達成度15.あるいは、こんな青春も悪くないのかもしれない。(上)

「さて、東間君に例の図書新聞のプロトタイプを渡してからもう一週間か。そろそろ図書館の様子を見に行ってもいい頃かもしれないな。行くかい? 塩江君」


 柊ヶ丘学院高等学校、旧校舎三階────そこの旧生徒会室で、今日も今日とて僕らは思い思いの時間を過ごしていた。


「あー……もうそんなに経ったのか」


 僕は自宅から持ってきたヒーローものの漫画に目を通しながら、適当に鏡野に返事をする。

 鏡野は鏡野でお決まりの彼女の特等席に腰掛け何か本を読んでいた。


 僕がここに加入させられてから早数週間、石の上にも三年とはよく言ったものでどんな劣悪な環境であっても人間とは慣れてしまうものだという。


 基本的に(鏡野が喋らなければ)静かなここは読書にはまさにうってつけで、僕もすっかりリラックスしつつある。

 が、ちなみにここは漫研でもなければ文芸部でもマンガ喫茶でも図書館でもスーパー銭湯でもない。生徒会長を自称するヤバい美少女に占領されている旧校舎の一室である。


 ついでに補足すると僕はここに実質閉じ込められている。囚われの姫と言っても過言ではない。この旧生徒会室はさながらクッパ城。ラストステージかよ。


「東間とはあれからも毎日顔を会わせてるけど、そういや図書館のことはあんまり聞いてないな。ただ委員会に持って帰ったあの案が認められて施行されだしたとは聞いたが……うまく行ってんのかな」


「はっ、何を言うんだ君は。我々が手を貸したのだから大繁盛間違いなしだろう。きっと連日開館前には行列ができているに違いない。どうする、手土産に整理券でも用意していこうか?」


「この会話、ちょっと前にやった気がするぞ……」


 デジャヴかな? 


「気のせいだろう」


「いや、気のせいじゃない。より具体的にはお前が変なポスター作った時あたりにやった気がする」


「残念ながらそういうことならやはり塩江君の気のせいだと言わざるを得ないな。私は変なポスターなど作った覚えはないよ。私が作ったのは先鋭的で芸術的でアバンギャルドで素敵でクールなポスターだけだ」


「あのアングラサイトのバナー広告みたいな奴がか? クリックしたらWEBページごと消さないと戻れなさそうなアレがか?」


「ああ、昔町中に貼ってあった怪しいポスターみたいなアレだな」


「そこの自覚はあるのかよ!」


 あえてそれを演出として狙って作ってるのか? だとしたら納得できる部分もなくは……いや、ない。あれはどう考えても令和の時代にそうそうお目にかかれないレベルのヤバいポスターだ。もう今日日見ないぞそういう張り紙。「男性募集!」みたいなやつ。


「ともかく、話を戻そうじゃないか。私はこれから様子を見に図書館へと向かうわけだが、当然君も来るだろう? まさか塩江君はこんなか弱い可憐で華麗な乙女を一人で外に放り出すような真似はしないよな?」


「外っつったって学校の敷地内だろ。あとお前の自己肯定感の高さにはさすがの僕も驚愕するほかないわけだが、それはそれとして僕も行くよ。ちょうど東間に会いに行こうと思ってたところだ」


「よし、そういうことなら善は急げだ。さぁ行くぞ塩江君、図書館に殴り込みだ!」


「殴り込むのか!? そんな武闘派生徒会だったのかうちは!?」


 カチコミかよ。そんなことをしたら翌日の校内新聞には『恐るべき暫定生徒会! 図書委員会襲撃!』とかそういう見出しの記事が並ぶこと請け合いである。もう何の組織なのかわかんねぇよ。というか今でもわかんねぇよなんだ暫定生徒会って。


 ともかく、そんな会話を経て僕らは東間の待つ図書館へと向かうことになったのだった。


 ★


 久しぶりに訪れた図書館は、思ったよりも人で賑わっていた。


 正確には一週間以上前、図書新聞のプロトタイプを制作している最中に鏡野のコラムを編集しているうちに彼女おすすめの本を借りたくなってちょっとだけ図書館には訪れているわけなのだが、それはそれとして随分と久しぶりな気がする。


 三年生になってからは受験のゴタゴタやらそもそも登校期間が短くなったやらで、もう図書館を利用する機会なんてほとんどなかったからな。


 過去にタイムリープした今、こうして改めて思い返してみると少しだけ感慨深いものがある。


「結構人はいるけど、以前の図書館を僕たちはあんまり知らないから利用者数が増えたのかどうかいまいちわからないな」


「だがこうも賑わっているところを見るに、少なからず影響はあったと見て良さそうだな。東間君はどこにいるんだ?」


 僕と鏡野は並んで本棚の間を進む。ふと横の彼女を見れば、今の鏡野は珍しくいつものキャスケットを被っていなかった。

 室内であろうと構わず四六時中被っているはずのキャスケットを鏡野は胸の前で大事そうに抱えている。


「そういえばお前、図書館ではその帽子被らないんだな」


「へっ? あ、ああっ、当たり前だろう塩江君。ここは室内だぞ」


「いや、いつもの旧生徒会室も室内だろ。なんでここでは脱いでるんだ? それに、ブレザーもいつもはだぼだぼの奴なのに、今はわりときっちりしてるように見えるし。制服の新調でもしたのか?」


