達成度31:塩江葵はどうするか。
放課後の旧校舎の廊下には誰の姿も見えず、薄暗い空間に僕の靴の音だけがコツコツと響いていた。
歩きながらひとりでに僕は考える。
「……これでいよいよ暫定生徒会も終わり、か」
思えば短い時間、あっという間の日々だった。
あの日過去にタイムリープしてきて西条さんに声をかけられて、鏡野柚葉と出会ってから────無理やり暫定生徒会に加入させられて、副会長に任命されてからもう一ヶ月の時が経った。
なぜか東間がやって来て、彼の悩みを結果的には解決することに成功し。
さらにお次は霧島姉妹の入部届を巡るゴタゴタを解決し、双子の姉妹喧嘩を丸く収めて。
なぜだかその二人が書記として旧生徒会室に居座るようになって。
思い返せば色々なことがあったけれど、もう一ヶ月。一ヶ月も経ったのだ。
まぁ、もう悔いはないさ。
暫定生徒会は振り返ってみればそれなりに居心地の良い居場所だったけれど、僕はあくまで彼女に脅されてこの部活(部活ではないらしいが)に入らされたのだ。
強制的に加入させられたのだ。
だからそれがようやく終わるのであれば、僕は暫定生徒会と鏡野柚葉から解放されることになる。
僕にとっては何も悪い話ではない。むしろこの一ヶ月待ちわびていたことだ。
第二の生徒会を名乗り『学園征服』なるとんでもないスローガンを打ち立てる暫定生徒会と、その会長である変人の鏡野柚葉と過ごす日々────こんな青春は、元々僕の青春の正規√では決してない。
むしろそれとはかけ離れた日常であり、僕にとっては間違った青春だった。
だから、これでいいのだ。
暫定生徒会は解散になる。そして僕は解放され、鏡野柚葉らとも疎遠になっていくのだろう。
それでいい。構わない。
だって、僕が最初タイムリープしてきた時に思い描いた青春はこんなものではないのだから。
「ん?」
ふと足音が聞こえてきた気がして、背後を振り返る。
だが誰もいない。いつだってそうだった。僕の後ろには、前にだって、誰もいない。
もう孤独にはとっくに慣れている。これまでの人生で僕はいつも一人だった。
故にそんなことには動じない────はずなのに。
なぜかその時僕は、ひどく空虚な気持ちになった。
まるで胸にぽっかりと大きな穴が空いてしまったかのような虚しさと寂しさが入り混じってもやもやとする。
「……ああ、やっぱダメだな。一度、賑やかなのを知っちゃうと」
僕はきっと弱くなった。
暫定生徒会に入って、すっかり弱くなってしまった。絆された。
それは知ってしまったからだ。
賑やかで、騒がしくて────いつも喧騒と笑顔で満ち溢れた空間を。
あの旧生徒会室を。
「こうなるから、人と関わるのは苦手なんだよなぁ……全く」
ため息混じりに窓の外を見る。
窓からは夕日に照らされてオレンジ色に浮かび上がった町々の姿が見えた。
自分の生まれ育った、しかしそれほど愛着があるわけでもないこの街。
もし。もし僕が真っ当な青春を送ることができていれば、この街のこともきっと好きになれたのだろうか。
ああ────欲しかったな、青春。
いやしかし、諦めるにはまだ早い。
せっかく神様からもらった二度目のチャンスだ。
まだ軌道修正はできる。このまま暫定生徒会が消滅すれば、フリーになった僕にはまた他の部活に入る機会が生まれる。
だからそれまでは暫定生徒会が無くなるのを待てばいいのだ。
そうすればまだ正規√の青春を歩むことができる。
なのに。
『────私は君を、歓迎するよ』
なのに何故────鏡野の笑顔が脳裏に焼き付いて離れないのだろうか。
僕は本当に、これでいいのだろうか。
このまま鏡野と暫定生徒会を放っておくことは簡単だ。
何もせず、ただ流れに身を任せておけばいい。
リスクを背負わず楽に、何も考えずに。
けれど。
「……これじゃ今までと、何も変わらないじゃないか……!」
塩江葵はまた、あの日々と同じ選択をするのか?
何もせず、何も考えずただ流れに身を任せて────いつかは状況が好転するとあぐらを掻き続けて、僕は一度目の青春を溝に捨てた。
何もしてこなかった。
そのツケは圧倒的な虚無感と孤独、そして後に残った青春コンプレックス。
そして僕はその苦しみを知ってなお、また同じ道を歩もうとしている。
二度目の青春をも放棄しようとしている。
それでいいのか?
それでお前は後悔せず、自分を許してやれるのか?
「いいわけが、ない」
いいわけがない。決していいはずがない。
だってもう二度とそんなことをしないように、そんな後悔をしないように、僕は未来からここにタイムリープしてきたんじゃないか。
────二度目の青春に挑戦すると、次は上手くやると、そう言ってリベンジの覚悟を決めたんじゃないか!
「……ッ」
とっさに向きを変えて僕は走り出す。
向かう先は旧生徒会室でも、あるいは下駄箱でもない。
今現在使われている、僕の教室がある比較的新しい現校舎だ。
校舎に入るとわずかな記憶を頼りにその教室を探す。
廊下を突き進み、右に曲がり。
時にはつまづいて転びそうになったけれど、それでも構わず目的地を目指した。
どれほど走っただろう。どれほど歩いただろう。
やがて僕はようやく、その教室の前にたどり着いた。
扉に向かってコンコン、とノックして中に入る。
中には二人の少女がいた。
一人は眼鏡をかけた剣呑な雰囲気の少女。
彼女はいきなり教室に入ってきた僕を眉をひそめて見つめている。
「誰ですか? ……あなたは、たしか」
そして、もう一人は。
「君は……ふふっ、久しぶりだね。どうしたのかな────塩江君」
「ああ、久しぶり────西条さん」
柊ヶ丘学院高等学校、現生徒会室。
“暫定生徒会”の副会長は今、“現生徒会”の副会長、そして生徒会長と向かい合った。
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