達成度23:謎の後輩Kの正体
「霧島────お前は本当に、霧島伊織なのか?」
「────」
その時わずかに。ほんのわずかにはあるが、彼女の瞳が見開かれたように、僕には思えた。
「塩江君? それはどういう意味なんだ、藪から棒に」
「……何を仰っているのか、質問の意図がわかりかねます────と、私は思いました。私はたしかに霧島伊織ですが。何故突然そのようなことを?」
かくん、と小首を傾げて霧島は言う。
その表情は以前凍りついたような無表情であったが、突然妙なことを言い出した先輩がまるで理解できないといった様子だ。
「いや、悪い。なんというか、今までずっと違和感があって……えっと、お前はたしか一年生だったよな」
「はい、そうですが何か?」
一年生。僕はふと、霧島がこの旧生徒会室を訪ねてきたときの会話のワンシーンを回想していた。
『ああ、別にいいけど……ん? 先輩ってことはやっぱり、君は一年生なのか?』
『はい、その通りです塩江先輩。私は霧島伊織、一年生で身長は156cm、体重は秘密、趣味はカヌーと動画サイトでプレス機が色んな物を潰す動画を観ること、特技は暗記と早食い、朝食は────』
「……っ!」
その時僕に電流が走った。そうか、そういうことなら……!
「霧島!」
「なんですか? すみませんが、忙しいので用が無いなら私は失礼して……」
「身長と体重を教えてくれ!」
「……」
あ、あれ?
旧生徒会室に重い沈黙が流れる。もしかして、聞き方間違えちゃった?
「はい? 嫌ですが」
「おい塩江君、さすがにそれは……」
「違う!間違えたすまん!この質問はアレだった!!」
勢いに任せて発してしまったが、よく考えたらめちゃくちゃアウトな質問だった。
気づけば二人がゴミを見るような目で僕を見ている。霧島はともかく、普段は明るく奔放な鏡野までが今は冷ややかなジト目を浮かべてこっちを見ていた。
ごめんて! そんな目で見ないで! 泣いちゃうから!
「なるほど。先輩の聞きたいことはわかりました。ではお教えしましょう────獄中で」
「やめて!? 天使のような笑顔でどこかに電話をかけようとしないで!? 今のは事故だから! 本当に聞きたいのは別のことだから! 頼む待ってお願い!!」
微笑みながらスッと携帯を取り出した霧島をあわてて静止した後。僕はごほんと咳払いし、場を仕切り直す。
「霧島。唐突に聞くがお前は朝はごはん派か? パン派か?」
「はい? これまた本当に唐突な質問ですね」
霧島は眉を潜めると、怪訝そうな表情を浮かべる。
「そんなに深く考えなくていいよ。ありのままを答えてくれ」
「ますます怪しいですね……まぁ、そういうことなら────朝は断然ご飯派ですが、なにか」
「へぇ。ならやっぱりお前は霧島伊織じゃないな」
「……」
少し鏡野を意識して、不敵な笑みを浮かべた僕を霧島がわずかに目を細めて見つめてくる。
その瞳にどんな感情が込められているのかはわからない。
だが、霧島が何らかの思案に浸っていることは確かだった。
「彼女が霧島伊織ではないと? 随分と面白いことを言うじゃないか塩江君、その根拠は?」
「ああ。鏡野、霧島が初めてこの教室に来た日のことを覚えてるか?」
そうして再び、初日のことを思い返す。最初の自己紹介の時、彼女は何と語っていたか。
『私は霧島伊織、一年生で身長は156cm、体重は秘密、趣味はカヌーと動画サイトでプレス機が色んな物を潰す動画を観ること、特技は暗記と早食い、朝食は────』
『────パン派です』
「僕が知っている霧島は、朝はパン派かだと答えていたぞ。少なくとも断然ごはん派だとは一言も言っていなかった」
「ああ! そういえば確かにそんなことを言っていたような気がするな」
明るい表情に戻った鏡野がぽんと手を打つ。
「……それは」
霧島はますます目を細めて、後ろに一歩下がってから続けた。
「それは、たまたまその日はパンが食べたい気分だったというだけの話です。私は普段はごはん派なんです」
「なら、お前の特技を教えてくれ」
顎に手をやり考え込む仕草を見せる霧島。
「特技は……筆記と、大食いです」
「そうか。霧島は初日、特技は暗記と早食いだと僕に教えてくれたぞ。読みが外れてボロが出たな」
「……っ、あのバカ……!」
霧島が両手をギュッと握りしめて何かを呟いた。が、何を言っていたかまではよく聞き取れなかった。彼女はもう一歩後ろに下がり、わずかに歪めた瞳で僕を見上げる。
万事休す。彼女が何者なのかは未だ不明だが、彼女が霧島伊織ではないことは────少なくとも、初日僕らと顔合わせをした霧島伊織と同一人物ではないだろうことは、もはや明らかだった。
「答えてくれ、霧島。お前は本当に────『あの』霧島伊織なのか?」
「……」
僕は椅子に座り、彼女と目線を同じくして問いかける。
彼女はしばし狼狽えたように視線を彷徨わせていたが、やがて根負けしたようでゆっくりと口を開いた。そして両手を広げて目を閉じる。
「……はぁ、わかりました降参です。私の負けです。どうぞ、煮るなり焼くなり泣かせてひん剥いて吊るしあげて恥辱の限りを尽くすなり、お好きにしてください」
「いや、別に泣かせてひん剥いて吊るしあげて恥辱の限りを尽くすつもりはないけどさ……ていうかそんな趣味もないけどさ……」
