達成度20:第二回★暫定生徒会緊急ミーティング

「……一体全体どういう訳なんだ、彼女は……」


「わからん、全くわからん」


 たった今とある新メンバーが入部届を盛大に破り捨てた後の旧生徒会室で、鏡野柚葉はこめかみに手を当ててため息混じりにつぶやく。


 現在僕ら暫定生徒会では臨時の緊急ミーティングが開かれていた。


 議題はもちろん、ビリビリに破り捨てられた入部届────そして、そんなあまりにも大胆な行動に出た謎の新メンバーこと霧島伊織についてである。

 霧島の入部宣言から一夜開けた今日、彼女は突如として入部の意思を翻し、自ら書いたであろう入部届を僕らの目の前で破り捨てるという奇行に出た。


 彼女は一体何を考えているというのか。

 その暴挙とも言える突然の行動に、僕ら暫定生徒会は大いに混乱していた。


「昨日入部して今日退部とは、はぁ……どういうつもりなんだ? 入部届を破り捨ててまで明らかな退部の意思を表明したが、だったらなぜ彼女はここに入ってきたんだ? さすがの私にもわからない……君はどうだ? 塩江君」


「いや、僕にもわからん。あいつと会ったのは昨日が初めてだし。お前もそうなんだろ?」


「ああ、彼女との面識は今まで一度たりともなかったよ。だから……わからないんだ。彼女がどういう人間なのか。何を考えているのかも、な」


 彼女は頬杖を付き、再び額に手を当てて苦々しい顔で呟く。


 僕はてっきり、こういう時鏡野なら『────なんだあの女は!? 我々暫定生徒会を馬鹿にしているのか!? いいやそうだ舐め腐っているに違いない絶対にそうだ!! こうしちゃいられない、殴り込みに行くぞ塩江君!!』みたいなテンションになって烈火の如く怒り狂いパイプ椅子をぶん回し始めるものかと思っていた。


 だが実際の鏡野はこの前代未聞の事態を前にただただ困惑しており、思っていたより理性的────と言えば怒られてしまうだろうが、意外にも真っ当なリアクションをしていた。


「うう~~……せっかく新メンバーが入ってくれたと思ったのに~~……」


 鏡野は机に突っ伏し、肩を落としながらそうこぼす。どうやらかなりショックを受けているらしい。

 まぁ、そうだよな。今まで自分一人しかいなかった部活(生徒会)に、新しいメンバーが入ってきたら鏡野でなくとも舞い上がって当然だろう。


 僕は柄にも無くいたたまれない気分になる。さすがにかわいそうな気がしてきた。


「なんだよ~~……結局来ないのかよ~~……はぁ、うう~~……」


 ていうか鏡野さんちょっとキャラ崩れかけてません? 見ていられなくなった僕は思わず声をかける。


「まぁ、なんだ。あんま気に病むなよ。出会いがあれば別れもあるさ。また新しいメンバーが来るまで待てば……」


「三つ」


「は?」


 突っ伏した姿勢のまま、突如鏡野が僕に向かって三本指を立てて見せてくる。


「彼女はなぜ、たった一日で入部の意思を翻して入部届を破り捨てたのか。現状、彼女────霧島君について、考えられる可能性は三つだ。塩江君、答えてみろ」

「え? 僕?」


 突然話を振られて困惑する。


「全問正解の暁には暫定生徒会限定クリアファイルを贈呈するぞ」


「いらねぇ……めちゃくちゃいらねぇ……驚愕に値するほどいらねぇ」


 なんだよ暫定生徒会限定クリアファイルって。アニメ映画の劇場前売り特典かよ。どこで作ったんだよそんなもん。


「それはともかくとして、えっと、霧島について考えられる可能性?」


 うーん……。


「一つ目、ただの冷やかし。いたずらか罰ゲームか何かで、初めから抜けるつもりで暫定生徒会に加入した。二つ目、やむを得ぬ何かしらの事情があった。三つ目は……なんだ?わからんぞ」


「よしよし、そこまで答えられれば上出来だな。だが惜しくも限定クリアファイルはおあずけだ。残念だったな、また挑戦してくれ」


 何、この謎クイズ次回があんの? もういいよめんどくさいから。


「だからそれはいらねぇよ。いいから三つ目を教えてくれ、三つ目を」


「答え合わせだな。三つ目の可能性、それはそう────彼女が現生徒会のスパイ、または工作員であるということだ。暫定生徒会に潜入し、内部から組織を破壊するという任務を与えられた、な!」


