達成度27:さっさと撫でてください、先輩

「こんにちは、先輩。今日も今日とてゾンビのようですね────と、私は思いました」


「こんにちは、先輩。今日も今日とてブタのようですね────と、わたしも思いました」


「……」


 僕は迷わずドアを閉めた。


 バタンと音を立てて閉じられた扉の向こう側からは声一つ聞こえてこない。

 なんだ、やっぱり見間違いだったのか? うんうんそうだ、そうに決まっている。だって、そうでもなければおかしいじゃないか。


 なんで────なんでこの旧生徒会室に彼女らがいるんだ。


 彼女らの『お悩み』は既に解決したはずだ。『お悩み』が消滅した以上、あの二人がここに来る理由はもうない。


 うん、やっぱり気の所為だな!

 僕は一人で納得すると同時にもう一度扉を開く。


「こんにちは、先輩。なぜ一度ドアを閉めたのですか? ここが女子更衣室だと思いましたか? 大丈夫です、ここは暫定生徒会です」


「こんにちは、先輩。なぜ先程ドアを閉めたのですか? ここが女子寮だと思いましたか? 安心してください、ここは暫定生徒会です」


「……」


 やはり幻覚などではなく、やはり彼女らはそこにいた。


 小柄で華奢、おさげとツインテールの中間のような二つ結びにした髪。

 やや眠たげに開かれた瞳。まつ毛は長く目鼻立ちは精巧な人形のように整っており、まるで物語の世界からそのまま飛び出してきたかのような妖精の如き雰囲気────を放つ少女がそっくり二人。


 姉の霧島香織と、妹の霧島伊織。


 そんな双子は今、旧生徒会室の脇に置かれたソファに仲良く並んで座り僕を見ていた。


「……お前ら、なんでここにいるんだ? ていうかそんなソファ今まであったっけ?」


 薄い緑色のソファは部屋の脇、本棚の手前にどすんと置かれその異様な存在感を放っていた。僕が初めてここに来た頃、こんなソファは置いていなかったはずだが────、


「ああ、それかい? 隣の空き教室にちょうどいいモノがあったのでね。どうせ誰も使わないだろうから、香織君たちと協力してさっき運び込んできた」


 と、突然声が僕に投げかけられる。そちらの方を向くとそこにはいつもの上等な椅子の上で足組みをするキャスケットを被った少女────鏡野柚葉がいた。

 僕は可能な限り苦々しい表情を浮かべて彼女に向ける。


「いいのか、それは……」


「モノは人に使われるためにこの世に生み出されたのさ。存在意義を与えて使ってやらなければ可哀想だろう?」


 まぁ、この旧生徒会室にあるものの大半はこの鏡野とかいう謎めいたレジスタンス少女が旧校舎中から調達してきているらしいし今さらだろうか……とソファに目をやる。


 すると僕の視線に気づいたらしい双子は顔を見合わせ、ずずっと詰めて人一人が座れるくらいのスペースを空けた。


「先輩も座りますか? どうぞ」


「いや、いいよ」


 正直言うとそのソファの座り心地には興味を惹かれなくもないのだが、さすがに後輩と至近距離では座れない。ドキドキするから。


 僕は自分用のパイプ椅子を開き、適当に腰掛ける。


「……」


 双子は再び顔を見合わせた。


「なるほど、そういうことですか。先輩も贅沢な人ですね────どうぞ」


「なんで真ん中を空けた!?」


「わたしたちの間に挟まりたい、ということでは?」


「違うよ!? 違うからうっすら微笑みながら手招きするのやめて!? 誰かに見られたら誤解されそうだから!!」


「両手に花とはお見逸れしました。先輩も積極的ですね」


「花は花でも棘だらけの薔薇だよ……」


 ていうかこいつら、なんか距離近くない? 二人揃ったからテンションが高いだけなのか?


