達成度14:クエストクリア
そして三日後。僕と鏡野は東間を旧生徒会室へと呼び出した。
パイプ椅子に座り物珍しそうに周囲を伺う東間に、僕は片手を挙げて挨拶する。
「よう東間、わざわざ来てもらって悪いな」
「ううん、大丈夫だよ。僕がこうして暫定生徒会さんにお願いしてるんだし……ごめんね?あんな悩みというか、お願い聞いてもらっちゃって……本当なら僕たち図書委員会が取り組むべきことだし、図書委員会も色々やってはみたんだけどどうしてもうまく行かなくてさ」
そう彼は少しうつむく。どうやら、図書委員会も利用者数を増やすために色々手は打ったらしい。しかし効果はなかった、と言うわけか。
「そうやって悩んでたときに、この暫定生徒会さんの張り紙を見つけて。それで、もしかしたらと思って来てみたんだ。でもまさか塩江君がここにいるとは思ってなかったけど」
「僕もどうして自分がここにいるのか未だにわかってないんだよな……」
ほんと、僕はなんでこんな場所で生徒のお悩み相談なんかやってるんだろうな。
東間はくすりと笑う。その笑みは相変わらず柔和なもので、僕はふと気になったことを尋ねてみることにした。
「そういえば、お前はどうしてこんなよくわからん怪しげな部活を訪ねてきてまで図書館を賑やかにしたいんだ? 人が増えればその分仕事も増えて忙しくなるし、正直いい事ばっかりじゃないだろ。なのになんで……」
これは東間から依頼を受けてから、ずっと疑問に思っていたことだ。
彼は何故僕らに依頼してまで図書館の利用者数を増やそうとしているのか。
もちろん彼が図書委員だからというのもあるのだろうが、きっとそれだけではあるまい。
少なくとも旧生徒会室に立てこもるあんな怪しさ満点の貼り紙を出すような集団と相対する覚悟を持ってまで来たのだ。並大抵の人間がおいそれとできることではない。
東間は僕の問いを受けてしばし考え込むと、やがて少し照れくさそうに口を開いた。
「僕、本が好きなんだ」
「本が?」
「うん。だから、もっと色んな人に読んでほしいんだ。あんまりそれ以外に理由は思いつかない、かな?」
「……そっか」
動機は至ってシンプル、か。
彼は、本が好きなのだ。本が好きだから、もっとたくさんの人間に読んでほしい。そのために図書館を利用してほしい。自分が本を読んで得られた体験を他の人にも味わってほしい。
好きなものを布教する。それはなんらおかしいことではない。
僕が腕を組みながら静かに納得していると、東間が不思議そうな表情で辺りをきょろきょろと見回す。
「ところで塩江君、塩江君の彼女さん? の姿が見えないんだけど……今日はいないの?」
「は?」
予想だにしていなかった突然とんでもないことを言われ、思考がフリーズする。
僕に彼女はいない。今は。ちなみに今まで出来たこともない。これから出来る予定なので今はと言っておく。ちなみにそれがもちろん鏡野以外であることは言うまでもない。
「ほら、あの帽子の。たしか鏡野さん、だったよね」
「ああ、鏡野のことか……心臓に悪いから彼女はやめてくれ。あいつならそこの椅子に座ってるぞ、ほら」
東間に向けて、窓際の巨大な椅子を指し示す。
するとその椅子は僕のその言葉を待っていたかのようにくるりと回転し、腰掛ける一人の少女が姿を現す。
鏡野柚葉。
この暫定生徒会の生徒会長を自称し旧校舎の一室を占拠する、トンデモ美少女である。
「やぁ東間君。元気だったかな?」
「あ、鏡野さんこんにちは。その……改めて、ありがとうございます。僕のこんな悩みを聞いてくれて」
「構わないさ。私達暫定生徒会は全ての生徒に健全かつ充実した文化的な学園生活を提供するために尽力する」
「す、全ての生徒に……?」
「その通り。暫定生徒会とはこの柊ヶ丘の正当なる生徒会さ。つまり我々は生徒会として君たち生徒に最大限学園生活を楽しんでもらう義務がある」
「正当なる、生徒会……?」
「すまん東間、鏡野の言ってることはあまり気にしないでくれ」
鏡野に対して目を点にしている東間に助け舟を出す。
東間は終始頭上に疑問符を浮かべていたが、「そ、そうなの?」とひとまずそのことは置いておくことにしたようで、居住まいを正して僕に向き直った。
「それで、塩江君。僕をここに呼び出したってことは、もしかして……?」
「ああ、お前からの依頼……『図書館の利用者数を増やしたい』だったか。それについてなんだが、これを見てくれ」
そして僕は一枚の紙と携帯の画面を東間に見せる。東間はぱちくり、と大きく瞬きすると、
「これは?」
「図書新聞の第一回、そのプロトタイプと……」
「柊ヶ丘の図書館の公式アカウントになる予定のアカウントさ」
「おい鏡野、僕の台詞を取るなよ。今いいとこだったのに」
「ふっ、君だけに美味しいところをやるわけにはいかないからな」
まるで先程の意趣返しのようににやりと笑みを浮かべる鏡野。そんな彼女はさておき、東間との会話に戻る。
「図書新聞と図書館の公式アカウント?」
「そう。まずうちの図書館の最大の欠点は、自主的な情報発信をしていないことだ」
