達成度17:新入部員なんているはずがない
「はぁ……買ってきたぞ、焼きそばパンとお茶といちごミルクな」
その後しばらくして僕が片手に焼きそばパン、もう片手に麦茶といちごミルクを抱えて旧生徒会室に戻ってきた時、例の新入部員(?)はパイプ椅子の上にちょこんと座って鏡野と向き合っていた。
僕はとりあえず来客である少女に「どうぞ」とペットボトルの麦茶を差し出す。少女は真顔で僕を見上げてからやがて麦茶を受け取り、無言のままぺこりと頭を下げた。
「ほら、鏡野お前も。ご注文の焼きそばパンといちごミルクだ」
「ご苦労。たしかに受け取ったとも」
鏡野は僕の手から焼きそばパンといちごミルクを受け取ると、不意にいそいそと帽子を脱いだ。
お? さすがに初対面の相手との大事な初接触、少しでもファーストインプレッションを良くするためにそこら辺の礼儀ははわきまえるのか。まぁ人間は第一印象が九割だとか見た目が九割だとか言うもんな。一体どっちなんだろうなそれは。
しかし鏡野は帽子を外してひっくり返したかと思えば、やがてその帽子の中に懐から取り出した小銭をちゃりんちゃりん入れ始めた。
「えっ?」
鏡野の突然の奇行に頭の上に大量の疑問符が浮かび上がる。いや、別にこいつの奇行は今に始まったことではないし、僕もある程度は鏡野耐性が付きつつあると自負しているのだが。
「ん」
そして鏡野は小銭を入れた帽子を僕に突きつけてくる。ぐい、と。
え、どういう意味なのそれは。
「ん!」
どう対応するのか正解なのか僕が決めかねていると鏡野はまたもやぐいっと帽子を押し付けてくる。そんな『語らずとも君ならわかってくれるだろ? ほら、今こそ入部希望者に私達のコンビネーションを見せつけて暫定生徒会の結束力を示す絶好の機会だぞ!』みたいな顔されても困るんですが。
「……マジシャンのおひねりか?」
「違う!!」
やっぱり違ったか。
「はぁ、全く君というやつは……いちごミルクとお茶代だよ。ほら、受け取れ」
「ああ、そういうことか。別にいいよこのくらい。勝負に負けたのは僕なんだし」
結局種明かしされてようやく彼女が伝えようとしていた意図が明らかになった。
だが、別に鏡野にお代を請求するつもりはない。勝負に負けたのは僕だし、元々僕の方から勝負を提案したのだ。
「勝負の内容に盛り込まれていたのは焼きそばパン代だけだろ。お茶といちごミルクはただのおつかいだ。いいから受け取れ、ほら」
「別にいいって」
「いいから受け取れ!! 会長命令だ!!」
「入部希望者の目の前で軽率に権力を振りかざすんじゃねぇ!!」
ネガキャンにしかならんぞ。というか今のやり取りだけで入部取り消しを考える奴がいても全くおかしくないレベルである。これ以上意地の張り合いをしても時間の浪費にしかならなそうなのでしぶしぶ鏡野の帽子に手を突っ込んでお代を受け取ると、彼女はフンと鼻を鳴らした。
なんだよこの絵面。
そこで僕は入部希望者の少女がじーっと僕を見つめていることに気づいた。
「っと、置き去りにして悪い。えっと」
そこで僕は改めて少女の姿を視界に収める。
やはり小柄で、華奢な少女だ。
腰近くまで伸ばした髪をツインテールみたいなおさげの二つ結びにまとめ、肌はまるで雪のように白く透き通っている。少々眠たげに開かれた瞳が特徴的で、全体的に妖精の如く神秘的な雰囲気を纏っていた。
少女は顔色一つ変えない無表情を終始貫き通しており、それは目の前で僕と鏡野がアホみたいなやり取りを繰り広げている間も同じだった。
「君は────」
「入部希望者です。よろしくお願いします」
そうこの部屋に入ってきた時と寸分違わぬ声音と台詞で少女はぺこりと頭を下げる。
「え? あ、ああよろし……く?」
なんだか不思議な感じの女の子だ。なんとなくロリっぽい見た目から察するに、学年で言えば後輩────僕の妹である菓凛と同じ一年生だろうか。
顔を上げた少女は再びじーっと僕の顔を見つめる。な、なんだ?
