、夜に出歩いただけで何されるかもわからないような国が大半だ。
大半は高みの見物をして、平和な国の中で他の国を憐れむような奴らが多いような国でもあった。
たぶん、あの楽園とまで思えてしまうような国は、平和が故に自分と他人の心を蝕むことを生きていると勘違いするようになってしまったのだろう。
他人の心の平穏を脅すことが当たり前な可哀そうな国にも思えてしまう。
転移前の世界でも、様々な悲劇に人生を翻弄された身ではあったが、シヴァの一言は平和ボケしていた俺の想像を絶するほどのインパクトであった。
人と妖精から作られた商品を聖水と呼称し、挙げ句の果てに人に食べさせたりしているのだから、今までにない強烈な衝撃であった。
『まぁ、今回のは悪魔の所業とまではいかないがな。人間と精霊を殺して生成したものではないのが、せめてもの救いのようだ』
『おい、シヴァ、ちゃんと説明しろ』
驚いた顔でジョセフはシヴァを見つめていた。
『まとめると、シヴァさんはこのラーメンに含まれている聖水の原料に人間と精霊の一部が使われていると断言したいとのことですか?』
『おう、オイラの舌に狂いはない』
どこか悲しい顔をしたジョセフ。何かを知っているような気もした。
『ここだけの話、この村の司祭には黒い噂があり、僕は数日前に近くの街から派遣されてきました。この聖水の原料は本当のところ、ごく僅かな人間しかわかっていないのは確かです。僕は1人の聖職者として真実を明らかにしなければいけません』
『ジョセフよ。聖職者の仕事とかはどうでも良い、お主はどうしたいんだ?』
『僕がどうしたいか。。。』
体が震えてきた。鳥肌が止まらない。
怖い、怖い、怖い、怖い。
予想もできない恐怖が徐々に体を蝕む。
心はなんともいいようのない恐ろしい憂愁にかられていた。
『アキラ、平和ボケした国におったお主には気の毒な話だが、現実はこれからだ。少しでも早く受け止めてくれ』
『あ、あぁ、わかってる』
呆れた顔でシヴァは俺を見た。そして、ジョセフの方を向いて言い放った。
『ジョセフとやら、お主、わしらと仲間にならないか?お主は善の心を持つ青年だ。過去に色々あったことも想像できる。故に、お主の願望を叶えてやろう』
『僕の願望。。。叶えてくれるのですか?』
ジョセフは複雑気持ちで何かを抱えていたのだろう。人はそれぞれ何かあるものだ。優しい心を持つ者だけの苦悩が見え隠れしていた。
『・・・・・・・。シヴァさんとアキラさん、僕があなたたちの仲間になれば、僕は真実に辿り着き、正義を貫けますか?』
『ジョセフ。お前の願望は自分の正義を振り翳すことか?』
『いいえ、僕は正義を明らかにしたいだけです』
揺るぎない覚悟を感じた。まるで正義の鼓動を奏でているような、そんな気がした。
まるで昔から正義を明らかにすることを誰かと誓ったかのような覚悟をジョセフから感じた。
俺に正義の心はあるのだろうか。
自分を守るためだけに喧嘩をしてきた奴に他人を助けることができるのか。
『おもしろい。やはり人間はおもしろいなぁ』
シヴァは不気味な微笑みを見せた。同時に気味悪くも感じてしまった。
まるで太古の昔から何かを企んでいるかのような黒いオーラが炎のように溢れ出しているようだ。
『アキラ、ジョセフ。この事件を解決しよう』
『はい』
『あぁ』
当たりを見回すと周りはとっくに真っ暗になっていた。月の光が体に刺さり、夜が心を襲ってくるようだ。
『まず、できる限り僕は情報を集めてきます。何か欲しいものがあれば言ってください』
『ジョセフよ。アキラに弓をくれてやれぬか?
矢要らぬ、それなら持っていてもいいじゃろ?』
『え?弓ですか?できる限り見られないようにしてくださいよ。明日持ってきます』
『ありがとう。アキラよ。わしらは良き仲間に出会えたようじゃ』
俺は今だにシヴァのことも、ジョセフのことも信用できない。
まだ会って間もないのに、何故こう話が淡々と進むんだ。
何故他人をそう簡単に信用できるんだ。
『お、おう』
徐々に気づき始めたのは、俺だけがこの世界で適応するのに遅れてしまっているという事実だけであった。
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