達成度29:解散の危機は突然に

「────であれば、大変残念ながら今週をもって、暫定生徒会は解散ということになります」


 そう眼鏡の少女は平然と言い放った。まるで何の感情の色もなく、ただただ当たり前の事実を述べているにすぎないかのように。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!? いくらなんでも唐突すぎる!!」


 困惑した様子で彼女に詰め寄った鏡野は、彼女の肩をガッと掴んで話し合おうとする。

 だが眼鏡の少女は一切動じることなく真っ向から鏡野を見つめ返した。


 あの瞳。


 冷酷で理知的なあの瞳を僕は知っている。


 記憶の彼方、思い返されるのは何度かあった生徒総会。それだけではない、他にもいくつもの行事で僕は彼女を見ているのだ。


 そしてほぼ人との交流が無かった僕ですら顔を覚えるほどの人物となれば────

 それはこの柊ヶ丘のトップに位置する至上の存在。すなわち、現生徒会の一人である。

 彼女の名前はたしか────神戸。神戸紫苑。


 生徒会長である西条さんの右腕を務める二人の副会長の一人であり、西条さんに負けずとも劣らないほどの傑物。


 その神戸が今、旧生徒会室を訪れて鏡野と至近距離で向かい合っていた。


「そんな、三日以内に出ていけだなんてどうしていきなり……! 無茶苦茶だ!」


「部活あるいは同好会として正式な認可を受けていない集団に学園の財産である教室を不法占拠させ続けるわけにはいきません。規則に則り、あなた方暫定生徒会に三日以内の立ち退きを要求します」


「そんなの納得できるはずがないだろう! 旧校舎の空き教室を占拠しているのは我々だけではないし、何より今までは放置していたじゃないか! なのになぜ、いきなり我々を────」


「既に決まったことですので。こちらの書類には西条生徒会長並びに各学園関係者のサインも入っています」


「くっ……西条ッ……!!」


 突然の事態に僕と霧島姉妹は何も言えない。

 ただ鏡野と神戸のやり取りを、固唾を呑んで見守っていた。


「では、要件はお伝えしましたので。私はこれで失礼します」


「ま、待て! 頼む待ってくれ、神戸副会長! 話を……!」


「鏡野柚葉さん────」


 くるりと踵を返し、その場から去ろうとする神戸を鏡野が必死に呼び止める。

 すると神戸は彼女を一瞥し、目を細めてからこう言った。


「いくら理事長のご令嬢と言えど、あなたを特別扱いすることはできません。あなたには何の特権も認められていないことを、どうかお忘れなく」


 理事長の────ご令嬢?


「────ッ!!」


 その途端鏡野の目が大きく見開かれた刹那、彼女は力なくふらふらと後退りした。


「鏡野!?」


「暫定会長、大丈夫ですか」


 咄嗟に僕と霧島姉妹は彼女の元に駆け寄り、倒れ込みそうになっている身体を支える。

 鏡野は「ああ……悪い、大丈夫だ」と体勢を直し神戸を見つめ返したが、彼女はもうそれ以上は何も言わずにその場から去っていった。


 ★


「一体どうすればいいんだ……はぁ、まさかいきなり解散だなんて」


 机に突っ伏した鏡野は、ため息とともにそう言って頭のキャスケットを目深に被った。

 そんな彼女に霧島姉妹が心配そうな面持ちを浮かべて歩み寄る。


「今の話、本当なんですか? 暫定生徒会が無くなるというのは」


「認めたくはないが、おそらくは本当だろう。これを見てくれ、香織君」


「これは?」


「彼女が先ほど私に渡した紙────退去命令の通知書だ」


「……」


 紙を覗き込む霧島姉妹の後ろ側から、そっと僕も通知書を見る。


「この下のところに生徒会長並びに学園関係者のサインがある。つまり公的な権限を持った、本物の書類で間違いない」


「暫定生徒会が無くなってしまうのは嫌です、と私は思いました」


「まだ始まったばかりなのに、ともわたしは思いました」


「私も嫌だとも。嫌なのだが……こればっかりはどうしようもない。奴らに本格的に目をつけられてはな」


 奴ら。それはきっと、この学校の現生徒会のことを言っているのだろう。


「待てよ、要はこれは旧生徒会室を追い出されるってだけの話だろ? 別にここを立ち退きして明け渡してもまた別のところで活動を再開すればいいじゃないか」


 いつになくしおらしい様子の鏡野にどこか苛立ちに似た感情を胸の奥に感じながら、僕は彼女に言う。

 変だな、なぜ僕は今少し熱くなっているんだ?


