達成度18:霧島伊織もやっぱり変人である。
ぱぁん、とけたたましい音とともに、思いっきし机に叩きつけられた白い封筒を見る。
よく見るとその白い封筒にはマーカーペンか何かで『入部届』と書かれていた。
「入部届です。どうぞこれからよろしくお願いします、暫定会長。それから塩江先輩」
「は?」
いやいやいや、この子は何を言っているのだろうか。正気か? 正気なのか?
「いやおま……っ、本気か!? さっきこの部活の概要聞いたよな、鏡野から!?」
「はい、たしかにご教授いただきました」
「だったらわかるだろ、ここはヤバいんだって! そもそも君、なんでこんな怪しい部活に入ろうとしてるんだよ! 入るにしたってもっとまともそうな部活はいくらでもあるだろう!?」
「はい、先輩の仰りたいことはわかります。ですが、残念ながら私は運動ができないのです。マラソンやバスケやテニスをしても、途中で転びます。転んで泣きそうになります。いえ、泣きます。それはもうわんわんと」
泣くのか……いや、今言いたいのはそうじゃなくて。
「だったら他の文化部がたくさんあるじゃないか!? ……いや待て、そもそもここは文化部なのか? とにかく! もっと他にまともで楽しい部活はいくらでもある! だから早まるな霧島! 安易な選択で未来を棒に振ると後で後悔するぞ!! マジで後悔するぞ!! 具体的には卒業する直前になってようやく時間を無駄にしたことに気がついて家のベッドの上で三日三晩悶え苦しむことになるぞ!?」
「やけに最後だけ熱の入った言い方だな。まるで実体験のようだ」
鏡野が肩をすくめながら茶化してくるが、僕はそんなことは気にも止めない。とにかく霧島を説得することに必死で頭が一杯だった。
だが霧島は相変わらずのクールフェイスで、僕の必死の説得にも顔色一つ変えはしない。
無表情で淡々と話を聞いていた。
「だから霧島────」
「塩江先輩」
そこで霧島は手を僕の目の前に突き出してきた。まるで僕を静止するように。落ち着け、となだめるように。そして、呆気に取られた表情の僕を覗き込むようにして口を開く。
「お話を聞いて、つまりここ暫定生徒会は現生徒会の打倒を掲げ、自分たちこそがこの学園を支配するに相応しい正当なる生徒会であるとの主張のもとにここ旧生徒会室を占領している集団である────と、私は理解しましたが。その認識で合っていますか?」
「あ、ああそうだ合ってるよ。完全に理解できてる。だから」
「わかりました。では入部させてください」
「なんで────!?」
ど、どういう事なんだ。一体この学校で何が起きているんだ。彼女は一体何者なんだ。
ハッ! 考えられる可能性は一つ。やはり。
僕は身を屈め、霧島だけに聞こえる声量でこそこそ囁く。
「……やっぱり君、鏡野に脅されてるのか? それともここに入部することを条件に、鏡野と何らかの取引を交わしたのか? もしそうなら瞬きを五回してくれ。微力ながら僕は君の力になりたい。未来ある若者を巻き込むわけにはいかないからな」
そして霧島の顔を見る。まるで妖精のような雰囲気を纏った、少々眠たげな瞳は一切閉じられることなく僕の顔をじーっと見つめていた。
そのまま三十秒ほどが経過。結果、瞬きはゼロ。
……嘘でしょ?
つまり彼女は今の話を全部聞いて完全に理解しきった上で、暫定生徒会がどういう団体なのかを知って、その上でなお自主的にここに入りたいと申し出ているわけなのか?
