達成度16:主人公vsメインヒロイン(とは認めない)
「兄さん、起きて」
「うぅん……」
「起きなさいったら!」
「あだっ!?」
朝。僕は僕の身体の上に馬乗りになった、妹の菓凛の腹パンによって起こされた。
何というバイオレンスな目覚めだろうか。妹っていうのはもっとこう、『おはようっ、お兄ちゃん♡ 今日もカッコいいね』みたいなやつじゃないのか。違うのか?
まぁ、そんなのが単なる幻想に過ぎないことは他でもない僕自身が最もわかっているのだが。
「お前、腹を殴るな腹を! だいたい今何時……まだ六時半じゃないか! いくらなんでも早すぎるだろ!?」
「フン、兄さんがだらしないのよ」
「別にお前、部活とかやってなかったよな? なんで毎朝こんな早いんだよ。なぜか一緒に起こされるお兄ちゃんの身にもなれよ。寝不足で死にそうだぞ」
「別にいいでしょ、私健康的だから早寝早起きが習慣になってるのよ。兄さんも夜更かししてえっちなゲームばっかりやってないでさっさと寝なさいよ」
「最近はやってないけどな……あとえっちなゲームはやってねぇよ!?」
……ほんのちょっとしか。まぁ僕実際十八歳だしいいよね。
「はぁ、全くだらしない兄ね。どういう育て方をされたのかしら。親の顔が見てみたいわ、私」
「だからそれはお前の父さんと母さんの顔だっての!!」
このやり取りもわりと毎朝繰り返しているような気がする。
「ともかく、起きたならもういいわ。じゃあ私、先に学校行ってるから。遅刻しないでよね」
そう言い残して部屋から出ていく菓凛。このように彼女はなぜか毎朝僕を起こしてくる。
別に兄妹一緒に起きたって兄妹一緒に登校するわけじゃないんだから、僕としてはゆっくり寝かせておいてほしいものなのだが……まぁ、一度起こされてしまったからには二度寝するのも危険だしと僕は顔を洗いに洗面所に向かう。
毎朝これだ。勘弁してほしい。
でもまぁ、やっぱり懐かしい気持ちにもなる。以前────過去の世界では、もう随分と疎遠になって久しいような気がするから。
会話もなく、当然朝起こされることもなく、たまにばったり学校で出くわしてもお互いに知らないフリをする。そんな高校生活が脳裏に焼き付いているからこそ、今の僕たちの関係性にもそこそこ満足していた。
あれに比べたら毎朝妹に起こされる、ってのも案外悪くないかもな。
僕はそんなことを思いつつ、愛用の電動歯ブラシのスイッチを入れた。
★
放課後。旧生徒会室の扉をガチャ、と開ける。
「やあ塩江君、遅かったじゃないか。見たまえ、君を待っている間にトランプタワーが二つも出来てしまったぞ。ほら、三つ目は君が作って────」
バタン、と僕は扉を閉めた。
「塩江君!? な、何をするんだいきなり!?」
「すまん、なんとなく閉めたくなった」
「なんとなく!? なんとなくで扉を閉めるな!! 嫌われたかとびっくりするだろ!!」
若干涙目になりながらこっちを見る少女の名は鏡野柚葉と言う。今のところ僕が閉じ込められているこの暫定生徒会とかいう謎の部活(?)のトップ────を名乗っているよくわからん女である。実際に彼女には色々と謎が多い。
「すまん、本当に申し訳ないと思ってる。もう俺は申し訳なさのあまり暫定生徒会にいられない。だからその謝意を示すために今日はもう早退しようと思うんだが」
「……」
鏡野はジト目で僕を睨んだまま、指でバッテンを作って見せつけてくる。
「ダメか……」
「いや、一言もダメとは言っていないぞ」
「じゃあ帰っていいのか」
「止めはしないさ。止めはしないが、君がこの旧校舎から生きて出られるかは保証しない」
「物騒なこと言うなよ……」
お前はアサシンか何かなのか。廊下の闇に潜んで僕に襲いかかってくるのか。こいつならやりかねないような気もするが。
「まぁ待て、そう帰ろうとするな塩江君。なんたって今日はきっと入部希望者……じゃなかったゲフンゲフン、加入希望者が来るからな。新しいメンバーが入ってきたら君も先輩だぞ? 上の立場になれるんだぞ? いい気持ちだろう」
「生憎、威張り散らかすのは僕の性に合ってなくてな。別に誰が入ってきてもマウント取るつもりはないぞ」
とまぁ性に合ってないなどと気取って言ってはみたものの、実際は自分より下の立場の人間ができたことがないだけである。仕方ないだろ部活やってなかったから後輩とかほぼ接点なかったし!
