達成度28:一難去ってまた一難
「────三日以内の立ち退きを指示します」
眼鏡の奥に鋭い瞳を光らせた少女が、そう言って鏡野に一枚の紙を突きつけた。
ここは旧校舎三階、その最奥に位置する旧生徒会室。
眼鏡の少女は旧生徒会室の入り口の扉に立ち、毅然とした態度で眼前のキャスケットを被った少女を睨めつけていた。
彼女が突きつけた「退去命令」と仰々しい四文字が書かれた紙に僕らは目を丸くする。
「……へ?」
キャスケットを被った少女────鏡野柚葉の手からこぼれ落ちたトランプケースが床に落下し、カンと甲高い音を立てて真っ二つに割れてしまう。
しかし鏡野が落としたトランプケースを拾い上げるものは誰一人いなかった。
否、誰もそんなことを気にしていなかった。気にすることができなかったのだ。
なぜならば、トランプケースなんかよりもずっと重要な事があったから。
つい先ほどまで騒がしかった旧生徒会室には今やしんと重い静寂が立ち込めている。
「……今、なんと?」
鏡野は口を半開きにしたまま唖然とした表情で聞き返す。
「聞こえませんでしたか? あなた方に、今日から三日以内の立ち退きを指示します。これは柊ヶ丘生徒会からの指示であり、決定事項です」
くいっと眼鏡をかけ直した少女はそう言って、鏡野にもう一度紙を突きつける。
一切のズレなく均等に切り揃えられた前髪に、乱れなく着こなされた校則遵守の制服。
眼鏡の向こう側には確かな理性と意思を感じさせる鋭い瞳。
僕はこの人を知っている、ような気がする。
僕の記憶が正しければ、たしか彼女は────。
「な……ッ! そんなの、納得できるか!」
「鏡野さん。あなたは確か、一人でこう名乗っていましたね。たしか……暫定生徒会、とか。であれば────」
彼女はまたもや眼鏡をかけ直し、やや間を置いてから告げた。
暫定生徒会にとっての、実質的な死刑宣告を。
「────であれば、大変残念ながら今週をもって、暫定生徒会は解散ということになります」
拝啓、西条さん。
お元気ですか? あなたがなぜか僕をこの部活に誘導し、鏡野柚葉とかいう謎の少女と出会わされてから早一ヶ月が経ちました。
結局あなたが何を考えていたのか、また今も何を考えているのか、僕にはわかりません。
ただし一つ、残念なご報告があります。
僕ら暫定生徒会は紆余曲折の末、新メンバーを迎えて早々────未曾有の解散の危機に陥っています。
一体どうしてこうなってしまったのでしょうか。
話は今から、ほんの数分前に遡ります。
★
「こんにちは、先輩。今日もビリですね、と私は思いました」
「こんにちは、先輩。今日も遅かったですねとわたしも思いました」
「うるせーよ。お前らが早すぎんだ、お前らが」
僕が旧生徒会室に入るや否や、全く同じ声音の二つの声が僕を出迎えた。
霧島香織と霧島伊織。
この双子はつい最近いろいろあって僕ら暫定生徒会に新たな「書記」として加入した、らしい。
もっとも二人のうちどちらかは「書記」を取りまとめる「書記長」なる上役らしいが、現状どっちが書記長なのかというと未だに揉めていて決まっていないらしい。
決めようとすると双子に喧嘩になるため、答えは結局棚上げされている。
つまり現在この暫定生徒会は「書記長」が存在するのに存在していない状態に陥っているのである。
名付けて書記長問題である。そのままだな!
