達成度32:生徒会への直談判

「君は……ふふっ、久しぶりだね。どうしたのかな────塩江君」


「ああ、久しぶり────西条さん」


 僕らは目線を交差させ、互いに微笑みを浮かべた。


 西条七海。この柊ヶ丘の本当の生徒会の生徒会長で、一応僕のクラスメイトでもある文武両道の完璧美少女だ。

 西条さんは生徒会室の中央で、大きな椅子に────鏡野のいつも座っているような立派な椅子に腰掛けて、こっちを見ていた。


 その瞳に驚きの色はまるでなく、むしろ突然やって来た僕を歓迎するかのように楽しげに輝いているようにも見える。

 手を交差させ、その上に顎を乗せて西条さんはにこにこと笑っている。


 すると彼女の横に立っていた眼鏡の少女、生徒会副会長の神戸が訝しげに眉をひそめて一歩前に進み出てきた。


「塩江さん、いきなり何の用事ですか? 申し訳ありませんが、もう本日は……」


「いいよ、神戸ちゃん。せっかくのお客さんだし、追い払うわけにもいかないよ」


 が、軽く手を振った西条さんがそれを制すると神戸はぺこりと頭を下げて元のポジションに戻る。どうやら西条さんは神戸副会長のことを「神戸ちゃん」と呼んでいるらしかった。


「……会長が仰るなら。出過ぎた真似を失礼致しました」


「いいのいいの、神戸ちゃんは真面目なのがいいところだからね。……それで塩江君、どうしたの? 見たところ、なにか話があるんだよね? 大事な話」


「ああ。今、ちょっと時間大丈夫かな」


「だから本日はもう終わりだと……」


「神戸ちゃーん」


「失礼しました」


「話を遮っちゃってごめんね、塩江君。それで時間だけど、大丈夫だよ。まだ最終下校までにはもうちょっと余裕があるし」


「そっか。じゃあ、話があるんだ」


「うん」


 西条さんは、真剣な表情で僕を見つめてくる。もう同じクラスになってから一ヶ月以上経つけれど、結局鏡野と出会ったあの日から僕と西条さんの間に特に会話が生まれることはなかった。

 というか、関わる機会が今までまるでなかったのだ。クラスでの西条さんはいつも他のクラスメイトに囲まれているし、そんな中に割って入るのはいまだに僕にはハードルが高い。