 別にこの部活には無理やり来させられているだけであって、僕自身が望んで加入したわけでもない。

 ましてや彼女に苛立つ理由も動機も、僕にはまるでないはずなのに────。


 鏡野は顔を上げて少し意外そうな表情を浮かべたのち、


「うん。勿論、その手もある。この通知書に書かれている指示の内容は要約すれば『旧生徒会室を明け渡せ』だ。私たちが再度集まることを禁じてもいないし、そもそもいくら柊ヶ丘生徒会と言えども生徒の集会を禁止するほどの強権的なお触れを出すことは不可能だ。でも」


「でも?」


「私たち暫定生徒会はおそらく、現生徒会に目をつけられた。これが意味することが君にはわかるかい? 塩江君」


「意味すること? ただ目をつけられただけだろ。別にそれ以外何も……」


「『ただ』では済まされないよ、塩江君。君も知っているかもしれないが、この柊ヶ丘において生徒会の権威というものは異常なまでに大きい。それこそなんの正当性もない部活なんかいくらでも潰せてしまう。それほどの権力を持った集団に目をつけられてしまったんだ」


 僕は鏡野の言っていることがなんとなく理解できつつあった。

 この柊ヶ丘高校において、絶対の力を持つ生徒会。

 その生徒会にマークされるということは、それすなわち────。


「この旧校舎には私たち以外にも多くの部活や同好会が非公認のまま教室を占拠して活動している。にも関わらず、今回おそらく退去命令が出ているのは我々のみだ」


「僕たちに目をつけたんじゃなくて、この旧生徒会室に用があるんじゃないか? 何かの行事やイベントで使うつもりとか」


「可能性がないわけじゃない。が、既に私が随分と好き勝手使って改造してきたこの教室を彼らが欲しがっている線は……薄い」


「ということは」


「我々暫定生徒会は、おそらく現生徒会に目をつけられた。そして現生徒会に目の敵にされてしまったということは、もしまた別の場所を占拠して活動を再開したとしても────いずれはまた生徒会サイドから干渉を受けることになる、かもしれない」


「……そんな」


 三度、旧生徒会室に沈黙が満ちる。


 いつも賑やかな教室に立ち込めた重々しい雰囲気は耐え難く、僕は咄嗟に口を開いた。


「何か……何でもいい、何かしらの方法はないのか? 暫定生徒会の解散を防ぐ術は」


「……」


 鏡野は何も答えない。ただきゅっと口を結び、キャスケットを大事そうに抱えているだけだ。


「……残念だが、私一人では手の打ちようがない。どうしようもないんだ」


「鏡野……」


 彼女らしからぬ表情。彼女らしからぬ態度。

 おい、いつものはどうしたんだよ鏡野。お前はそんなキャラじゃないだろう。


 もっと明るくて騒がしくて、鬱陶しいくらいにテンションの高い鏡野はどこに行ったんだよ。


 それでいいのか?

 お前にとって暫定生徒会とは、その程度の集まりなのか?


 自然と握りしめた拳に力が入る。


 ……いや、もうよそう。


 僕は何を熱くなっていたんだ。僕は別に、ここの正式なメンバーじゃない。


 霧島姉妹みたいに入部届を出したわけでもないし、ただ鏡野に脅されているからここに通っているだけだ。


 鏡野にこんな想いを抱く必要はない。もう気持ちを切り替えよう。


「ああ、そういえば鏡野。お前さっき、神戸さんに理事長のご令嬢って言われてたよな? あれは一体どういう……」


「へあッ!?」


「おい、変な声出てんぞ」


「い、いいいや、な、何を言っているのかさっぱりわ、わからないな塩江君。君の聞き間違いじゃないかい? そんなこと私は一度も」


「嘘が下手だったんだな、お前……」


「先輩の聞き間違いではありません、私も聞きました」


「副会長の聞き間違いではありません、わたしも聞きました」


「香織君たちまで!?」


「……」


 全員の視線が鏡野に一極集中する。

 鏡野はしばし目を泳がせて口を尖らせていた(もしかして口笛のつもり?)が、僕たちの視線からは逃れられないと悟ると、


「……はぁ、わかった。わかったよ降参だ。どうぞ、煮るなり焼くなり泣かせてひん剥いて恥辱の限りを尽くすなり好きにしてくれ」


 と、両手を挙げた。


「それは霧島姉妹の台詞だろ」


「おっと、バレてしまったかな?」


「そうではなく話の続きを、暫定会長」


「そうではなく話の続きを、鏡野先輩」


「……これもダメか。わかった、じゃあいいかい? 少しだけ────私の話をしても」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る