つい三日前に鏡野と話した内容を振り返りながら僕は続ける。
「いつどこで、何をやっているのかわからない。だから興味も湧かないし、人も来ない。そこで毎月……負担になるようならもっとスパンを空けてもいいんだが、とにかく定期的に図書新聞を発行して掲示する。ちなみに聞くが東間、図書館でイベントとか、たまにやったりするのか?」
「えっ? うん、たまにだけどしおり作りとか、ブックカバー作りとかやってるよ」
「そういうイベントの告知なんかを掲載して皆に見てもらうんだ。あとは、おすすめの本を紹介するコーナーなんかも作って話題の作品を取り上げたりすれば興味を持つ奴はいる」
「あ、なるほど! たしかにそれはいいかも! 僕、書くよ!」
「そしてこのプロトタイプなんだが、第一回のおすすめ本を紹介するコーナーは……」
「この私、鏡野柚葉が執筆させてもらったよ」
……また台詞を取られた。
「か、鏡野さんが?」
「ああ。この部屋を見てもらえればわかるけど、この鏡野も結構な読書家らしい。僕は初対面で夏目漱石を勧められた」
僕は思い出す。ほんの数日前、彼女と出会ったときのことを。
『本はいいものだ。かつてとある哲学者は言った、『本のない部屋というのは魂のない肉体のようだ───とね。この部屋には本が沢山ある。ジャンルも作者もよりどりみどりだ』
「それで初回のコラムはこいつに書いてもらうことにした。読んでみてくれ」
東間は手元の新聞に目線を落とし、そこに書かれている内容───鏡野執筆のコラムを読んでいく。そして一分後、驚いた表情で顔を上げた。
「す、すごい……! これ、鏡野さんが書いたの……!? すごい、これなら読みたくなって図書館に来てくれる人も、きっと……!」
「ふっ、そうだろう」
東間の反応に鏡野がふんすと鼻を鳴らす。───鏡野の文章は見事なものだった。
おすすめする本の物語の簡単なあらすじを提示しつつ、気になるポイントはあえてぼやかす。豊富な語彙に彩られたリズミカルな本の説明文は書店のPOPに書いてありそうなくらいレベルの高いもので、僕も制作している途中で図書館に立ち寄ってつい読んでしまった。
「任せて塩江君。この図書新聞は絶対に発行する。あ、でももう一つの公式アカウントっていうのは何なの?」
「この公式アカウントは生徒のほぼ全員が使うSNSに作った。公式アカウントにはこの図書新聞のコラムの一部とか、図書館のお知らせの告知なんかを載せるんだ。まずは鏡野のおすすめコラムだな」
「SNSの、公式アカウント……?」
「そう。ほとんどの生徒が利用するSNSに情報を流せば、多くの人間の目に触れる。ふと目に入るだけでも宣伝効果はあるはずだ」
僕はいつも自分の部屋で携帯をいじっていた。この学校の生徒の多く……というか全員が携帯を持っているだろうし、そんな彼らが利用するSNSで情報発信を行うことには意味があるはずだ。
「たしかに……僕もSNSはやってるし、宣伝になるかも」
「とにかくこの図書新聞と公式アカウントで図書館のイベントの告知だったりとか、コラムだったりとかを宣伝して情報を広めていく。そこからだんだん利用者数を増やしていければベストだ。どうだ?」
「……」
鏡野を意識してちょっぴりドヤ顔で東間を見ると、彼は口をぽっかり開けてこっちを見ていた。
「……あ、あれ? 東間?」
おかしいな、やっぱりダメだったか? ふと不安になり、東間の顔を覗き込むと、
「……塩江君と鏡野さんって、すごいんだ……!!」
「え?」
「すごい、やっぱり暫定生徒会さんに来てよかった……! 本当にありがとう、二人とも! 僕、頑張るよ! この二つを委員会に持ち帰ってみる!」
東間は目をキラキラ輝かせていた。そしてぐいっと近寄ってくる。
うおお、近い……ッ!!
「すごいよ塩江君! 鏡野さん!」
「い、いや、東間がいいならよかった……」
「そうと決まればこれをすぐ早速委員会に持っていかないと! ありがとうね、塩江君、鏡野さん! 少ししたらぜひ図書館を見に来てほしいな!」
そう東間はバタバタと身支度を始める。
「あ、そうだ。お礼ってほどじゃないんだけど……これよかったら食べて! それじゃ、またね!」
「……」
そして目を輝かせたままのテンションであっという間に荷物をまとめ、机の上にガサガサっと二袋のせんべいを置いて去っていった。
まるで嵐のような去りように呆気にとられる僕。気づけば、残されたパイプ椅子と机の上にのせんべいだけがこの部屋に東間のいた痕跡になっていた。
「……えーと、とりあえず最初のタスクはクリアってことでいいのか?」
「タスクというのがいまいち理解できないが、どうやらそのようだね。また後日、様子を見に行くとしよう」
僕たちは東間にもらったせんべいを一枚ずつかじる。
しばらくバリバリという音だけが放課後の旧生徒会室に響いていた。シュールだった。
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