「素晴らしい、新たなメンバーの誕生だ! 塩江君、今日は記念日だぞ!!」
突然鏡野が机を叩いて立ち上がる。うぉっビックリした。
鏡野はそのままスタスタと霧島のほうへと歩いていき、その両手を握ってうんうんと頷く。
「霧島君、よくぞ今日この日ここへ来てくれた。歓迎しよう。君は今日から我々の一員だ!」
「やったー、と私は思いました」
霧島のレスポンスは棒読みだった。感情の起伏を一切感じさせない彼女の喋り方はずっと棒読みに聞こえるといえば聞こえるのだけれど、しかしその中でも群を抜いて今のは棒読みだった。
霧島は本当に嬉しいんだろうか。僕としてはあそこまで説明して説得しようとした上でそれでも入部の意思を表明されてしまえばもうさすがに止めるつもりはないけれど、気になって色々と邪推してしまいそうになる。
実はいじめられてて、暫定生徒会への加入を無理やり強いられている、とか。
実は暫定生徒会と真っ向から対立する(もっとも、彼らがここを真剣に敵視しているのかどうか知らないが)現生徒会から差し向けられたスパイなんじゃないか、とか。
そういうやむを得ない事情や目的が背後にあるのではないか────なんて、つい考えてしまう。
「そうだな、暫定生徒会のメンバーとなったからには早速君に希望の役職を与えようと思うのだが……すまない、今のところ生憎と空いている席は会計、書記、庶務、広報、監査、その他etcしかないのだ」
完全に選びたい放題じゃん。会長と副会長以外の全ての椅子が余ってんじゃん。役職のバーゲンセール状態じゃん。
「なるほど、そういうことなら私は書記を担当させていただきたいです」
「ほう、書記か。わかった、それでは只今をもって君を暫定生徒会の書記長に任命しよう。これからよろしく頼むよ、霧島書記長」
「はい、よろしくお願いします。不束者ですが、精一杯頑張ります────と、私は思いました」
そう握手を交わす霧島と鏡野。なんだか後世に残る歴史の一頁みたいな壮大な雰囲気を醸し出しているが、現状ただただ変な部活にただただ変な人が一人加わっただけである。
キリシマが仲間に加わった! テッテレー! やったね鏡野!
まぁ、霧島が何を考えているかはわからないけれど、今さらこんな生徒会を名乗る謎の部活に生徒一人加わったところでさして変わることはないだろう。こうなった以上僕としては霧島に鏡野の意識を引き付けてもらい、その隙を見つけてフェードアウトを狙っていこう。
話し相手が増えるのはうん、純粋に嬉しいしな。
と、一人考えに浸っていると。
「あと」
「ん?」
「先輩も、よろしくお願いします」
霧島は僕に向けて手を差し出していた。僕は一瞬その手を取っていいものかどうか迷ったが、すぐに決心すると霧島の手を握り握手を交わす。
「……ああ、よろしく」
霧島の手はふにふにとしていて柔らかく、そしてクールな表情からは想像できなかったが案外温かかった。
少し照れくさい。これまで年下から先輩と呼ばれることなんてなかったし、変な気持ちになって胸がドキドキする。
あれ? よく見るとなんというか、結構この子かわいいな。
これが後輩キャラって奴ですか? なるほど、たしかにそう呼ばれてなかなかどうして悪い気は起きない。むしろときめくぞ。
これはもしかして、もしかしてこの子が僕の青春の正規√のヒロインだったりするのか────!?
「先輩」
「ん? どうした霧島」
「先輩って友達いるんですか?」
「……まぁ、今はそんなにいないけど」
「今は、という台詞は現状を認めたくないぼっちが逃避のために付け加える言い訳である────と、私は思いました。つまり先輩はぼっちだということですね」
なんだこの子。めちゃくちゃ毒吐いてくるじゃん。毒属性のモンスターかよ。
「否定はしないが……」
「私もあまり友達がいないのでわかります」
悲しきモンスターだった。
「というわけで友達がいない先輩、これからよろしくお願いします」
「……うん、まぁ、よろしくな」
訂正。今さっきの僕の愚か極まりない考えを訂正します。
やっぱりこの暫定生徒会とかいう謎のレジスタンス組織に、僕の青春など微塵たりとも存在し得ない。
こんな青春は僕の正規√ではない。
断じてこいつらはヒロインなどではない。絶対に間違っても恋愛感情など抱かないし、抱かれることもないだろう。
やっぱり西条さんしか勝たん。
そう確信したとある日の放課後でした、おしまい。
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