 だから実質、あの日以来の再会のようなものだ。


 彼女には聞きたいことがいくつもある。


 どうしてあの日僕を鏡野のもとへと寄越したのか。

 どうしてそれが、僕だったのか。僕でなければならなかったのか。


 鏡野との関係だとか、疑問は枚挙に暇がないけれど────けど今話すべきことは一つだとわかっている。


「鏡野柚葉のこと……というか、“暫定生徒会”についてのことなんだけど」


「うん」


 その名を口にしても、西条さんの表情が一切変わることはなかった。

 ただどこか楽しげに、期待しているかのように含んだような笑みをにこにこと浮かべている。

 僕はそんな彼女の表情が気にかかりながらも、ええいままよと話を切り出す覚悟を決めた。


「立ち退き要求、どうにかならないかな」


「……へぇ」



 一瞬、西条さんの笑みが深くなったような、そんな気がした。


「私はここに来るのは柚葉ちゃんだと思ってたけど……まさか塩江君が来るとはね。いやー、びっくりしたよ。もしかして塩江君、柚葉ちゃんからお願いとかされたの?」


「いや、違う」


「ってことは自主的に生徒会室(ウチ)に来たわけだ」


「ああ」


「ふーん?」


 両手を揉みほぐしながら西条さんは片目をつぶって僕を見た。


「塩江君、変わったね」


「そう、かな? 自分では全然、そんなことはないんだが」


「ううん、そんなことない。変わったよ、すっごく。……いい目をするようになったね。あの子と同じ、真っ直ぐな目を」


「目?」


「うん。この間、一ヶ月前に話したときと全然違うよ。その様子だと柚葉ちゃんとは随分仲良くなっちゃったみたいだね?」


「それは……別に」


「いやいや、だってその目はあの子と同じだもん。それに何より、君が今はるばる自主的に私のところまでやって来て直談判してることが何よりの証拠じゃない?」


「……」


 そう言われると正直返す言葉がない。別に仲が良いわけじゃないが、だからといって悪いわけでもないのだ。


「ふふっ、やっぱりね。ねぇ、塩江君」


「ん?」


「“暫定生徒会”、楽しい?」


 それはまるで、学校に通い始めた子供を慮る母親のような。そんな包容力と温かみに満ちた口調で、西条さんは僕に聞いてきた。


「……」


 どう答えればいいのかわからない。


 あの旧生徒会室という空間において僕がある種の居心地の良さというか、安心感を覚えていることは否定のしようがない事実だ。だが、“楽しい”というのは……いや。


 もうやめよう、無駄に自分を取り繕うのは。


 そんなことをして何になる。


 僕はもう、同じ過ちを繰り返したくはない。


 答えはもっとシンプルでいいのだ。イエスかノーか、その二つのどちらかでいいのだ。


 そしてその二択から一つ僕が選ぶとすれば、それは勿論。


「……ああ、楽しいよ。僕は……多分、自分で思ってるより“暫定生徒会”が好きなんだと思う」


「そっかそっか、良かった。なら柚葉ちゃんも楽しくやってそうだね」


 そう西条さんは満足そうに笑うと頷く。

 彼女が何を考えているのか、僕にはまだいまいちわからないけれど。

 けれど、きっと悪い人間ではないんだろうなと、漠然とそう感じた。


「それで西条さん、話を戻して旧生徒会室の件についてなんだけど……どうにかならないかな。最近新メンバーが入ったばっかりなんだ。まだ始まったばかりだし、何かに使いたいなら話し合いをしたい」


「うーん、塩江君。残念だけどさ、もう書類にサインはしちゃったんだよね。だから今さら私が指示を取り消す、っていうのは難しいかな」


「っ……なら、せめて一度」


「────でも」


 と、西条さんは白くて細長い指を一本立てた。


「でも、そうだね。手立てが無いわけじゃない。方法はあるよ」


「方法……!?」


「うん、じゃあコレは……私からのお礼。ひとつ塩江君にアドバイスするね」



 お礼?


「会長!」


「神戸ちゃん。立ち退き要求は、神戸ちゃんと宮崎ちゃんからの強い要望だけど……でも私はね、できればこういう強硬手段は取りたくないの。それに策があるならあの子たちにもちゃんと教えてあげないと不平等でしょ? 生徒会長として公平性は守らないとね」


「……失礼しました」


「ってことで塩江君、アドバイス……って立場でもないか。だからそうだね、これは私のちょっとした独り言なんだけど。あなた達“暫定生徒会”は学校からの認可を受けていない、言っちゃえば不審な団体の状態なんだよね。だからそんな不審な団体が旧生徒会室を占領してる状態を指摘されちゃうと、私も黙認できないんだけど────じゃあ逆に、認可さえされちゃえば立ち退かせるわけにもいかなくなるよね」


「認可、か。正式に手続きを踏んで学園サイドに認めてもらうってこと?」


「そう。つまり“暫定生徒会”が、ほんとの部活になっちゃえばいいの。なかなか良いアイデアでしょう?」


「でも部活になるってことは、部活を立ち上げるもっともらしい理由とか顧問が必要なんじゃ」


「うーん、そうなんだよね。ぶっちゃけ、“暫定生徒会”ではその辺クリアするのは難しいと思うよ」


「やっぱりか……」


「だから『部活』じゃなくてさ、『同好会』になるのはどうかな?」


「同好会?」


「うん。うちの学校には『部活』と『同好会』の二種類がある。『部活』には部費が必要だから、顧問だとか部活の存在意義だとかがいるんだけどもっとライトな『同好会』なら書類を提出すればほとんど認可されるよ」


「……なるほど!」


 そうか、その手があったのか! 部活よりも色々とゆるい同好会は、言われてみればたしかにそれほど必要なものは多くない。書類を書いて、提出すれば認可される。

 暫定生徒会を正式に同好会として位置づけることによって学園サイドからの認可を受け、立ち退き要求を阻止する。

 これだ、これしかない!


「本当にありがとう、西条さん! 僕たちでやってみるよ! 本当に、本当にありがとう……!」


「いいのいいの。私はあくまで独り言をぼそっとこぼしちゃっただけだしね。はいこれ、同好会の手続き用の書類」


 西条さんは手をひらひら振りながら、もう片方の手で引き出しを開けると中から数枚の紙を取り出して僕に手渡す。

『同好会申請書』と書かれた紙は、僕にとってはまるで金のチケットのように輝いて見えた。


「それじゃ、頑張ってね塩江君! あの子のことも、よろしくね! あ、でも私がアドバイスしたことは内緒だよ? 私と塩江君だけの」


 口の前で指を立て、片目で茶目っ気のあるウインクをする西条さん。

 か、かわいい……!!


「じゃ、またね! ……それと、ありがとね。柚葉ちゃんと仲良くなってくれて」


「え? ごめん、今なんて」


「ううん、いいの。バイバイ! 塩江君」


 ────ともかく。


 ともかくこうして有用な手立てを得た僕は、その足で旧生徒会室へと帰っていった。

 帰って、いった。



そろそろ完結です。面白ければブクマ・コメントぜひよろしくお願いします。

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