「ていうか最初の質問に答えてもらってないぞ。ほんでお前らはなんでここにいるんだよ」


「それは……謝りに来たんです」


「謝りに? ああ……そういうことか」


 一週間前に端を発する、霧島伊織と名乗る少女の入部届をめぐる謎の奇行。


 結局それは、姉妹喧嘩をした双子の姉がなりすまして妹と一日ごとに入れ替わっていたのだが────僕ら暫定生徒会を大いに混乱させてしまったということで、つい昨日仲直りした二人は改めて謝罪すると言っていたっけ。


「お二人には本当にご迷惑をおかけしてしまいました。暫定会長には先程改めて謝らせていただいたのですが」


「気にするな香織君。終わり良ければ全て良し、だ」


「と、許していただけました。なので────」


 二人はすっくと立ち上がり、僕の元へと歩いてくる。

 そして同時に、


「「────先輩、すみませんでした」」


 と、頭を下げた。

 まるでシンクロしているように一糸乱れぬ霧島姉妹の謝罪に僕はふっと笑みを浮かべる。


「まぁ、気にすんな。仲直りできたならよかったよ。これに懲りたら姉妹喧嘩はほどほどにしとけよ」


「はい、気をつけます。これからは暫定生徒会の一員として誠心誠意頑張ります」


 ん? 


「すまん、今なんて言った?」


「「はい、気をつけます。これからは暫定生徒会の一員として誠心誠意頑張ります」」


 なんか増えたぞ、おい。


「さらっと加入してる……」


 いつの間に入部したんだこいつらは。ふと鏡野を見ると、彼女は苦笑しながら二枚の白い封筒────入部届を見せてきた。


「今度は破らないそうだ」


「はぁ……ま、いいか」


「なので先輩、これからどうぞ末永くよろしくお願いします」


 末永く?


「私も書記長として頑張ります」


「ちょっと待ってください、香織」


「なんですか? 伊織」


「香織が書記長なんですか?」


「そうですが」


「納得できないです。わたしも書記長がいいです」


 ……ん? なんか雲行きが怪しくなってきたぞ?


「だめです。私が書記長です。ここは譲れません」


「いやです。わたしが書記長がいいです。ここは譲れません」


「「む……!」」


 相変わらずの無表情のまま、視線をぶつけてバチバチと火花を散らし始めた霧島姉妹。

 な、何これ……。


 すると二人は急に僕の方を向いた。


「では、ここは中立的立場の塩江先輩に決めてもらいましょう」


「そうですね、決着をつけましょう。果たしてどちらが暫定生徒会の書記長に相応しいのか」


「え、僕!?」


 いきなり話を振られて困惑する。


「先輩はどっちの方が書記長に相応しいと思いますか?」


「当然わたしですよね、先輩」


「いいえもちろん私ですよね、先輩」


「え、えーと」


 二人はぐいぐい接近してくる。交互に入れ替わりながら近づいてくるせいで、一体どっちがどっちだかわからなくなってしまった。


「先輩」


「先輩」


 あ、圧が……!! 圧がすごい……!!


「さぁ、決めてください。どっちが書記長に相応しいのか、先輩が」


「え、ええええ……!?」


「「先輩!」」


 二人はぐいっと顔を突き出して一方を選ぶように迫る。ち、近い!! 近いって!!


「え、えーと……まず、お前らどっちがどっちなんだ?」


「「……」」


 みるみるうちに、ハムスターの如く無言でむーっと膨らんでいく二人の頬。


「「もう、いいです」」


「ちょっ、ごめんって! 待って、教えてくれ! どっちが香織でどっちが伊織なんだ!? わかった、こっちが伊織だな!?」


「ぶぶー、香織です」


「見損ないました、先輩。わたしは悲しい気持ちになったので、お詫びにわたしを褒めて跪いてください」


「なぜそこで服従を要求するんだ!? も、もう一回! もう一回チャンスをくれ! 頼む!」


「だめです」


「そんなご無体な!?」


「いいから頭を撫でてください」


「さっきと要求変わってないか!? なんで!?」


「ははは、随分と後輩に懐かれてるじゃないか塩江君」


「鏡野!? ちょっ、助けてくれ!!」


「私は会長だからね、メンバー同士の諍いには中立を保たなければならない。そういうわけで、ま、頑張ってくれ」


「なッ!? か、鏡野貴様……!!」


「早く撫でてください、先輩」


「早く遊んでください、先輩」


「なんか増えてない!? ちょ、ぐいぐい来るな! 待って、ちょっ……!! うわあああああああああ!?」


 兎にも角にもこうして、暫定生徒会には晴れて新メンバーが加入した。


 霧島香織に、霧島伊織。

 僕と鏡野だけしかいなかった旧生徒会室は────こうして少しだけ、騒がしくなったのだった。

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