「……」


「ん? 思ったより反応が薄いな。個人的には最も核心に迫った見解だと思うのだが」


「……前から気になってたんだが、現生徒会はそもそも暫定生徒会のことを認知してるのか?」

「それは勿論のことだよ。だからこそ、あの女……西条はここに君を寄越したのだろう。アレが何を考えているのかは全く底知れないが、だからこそあり得る話だ。ヤツならスパイの一人や二人送ってきてもおかしくない」


「いや、スパイはないだろ」


「なぜそう言い切れる!? 論拠はあるのか!?」


「仮に霧島がそうだとして、こんな突拍子もない奇行に走る意味があるのか? スパイなら暫定生徒会に波風立てず溶け込まないといけないのに、こんなことをしたらかえって目立って怪しまれる。自分の首を絞めることにしかならなくないか?」


「それは……たしかに一理ある。だが、こうしてあえて心理的な衝撃を与えることで組織を混乱させ、分断を図っている線も」


「そもそもうちの生徒会────現生徒会は、自由な学生自治を重んじる柊ヶ丘の校風のおかげで、普通の高校の生徒会を遥かに超えるような相当に強い権限を持ってるんだったよな」


「あ、ああ、その通りだ」


「なら、そんな回りくどい内部工作をやる必要があるのか? 生徒会の権限があれば部活どころか同好会としてすら認可されてない暫定生徒会を旧生徒会室から強制的に立ち退かせて追放することだってできるし、解散を命じることだってできるはずだ。僕たち……というかお前は、旧生徒会室を不法占拠してるわけだし。理由はそれで十分だろ」


「それは……可能だ。だが奴らは狡猾だ、きっと二度と我々が再結成できないように、内部から徹底的に分断工作を」


「でも、霧島はもう入部届を破り捨てて退部しちゃったぞ?」


「うーむ……」


 腕を組み、低く唸る鏡野。


「わかった、とにかく彼女については保留としよう。もうしばらく様子を見る。旧生徒会室を訪ねてきたらその時はまぁ、来客としてもてなそう。本日の会議は以上! 今日はもう帰ってよし!」


 そうぱちんと手を合わせ、鏡野は今回のミーティングを一方的に終了させた。

 相変わらずの暴君っぷりである。

 だがまぁ、僕も別に異論はない。早く帰れるのなら大歓迎だ。


 そうしてこの日の活動はお開きとなったのだった。

 ★


 翌日の放課後。今日も今日とて足取り重く暫定生徒会へ向かっていると、廊下の向こう側から見覚えのある顔がやって来るのに気がついた。


 華奢な体つきに、眠たげな瞳。

 どことなく神秘的な雰囲気を纏った、不思議な少女。

 霧島伊織は廊下の反対側からこちらに歩いてきていた。


 やがて距離が近くなると、霧島はこちらに気づいたようでぺこりとお辞儀をする。


「こんにちは、先輩」


「……あ、ああ霧島。こんなところで会うなんて奇遇だな」


「はい、霧島です。先輩のかわいいかわいい後輩です。どうぞ跪いてください」


「なぜ屈従を要求するんだ!?」


「失礼しました、先輩はこういうのがお好きなのかと」


「会ってまだ三日目だぞ……お前は僕をなんだと思っているんだ」


「強いて言えばゾンビでしょうか」


「お前にとって僕は動く死体なのか? それほどまでに生気がないように見えるのか?」


「そんなに噛み付いてこないでください、私はまだゾンビになりたくないので」


「……」


「わー先輩が怖いです、と私は思いました」


 いっそのこと本当に噛み付いてやろうか、お前。


 というか、相変わらずだなこいつ。昨日僕らの目の前で退部したのに、まるで全くそのことを気にしていない……一切の気まずさを感じていないように見える。


 てか、むしろ昨日と比べて別人のようにテンションが高い……ような。気のせいだろうか?


「と、そんな軽快なフリートークで場を和ませたところでですね、先輩」


「お前のフリートークは場を和ませるどころか凍りつかせんだよ。相手が僕じゃなかったら怒られてんぞ」


「それはそうかもしれません。……だから私は友達がいないのでしょうか? それはともかくとして、ちょうど良かったです」


「ちょうど良かった? そりゃ何がだよ」


「私も向かうところでしたので」


「どこにさ」


「決まっているじゃありませんか。部室ですよ」


「部室?」


 こいつ、やっぱり別の部活に入っていたのか。

 そう思いながら聞き返すと、霧島はこくりと頷く。そして口元にうっすらと笑みを浮かべて続けた。


「はい。もちろん────暫定生徒会の部室に、です」


「……?」


 霧島伊織。


 突如として旧生徒会室に押しかけ、入部届を提出したその次の日に、あっさりと手のひらを翻して入部届を破り捨てた少女。


 彼女が一体何を考えているのか────僕には全く、理解できそうになかった。

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