その果実は赤く

霧谷

✳✳✳

──ゆっくりと、ゆっくりと。瞬き。少年は眼から感情を煮詰めた雫が零れ落ちてしまわぬように、大きく見開いてただ一点を見つめていた。虚空には肌を刺す冷気が満ち、噛み合わぬ歯の根は絶え間なく硬質な音を立てて、静かな空間に神経を尖らせる要素を添える。


「──……」


がちがち、かちかち。不規則かつ神経に障る音は途切れることなく口腔から漏れ出す。がちがち、かちかち。がちがち、かちかち。見開かれた眼は恐慌に浸されて焦点が合わず、ともすればぐるりと白目を剥いてしまいそうだ。それでも視線を外せば負けだと、少年の強靭な理性が告げている。


「っ、」


そんな少年が見つめる先のおおきな木──ぐじゃり、と。ひとつ。爛熟した林檎が落ちた。鼻腔に届くのは、錆びついた鉄の匂い。薄暗がりのなか、したたる果汁の色は見えない。


落ちた、堕ちた。おちた林檎に手を伸ばすのは、




まっしろな顔で嗤う、誰よりも見慣れた顔。

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その果実は赤く 霧谷 @168-nHHT

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