「……」


「鏡野?」


 鏡野は視線を明後日の方向へと向けたまま一言も喋らなくなってしまった。あれ? いつもはうるさいくらいに饒舌なのに。もしかしてこれタブーみたいなもんだったりするの?


「……きっと君の思い違いだろう。ほら、さっさと東間君を探すぞ────と、どうやらその必要はないようだがね」


「お、あれは東間か」


 僕たちの向かう先には、手に何冊かの本を抱えて本棚に本を戻す東間の姿があった。


 近づいて「よ、東間」と声をかけると、東間は「あ、塩江君と鏡野さん! 来てくれたんだ……! よかった、ちょうど僕も暫定生徒会さんにお礼に行こうと思ってたんだ」と顔を輝かせた。

 そして、


「ちょっと待ってね、この仕事を片付けてくるから」


 と奥に消えて行ってから一分後。まるで瞬間移動でもしたかのように東間は戻ってきた。

 すげぇなこいつ。めちゃくちゃ仕事できるんじゃないか。しかもあれだけ素早く動いていながら息切れ一つしていなかった。


「お待たせ! ごめんね、待たせちゃって。最近はなかなか忙しくてさ」


「いや、大丈夫だ。あれから一週間が経ったが、調子はどうだ……と聞こうと思ったけど、どうやらその様子じゃ愚問だったかもな?」


 僕がそう言うと東間は少し照れくさそうに微笑んだあと「そう!」と両手を握りしめ、


「そうなんだよ! あの後二人に言われた通りに図書新聞の第一回を発行して、SNSの公式アカウントを開設して情報発信をやってみたら……おかげさまでこんなに人が来てくれたんだ! たしかにいきなり利用者数が二倍とかに膨れ上がったわけじゃないし、今日は週末だから人が多いっていうのもあるけど……それでも、少しずつでも増えていってるよ」


 東間はそこで携帯の画面を俺たちに見せてくる。そこには図書館の公式アカウントのプロフィール欄が表示されていて、フォロワーは数十人くらいになっていた。

 どうやら鏡野執筆のコラムが校内の一部界隈の中で話題を呼んだらしい。


「ふふふ、見ろ塩江君。これも一重に私の突出した文才あってのもの。こんな見目麗しい美少女でありがら文才まで兼ね備えているとはああ全く自分が恐ろしい! 怖い! 助けてくれ塩江君!」


「そっか、結構うまくいったみたいでよかったな」


「無視かッ!?」


「うん! これも鏡野さんと塩江君のおかげだよ。本当にありがとう! それで、そのお返しとして二人に話があるんだけど」


「話?」


「うん、これを見て」


 そこで東間は一枚の紙を取り出した。『柊ヶ丘図書新聞第二号』と書かれた紙には、コラムやお知らせの情報がびっしり書き込まれている。


「これは……図書新聞の第二号か?」


「そうだよ。でも、ここの下のスペースが余ってて……というか余らせたんだけど、もし二人さえ良ければこのスペースを暫定生徒会さんの宣伝に使ってほしいんだ。どうかな?」


 東間が指で示す場所には、たしかに新聞の一部分だけがぽっかりと白紙になっていた。


「あー……気持ちはありがたいけど東間、僕たちは別に宣伝とかは」


「ふむなるほど、そういうことならお言葉に甘えてぜひ使わせてもらおう」


「鏡野!?」


「断る理由がどこにある塩江君。せっかく東間君が善意で私達に新聞の貴重な宣伝スペースを譲ってくれたんだ、ここはありがたく頂戴するのが筋というものだろう」


「いや、でもお前……また変なの書くだろ。じゃあわかった、今回は僕が……」


「もちろん今回も私が書くぞ。ちなみにこれは会長命令だ。あと部長命令と書記長命令とその他エトセトラ命令だ」


「権力を乱用するな! あとお前うちは部活じゃないって言ってただろ!」


「とにかく東間君、そういうことで君の申し出を暫定生徒会は謹んでお受けしよう。ぜひ使わせてくれ」


「うん! 良かった、遠慮なく使ってね!」


 東間の笑顔が眩しかった。


 ああ、もう僕には何もできない。せめて鏡野が今回ばかりはまともな宣伝を載せてくれることを願うばかりである。


 ちなみにネタバレすると使ってくれませんでした。今回も普通にヤバいアングラサイトのバナーみてぇな広告でした。対戦ありがとうございました。

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