「嘘です。今も紳士のフリをして、頭の中はきっと私に破廉恥なことをすることでいっぱいなはずです」
「お前は一体僕をなんだと思ってるんだ!」
「男は全員豚なので、あなたはさしずめ飢えに飢えた美味しくなさそうな豚といったところでしょうか」
「せめて狼とかにしてくれ! あとやっぱりお前霧島じゃないだろ! 霧島は僕のことゾンビって言ってたぞ!」
「そうですか、案外的確な表現ですね────と、私は思いました」
「お前……」
いっそ噛み付いてやろうか。もう一人の霧島共々。
「ともかく私の負けです、暫定生徒会さん。今までご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありませんでした」
そう言って居住まいを正した霧島は、僕たちに向かって深く頭を下げる。
「急に謝られても……その前に、ちゃんと説明してくれ。君たちは、まず君は誰で何者なんだ? 霧島伊織ではないんだろ?」
そう聞くと霧島(?)はきょとん、とした後に首をふるふる横に振る。
「いえ、私が霧島伊織であることは本当です。むしろ私が本物の霧島伊織といいますか」
「本物? ってことは、僕が知ってる初日にここに来た霧島は偽物ってことか?」
「偽物……まぁ、そんなところですね。半分不正解で半分正解です」
偽物ってどういうことなんだ。
「改めて自己紹介と、それから謝罪をさせてください暫定生徒会さん。私は霧島伊織といいます。今回は私達姉妹────特にこの場にいない姉の霧島香織が、お二人にご迷惑おかけしました」
再び霧島────本物の霧島伊織が、僕たちに向かってそう頭を下げた。
「姉妹……?」
僕と鏡野は互いに顔を見合わせる。
「ええと、つまり霧島君は二人……姉と妹の姉妹だったと?」
「はい、その通りです部長。私達は双子の姉妹です。ご覧になればわかるかと思いますが、姉と私は瓜二つ。そっくりで、同じ制服を着ているともはや両親以外は全く判別ができません」
「君は伊織、だったよな」
「はい。姉が霧島香織、妹の私が霧島伊織。名前まで似ているので大変紛らわしいのです」
自分で言うのか……。
「訳あって私は姉と一日おきに入れ代わり立ち代わり、入部届を提出しては破り捨てるという応酬をしていました。姉が私になりすまして入部届を提出して、それを翌日に私が破る。ここ数日はこの繰り返しでした」
「今いる君……伊織は妹で、入部届を破り捨てたから、繰り返しだと明日入部届を提出しに来る方が姉の香織ってわけか」
「その通りです」
「ってことは僕にやたら絡んできたのは全部姉の霧島香織のほうなのか……」
「私は特にあなたと絡んだ記憶がなければあなたの名前すら存じ上げないので、おそらくその通りです。ですが、前に一度だけお会いしましたね」
「前に? あー、もしかしてあの時の」
彼女の言葉を元に記憶を辿ると、一件だけそれらしき記憶があるかもしれない。
「昼休みに旧校舎の掲示板で図書新聞を見てた霧島……アレは妹の君の方だったのか」
以前、図書新聞を食い入るように見つめていた霧島。僕が声をかけると驚いたような反応を見せ、ろくに話もせずに慌てたようにその場から離れていった霧島は彼女だったのか。
言われてみればテンションがまるで違うもんな、と納得する。
「しかし、お前らはどうしてこんなことをしたんだ?双子で入部届を提出して、次の日にはそれを破り捨てて……一体何がしたかったんだよ」
そう、聞きたいのはそこなのだ。なぜこの二人はこのようなことをしたのか。
僕が問いかけると霧島(妹)────ややこしいのでこれからは伊織と呼称するが────伊織は少し気まずそうな表情でうつむいた。
「それについてはまだ終わっていない、といいますか。私ではなく、姉の香織がやろうとしていることなのですが」
「終わっていない、とはどういうことかな?」
「香織は私になりすまし、今日までずっと私に無断で暫定生徒会に入部届を提出してきました。────香織は、私をこの暫定生徒会に入れようとしているのです」
「姉が、君を?」
「はい。それも、嫌がらせ目的でです」
「どうしてそんなことを……」
言いよどむ鏡野を見て、伊織が僕らに頭を下げる。
今までで最も深く、そして長く。
「ええと、そこのあなた」
「え? 僕?」
「はい、そうです。お名前はなんと?」
「塩江だけど……」
「では塩江先輩にお聞きしますが、この暫定生徒会という部活? は、生徒の悩みや依頼を聞いてくれる部活であるとポスターに書いてありました。それは本当なのでしょうか」
「え、そんなこと書いてあったの? うーん、それは」
「ああ、本当だとも」
鏡野お前、お悩みはまだしも依頼募集中とかまで書いてたのか。
「では、お願いです。こんなことを頼める立場ではないのは、百も承知です。ですが……」
伊織はそこで僕らの目を見て続ける。
「ですが────ですがどうか、姉の香織を止めていただけないでしょうか?」
今日、僕ら暫定生徒会に二件目のお悩みもとい依頼が舞い込んできた。
双子の妹から寄せられたその依頼の内容は至ってシンプル。
自分を勝手に暫定生徒会に入部させようとしてくる姉を止めてくれ、というものである。
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