「ぼ、僕の顔になにか付いてる?」
「いえ、特に何も。強いて言えば、覇気や気力といった類の概念がまるで感じられないやる気のなさそうなたるみきっただらしのない頬と脳内で良からぬことを考えて思春期特有の妄想に次ぐ妄想のオンパレードを繰り広げていそうな目つきがあるくらいでしょうか」
「初対面からなかなか癖が強いなこの子!?」
「いきなり大声を出さないでください、びっくりします────と私は思いました」
「え? あ、ああごめん……」
「申し遅れました、私は霧島といいます。霧島伊織です」
「あ、塩江葵です……」
突然さらりと自己紹介を始めた少女、もとい霧島に釣られて僕もつい自己紹介して頭を下げてしまう。
なんだコイツ……。鏡野の妹かなんか? いや、鏡野でもここまで毒を吐いてくることはないぞ。
「そうですか、では塩江先輩とお呼びすればよろしいでしょうか」
「ああ、別にいいけど……ん? 先輩ってことはやっぱり、君は一年生なのか」
僕が彼女を見ると彼女は小さく頷く。そして、
「はい、その通りです塩江先輩。私は霧島伊織、一年生で身長は156cm、体重は秘密、趣味はカヌーと動画サイトでプレス機が色んな物を潰す動画を観ること、特技は暗記と早食い、朝食はパン派です。あと────」
「ちょいちょいちょい! ストップストップ!」
「はい、何でしょう先輩。質問ですか? できる限りお答えできるように善処します、どうぞ」
「質問じゃなくてだな……」
「すみません先輩、さすがにスリーサイズはお答えできません」
「聞いてないぞ!? 一言たりとも聞いてないぞ!? そうじゃなくてさ……えっと君、入部希望者なんだっけ?」
「はい、そうです。ここ……ええと、なんでしたっけ」
霧島はちらりと鏡野に視線を送る。鏡野は含み笑いを浮かべながら、
「暫定生徒会」
「そう、残念生徒会の仲間に入れてほしいのです」
「残念生徒会じゃねぇよ!?」
いや、ある意味合ってると言えなくもないけれども。
「そう、ちゃんぽん生徒会の仲間に入れてほしいのです」
「うちは料理研究会じゃない」
「そう、残飯生徒会の……」
「どんどん悲惨さが増していくのやめろよ!! 暫定生徒会だよ!!」
「ごほん、暫定生徒会のお仲間に加えてほしいのです」
「……」
おいおいなんだ、色々怪しいにもほどがあるぞ。これはどういうことなんだ?
僕はちょいちょい、と鏡野を手招きして耳打ちで囁く。
「おい、なんだよあの子。お前の知り合いか?」
「いや知らない。会ったのは今さっきが初めてだ」
「マジかよ……おい鏡野、お前ついに法に触れやがったな。すぐさま彼女の家族を解放しろ。恐怖と暴力じゃ人の心を動かすことはできないんだ」
「さすがの私も法律は遵守するぞ!?」
再びパイプ椅子にちょこんと座る霧島に向き直る。
「えーと、まず君はこの暫定生徒会がどういう部活……もとい生徒会なのか、知っててここに来たのか?」
「いえ、あまり知りませんが」
「よしならまだ間に合う、今すぐここから逃げるんだ。ここはヤバいぞ、僕があの鏡野という帽子の看守の気を引き付けて五秒時間を稼いでやるから、その隙にドア目掛けて走り出すんだ。絶対に振り返ってはいけないからな」
「聞こえてるぞ塩江君!? 全く、知らないというのならこれから学んでいけばいいだけの話だろう。いいかい霧島君、我々暫定生徒会とはこの学園の正当なる生徒会だ。今現在柊ヶ丘を不当に支配する悪の現生徒会を打倒し、全ての生徒に健全かつ充実した文化的な学園生活を提供するための闘争を行う組織だ」
「……」
「君も仲間となれば、我々が学園を平定した暁には支配圏を君にも分け与えよう。共に学園征服を行おうじゃないか!」
「その魔王みたいな台詞なんなんだよ……」
「……」
霧島は何も答えない。その表情は変わらず凍りついたかのような無表情であったが、あるいは返答に窮しているようにも見えた。
「な? これでわかっただろ? この部活……」
「部活じゃない、生徒会だ」
「ああ、うん……生徒会は、そういうところなんだよ」
これ以上の言葉はもはや不要だ。ここまで語られれば、暫定生徒会という組織(組織ですらないのだが)の全貌はよくよく伝わっただろう。
ああ良かった、僕みたいな犠牲者をもう一人増やす結果にならなくて……これで霧島は恐れ慄き、まもなくこの旧生徒会室から尻尾を巻くようにして逃げ出すだろう。
きっとその後は旧校舎の三階には近寄りもしないはずだ。これでいいんだ。
まぁ、最悪トラウマになってしまったかもしれないが、それでもすんでのところで最大の悲劇を回避することはできたはずだ。
さぁ霧島、まだ間に合う。まだ戻れる。こんな変な部活のことは忘れて、今のうちに逃げるんだ────!
「わかりました。入部します」
突然。バァン、と音を立てて机が叩かれた。その衝撃に何事かと僕と鏡野はビクッと同時に肩を飛び上がらせる。
おそるおそる音のした机のほうを見てみると────そこには、一枚の封筒のようなものが叩きつけられていた。
「あの……これは……?」
「入部届です。どうぞこれからよろしくお願いします、暫定会長。それから塩江先輩」
僕は思った。
あるいは。
あるいはこの子は、鏡野以上にヤバい奴なのでは────? と。
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