第1章〜3〜『聖杯の輝き』

人類は魔法、魔術の類である術を手に入れつつある。


これは戯言でも、子供の戯言でもない。確実に起きる事実だ。


技術の進歩により、機械に声を変えるだけで天気も、ニュースも、音楽も、電話もできるようになった。アマゾンで物を買ったり、より賢いAIをパソコンでも、スマホでも使えるようになった。


今後の進歩によっては、近い将来には話しかけるだけで料理を作ってくれたり、その日に最適な服をコーデしてくれたり、最終的にその日に最適な生活方法や、最適な生き方まで教えてくれるぐらい賢くなるだろう。


その代わりAIという人間を滅ぼす可能性のあるバケモノを自らの手で産み落とし、進化させていようとしているのだ。


こんなのは常に議論されている話だが、問題はAIを美化しすぎたことにある。


相互補完関係そうごほかんかんけいを築くだけで人類VS機械の問題は解決するというのに、全てを機械に任せようとする怠惰な考えによって、大半の人は職を失うことになってしまうのだ。


金が機械によって回っている経済はスラムに住む人間、元々ニートであった人にまで届きはしない。


どっち道金持ちに金の大半が分配されるようになるのがオチだ。


俺は都市を歩き回り、いろんなことを考えた。

でも、どうしても良い未来になるイメージが湧かない。


未来に起きる災難にも対応できる能力がない社会、人間同士の争い、弱者を罵るだけの格差、欺瞞だらけのネット社会、それらに翻弄ほんろうされて生きるしかない社会にいい未来なんて見えるはずがない。


ただ、金を持っているだけで未来は安泰あんたいだと思える人が大半なのだろう。


人は人間社会に満足すると本質が見えなくなるのだ。


そう思ってしまった俺は都市からどんどん遠ざかってしまった。


そう、まるで死期を悟った野良猫のように、誰にも気づかれることのないように死地を探した。


最後ぐらい綺麗な場所がいい。


空腹で死にそうだ。そして、空腹感からくる痛みが全身を支配していた。


目から光を失ったかのように、自分の影からは死の影が広がっていた。幻影が見えるかのように遠く遠くに消えていこうとしていた。


闇雲に死地をひたすら探していたのだと思う。最後ぐらい、とてつもなくエモいと思えるような場所を探し続けていた。


しかし、暗闇が俺を包み込んでいる。星々が天空に散りばめられている中、俺の影はぼんやりと光る街灯の下に浮かび上がった。


その歩みは一歩一歩、過去の喧騒から静かな自然の中へと進んでいた。


死の決意でもあり、孤独の死への恐怖でもあった。


俺の頭には後悔といが交錯していたが、生きる理由はもう探せない。自殺する勇気もないのだ。

生きるほうがいいのか、死ぬ方がいいのか、何も考えずに自然に帰ることだけを考えていた。


朝から歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、明るかった日差しの中を歩いていたはずが、ひたすら視界の先が真っ暗になるまで歩いた。

どこを歩いているかもわからないまま最後に行き着いた場所に廃墟となっていた教会があった。


朽ちた教会の壁には、時の重みと風雨の跡が深く刻まれていた。


その古びた石は、年月と共に静かな美しさを纏い、歴史の語り部としての役割を果たしていた。月の光が透過すると、朽ち果てた窓ガラスは幻想的な色彩を放ち、草むらに隠れる花々は生命の再生を象徴していた。


この朽ちた教会は、過去と未来が交差する場所であり、俺はすぐその美しさに魅了された。


辺りを見渡していると急に物音がした。


物音がする方へ少しずつ歩いていくと、そこには座り込んでいる老人がいた。

白髪を頭にまとい、皺だらけの顔には生涯のしわが刻まれていた。

古びたコートに身を包み、手には奇妙な形をした杖を持っていた。

でも、この杖を俺はどこかで見たことがあるような気がする。

杖のことを思い出そうとした途端、急に心臓が高鳴り始めていた。

おかしい。おかしい。おかしい。なんだこの高鳴りは、俺はこの杖を知っていた。この杖を見たことがある。


『死の匂いがするぞ。小僧』


その老いた老人の言葉に震えてしまった。平然を装うかのように俺は老人に答えた。


『まぁ、何日も風呂に入ってないからだろ。死体のような匂いがするだろうさ』


『かなり臭うが、体の話ではない。お前の魂の臭いだ』


あの老人は俺の全てを悟ったかのように答えた。


『なんでわかったんだ?』


『こんなに老いぼれていたとしても、かつて賢者と呼ばれていたからのぉ。人のことはなんでも知っとるぞ』


こいつは狂っているのか?