「まぁ、僕としては引くほどどうでもいいことなんだがな」
と、僕が内心で一人ボケ一人突っ込み(悲しくなるがぼっちは皆やっていると思う)を繰り広げていると、部屋の奥に置かれた巨大な椅子がくるりと回転する。
鏡野柚葉は今日も革張りの上等な椅子を独り占めにしていた。
「いやいや、香織君たちの言う通りだよ塩江君。以前から言っているが、君はここに来るのが遅すぎる。一体どこで道草を食っているんだい? 私たち以外に知り合いもいなさそうなのに」
「最後の一言は余計だ!? 教室から旧校舎までが遠いんだよ。ていうか鏡野お前、僕の学園生活知ってんのかよ。僕のこと勝手にぼっち認定するなよ」
「では、私たち以外に友達がいると?」
「……そら、いるよ。いるに決まってんだろ。お前僕のことなんだと思ってんだ」
「ほう、ならそのお友達の名前でも聞かせてもらおうじゃないか。名字は?」
「あ────」
「東間君以外で」
「あ……アンパン……」
「つまり、愛と勇気以外に友達はいないという解釈で構わないかな?」
「……」
「ふっ」
「その勝ち誇ったような笑みやめて!? 腹立つから!! あと悲しくなるから!!」
「先輩、大丈夫ですよ。わたしがいますから、ここに」
「お前も憐れむように優しく肩に手を置いてくるな!? 優しさは時として罵声よりも人を傷つけるんだぞ!?」
「そんなことを言ったら君のお友達が悲しむぞ。自分の顔をお腹を空かせたカバやゾウに分け与えるくらいの優しさとあんこの塊なんだからな」
「もうアンパンはいいよ! 悪かったよ僕が!!」
天使のような慈愛に笑みを浮かべてそっと肩に手を置いてくる伊織を相手しつつ、僕は少しばかり鏡野に反撃に出てみることにした。
「じ、じゃあ鏡野。お前にはいるのか? 同じクラスに友達が」
「……」
ずーん。
鏡野は途端に引きつった笑みを浮かべたまま、凍りついたように黙り込んでしまった。
頭のキャスケットがそよ風に流されてはらりと落っこちる。
旧生徒会室は一瞬でお通夜の会場と化した。
窓の外から入ってくる鳥の声がだんだんお経のように聞こえてくる。
「ふふっ……ははっ……そうだな……トモダチか」
鏡野の口から乾いた笑いがこぼれる。だが目も口も何もかも笑っていなかった。
ずーん。
多分僕が思うに、地獄とはこういう世界のことを言うのだろう。
目の前で誰かが警察に連れて行かれた後みたいな、地獄の如き負のオーラが蔓延している。
あ、これ触れちゃダメだった? ダメなやつでしたかこれ。
「あー、先輩が暫定会長を泣かせようとしています。かわいそうです」
「あー、先輩が暫定会長を泣かせようとしています。ひどいです」
「ともだち……ともだち……」
僕を指さしてわーわー騒ぎ始める霧島姉妹(だが顔は相変わらずの無表情)と、壊れたロボットみたいに俯いて呪詛のようにぶつぶつ何か言う鏡野。
「うわ、ちょっと待て!? わかった、僕が悪かった!! わかったからこの話はもうやめにしよう、な!? この場にいる誰も幸せにならない話題だから!!」
慌てて話題を打ち切るよう提案すると、その場にいる全員がこくんと深く頷く。
これは今後暫定生徒会内において口にしてはならないタブー、禁忌の話題となりそうだ……。
と、その時。
コンコン、と扉が軽くノックされた。
「ん? お客さんか?」
こんなタイミングで────いや、むしろよくぞこのタイミングで来てくれた。
旧生徒会室に立ち込める瘴気のような陰のオーラを浄化したいところだったのだ。
しかし……一体誰だろうか?
僕らは互いに顔を見合わせる。“誰かの知り合いか?”という確認だが、どうやら誰も心当たりはないらしい。
次に“誰が出る?”という確認の意思を込めて再度見合わせると、
「私が出るよ」
と、立ち上がった鏡野が向かい、扉を開いた。
扉の向こう側に立っていたのは、一人の女子生徒だった。
整えられた前髪にきちっと着こなされた制服。一番の特徴である眼鏡の奥にはきりっと釣り上がった理知的な瞳があった。
総じて彼女からは真面目そうな印象を受ける。
良く言えば賢そうな、悪く言えば堅物そうな顔。
彼女は立ち尽くす鏡野に、いきなり紙を突きつけて第一声で言った。
「────三日以内の立ち退きを指示します」
そして、冒頭に戻るというわけである。
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