「ていうかなんで、今日ここに入部希望者が来るってわかるんだよ。誰かから連絡でもあったのか?」
「いや、ない」
「ないのかよ……じゃあ来ねぇだろ……」
「いいや来るとも。なんせ最近、第二回の図書新聞が発行されたからな。図書新聞に載せた例の広告の宣伝効果はきっと抜群さ」
「図書新聞に載せた例の広告というと、あのディストピア映画に出てきそうなポスターみたいなアレか?」
僕たち暫定生徒会はつい最近、『図書館の利用者数を増やしたい』というクラスメイトのとある図書委員からの依頼を受け、結果としてそれを解決した、らしい。
そしてそのお礼として、僕たちは最近発行されることになった図書新聞の一部スペースを広告に使ってくれと譲られたわけなのだが────案の定、この鏡野柚葉による手書きの広告は怪しさ満点でとてもまともな人間が寄り付くようなものではなかった。
「そうだ、田舎の電柱に貼ってありそうなアレだ」
「やっぱりそこの自覚はあるのかよ……」
わざと狙ってやってんのか?
「あのさ鏡野、あんなので入部希望者が来るわけないだろ。ぶっちゃけ人避けとか魔除けにしかなってねぇぞ、アレ」
「ほう、随分と言ってくれるじゃないか塩江君。私渾身の力作を魔除けとは。だが加入希望者は来るぞ、私はそう確信している」
「いや、来ないだろ」
「いいや、来る!」
「絶対来ない」
「来る!」
「絶対来ない」
「来る!」
「こーなーい」
「来るもん!!」
「来るもん!?」
鏡野お前そういうキャラだっけ!? 感情的になるあまり自らのキャラを見失いつつあるのだろうか。
「とにかく来る! なら聞くが塩江君、もしいたら君はどうするんだ!」
ふむ。ムキになって言い返してくる鏡野に、僕はピコンとふととある妙案を思いつく。
クックックッ……この状況、利用できるかもしれないな。
「ほうそうだな、ならこういうのはどうだ鏡野。お前と僕でちょっとした勝負をやろうじゃないか」
「勝負?」
片眉を吊り上げてこちらを見る鏡野に、僕は人差し指を立てて続ける。よしよし、食いついてきたな。
「ああ。勝負の内容はこうだ。もし今日の五時半まで────つまり最終下校時刻になるまでに、仮に一人でもここに入部希望者が来たら、僕はダッシュで購買に行って焼きそばパンを買ってくる。もちろん僕のおごりでだ。しかも追加でなんでも一つだけお前の願いを聞いてやろう。その代わり────」
ここからが大事。というか本題。
「その代わり、誰も来なかったら僕は明日からここに通わなくても良くなる。暫定生徒会副会長の肩書きも返上する。どうだ鏡野? まぁ暫定生徒会の会長ともあろうお方がまさか勝負から降りるなんてことは……」
「いいだろう、私と君の勝負だな。受けて立とうじゃないか!」
「勝負成立だな」
ふっ、馬鹿め引っかかったな! これでここからは僕のターンだ。あんな広告を見て尋ねてくる奴などこの世にはそうそういない。仮に東間のような例外がいたとしてもそれは依頼人。間違っても入部希望者なんているはずがない!
つまりこの勝負は僕がルールに則って合法的にこの暫定生徒会から脱退するための策略!
これでようやくこの旧生徒会室ともおさらばだな。
ああ、なんて青空は美しいんだろう!
ビバ地球! 母なる星よ! グッバイ暫定生徒会、そしてカモンッ僕の青春の正規√!
少々遠回りをしたがここからやっと僕の青春は軌道修正し始めるのだ。そう、まだまだ時間はある。恋愛ゲームの正規√はここから始まるのだ。
さてと、ここに来るのも今日で終わりか。
そう考えると若干の名残惜しさを感じなくもない。
ま、最後に読みかけの小説でも読みますか……と、パイプ椅子に悠然と座り直したその時。
トントン、ガチャ。
ノックから返事を待たずほぼノータイムで扉が開かれた。
「入部希望者です。よろしくお願いします」
「……」
そこに立っていたのは背の低い、幼い顔立ちの少女だった。
腰くらいまで伸ばした髪を二つ結びにまとめ、ツインテールのようなおさげにした少女。
ロリ、というほどでもないがしかし、彼女はまるで妖精の如く神秘的な雰囲気を漂わせていた。
「塩江君?」
背後から鏡野の声がする。勝ち誇ったような声が。そしてその声は言外に告げていた。
────オラさっさと焼きそばパン買ってこいや、と。
「……ああ、わかった。購買行ってくる」
「あと、来客用のお茶も頼む。下の自販機で」
「……ああ、わかった。自販機にも行ってくる」
「あと、ついでにいちごミルクも」
「は? 誰が飲むんだよそんなの」
「私に決まってるだろ! 他に誰がいるんだ!」
そ、そんなにキレられましても……というか鏡野、このナリでいちごミルクとか飲むのか……。意外。
ともかく僕は、こうして放課後早々新メンバーの目の前で鏡野にパシられる羽目になってしまったのだった。
おのれ鏡野、この屈辱は忘れないぞ!
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