異国の人だとは思ったが、側から見たら、ただのホームレスにしか見えない。

老人の戯言だと思い、試しに色々と聞いた。


『賢者か。賢者だったら、その知恵を使ったら、大儲けできたんじゃないのか?』


『若いな。小僧。金なんか持っても、幸せにはなれんだろうに』


たしかに。共感できる。


『あんたにとっての幸せはなんなんだ?』


『妻のことを思いながら、ずっと旅することだ。それ以上は全て捨てた』


『おじいちゃんも色々と苦労したんだな』


『まぁな。国を捨て、方舟を捨て、永遠の命も捨てた。死んだ妻との誓いのためにわしは世界中を旅した。もう少しで死んでしまうがね』


意味ありげな言葉を俺に言った。


このおじいちゃんは狂っているのだろう。死期が近い人は幻覚も見えるし、記憶も曖昧になる。


『そうか、色々あったんだな』


『老いぼれの戯言と思うのは構わんが、若い子が死ぬにはまだ早すぎないか。。。?世界が嫌いなのだね』


このおじいちゃんは狂っているわりにはまともなことを言う。


『こんな世界、生きても意味はないだろ。先も見えないし、生きるより、耐え抜くだけの人生になんの意味がある』


『そう思うのは勝手だが、輪廻を繰り返しても、またその考えを引き継ぐだけだぞ。なら、誰かのために必死に生き抜く方がかっこいいと思うがね』


『なんで、初めてあったじじぃにそんなこと言われないといけないんだよ』


少しばかり、怒りが込み上げてきた。そして、老人は笑顔で話しかけてきた。


『お主は初めてあった魂とは思えんのぉ。どれ、この杖を触ってみろ』


さっきから気になっていた杖を俺に向けた。向けられた途端、何かを思い出すかのように、その杖を見つめた。

この感情はなんだ。絶望と同時に何かに吹っ切れ、笑いが込み上げてくるような高鳴りを感じる。

この変な高鳴りの正体を明らかにするかのように杖に触れた。


『小僧、お前はやはりあの時の——』


老人の顔色が変わった。懐かしさを感じるように、しかし、自分の最後を悟ったかのようにも思えた。


『なんだ?なんだ?この胸の高鳴りは、教えてくれ、お前は誰なんだ』


『わしの名はアトラ・ハシース。久しぶりじゃな。小僧、4000年ぶりぐらいかのぉ?』


『4000年?お前、頭がイカれたのか??』


胸が熱い。体の痛みではない気がする。何か、魂から熱さが込み上げているような感覚だ。

涙と笑いが込み上げてくる。

いきなり、4000年ぶりと言われても、訳がわからない。


しかし、何か懐かしい。


何か、虚しい。


何か、儚い。


この高鳴りはなんだ。


『小僧、生きる理由が知りたいか?』


『生きる理由がない世界に何の意味がある』


情緒が不安定だった。胸が苦しい。


『小僧、旅は好きか?』


『迷子になるだけの道のりに何の意味がある』


『そうか、小僧、昔のお前は死ぬのが怖くて、わしのところに来たというのに、今回は生きる理由がわからないから、わしのところにきたのか?』


『何の話だ』


『お主は本当に救いようがないのぉ。しかし、昔と変わらずいい目をしている』


『何の話だ!』


『懐かしさに浸らせてくれよ。わしの夢が終わるのだ。そして、人生が終わる前にお主に会えたことに運命を感じるぞ』


『何の話だ!!』


『お主はある英雄の生まれ変わりだ。わしは昔のお前に会ったことがある。その時はお前は永遠の命を求めていたのだが、今回は生きる理由を探しているようだ』


このアトラ・ハシースと名乗る老人は笑顔で俺に話しかけた。その笑顔が懐かしく思えてしまう。

しかし、俺がある英雄の生まれ変わりだと?どういうことだ?胸の高鳴りは治らない。疑問だけが浮かび上がる。


『英雄の生まれ変わり?何の話だ?』


『もう一度問うぞ。小僧、生きる理由が知りたいか?』


『あぁ、こんな腐った世界に生まれた理由が知りたい』


『神は憎いか?』


『あぁ、こんな不幸な人生にしてくれた神が憎いね』


長年抱いていた疑問の答えをもらえそうな気がした。

この自称賢者と名乗る老人は俺にその答えをくれるかもしれないと期待を抱いた。


『お前に真実の全てを教えてやろう』


アトラは教会の方に指を刺した。


胸の高鳴りは終わらない。


その瞬間、月の明かりが教会全体を照らし始めた。


奥には聖餐台せいさんだいが見える。


その上に聖杯が置かれていた。


月が教会の中を照らし始めた途端、黄金色はより一層輝きを増し、まるで太陽そのものがその一点に集まったかのような光を放った。


その輝きは周囲の景色を照らし、全てを魔法のような輝きに包み込むように俺を魅了した。




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