達成度13:第一回★暫定生徒会ミーティング

「やぁ塩江君、待っていたよ。待ちくたびれるあまりに見てみろ、トランプタワーが今日も見事に完成してしまった。今日のは傑作だぞ」


「よう鏡野、そりゃ力作だな。ところで帰っていいか?」


「ああ、好きにするがいいさ。暫定生徒会は柊ヶ丘の自由の校風を尊重する。そしてそれと同じようにまた、私は君の意思を尊重するよ? ただその場合私は翌朝から正門で君の名前を叫ぶために喉を鍛えるボイトレを始めなければならないわけだが」


「はいはい、結局ダメってことね……」


 翌日。今日も今日とてやはり僕はこの旧校舎三階の最奥部である旧生徒会室に閉じ込められ、その場所を一人で占拠する鏡野柚葉とかいうよくわからん少女によって強引に暫定生徒会とかいうよくわからん部活の活動に従事させられていた。


 今日の活動内容はといえば、今回暫定生徒会に舞い込んできたおそらく初の依頼────聞くところによると暫定生徒会とは、ますますよくわからんことに生徒の依頼やお悩み相談を受けるのも仕事の一環らしい────ともかくとある図書委員からの『図書館の利用者数を増やしたい』というお悩みを受け、その問題を解決するべく各々の知恵を出し合って喧々諤々の議論を繰り広げるというわけである。


 要はミーティング、要は話し合いである。


 とまぁ、こうも少々長ったらしく述べてはみてみたが。


 結局のところ、僕はあまりこの話し合いで問題が解決するようには思えなかった。


 期待が持てなかったのだ。図書館の利用者数を増やす、という課題を果たして僕とこの少女が二人きりで解決することができるのか。依頼人である東間長次郎が現状数少ない僕のクラスでの知り合いということもあって、今から不安で胸がいっぱいである。


 いつものパイプ椅子に腰掛けて顔を曇らせている僕とは対象的に、この暫定生徒会の会長を自称するよくわからん少女こと鏡野柚葉は今日も元気そうだ。


 鏡野は彼女の特等席である革張りの上等そうな椅子の上で脚を組み、うっすらと笑みを浮かべて言った。く、黒タイツが眩しい……!!


 ふと手元に視線を移すと、右手にはノートとシャーペンを持っている。どうやらこれを使ってミーティングを進めるつもりらしい。


「────さてさて諸君。メンバーはこれで全員揃ったかな?」


「現状お前と僕しかいないんだから揃ってるに決まってるだろ。何を見てるんだ。おい、なんで僕の後ろを指差すんだ。怖いからやめろそれ。……え、ほんとに誰かいるわけじゃないよね? やめてよ? 何?」


「冗談さ。それではこれより第一回暫定生徒会のミーティングを開始するよ」


「そういう冗談やめろ! 僕怖いんだからそういうの! 動画サイトで心霊動画見た後三日間くらい引きずってお風呂のときとか後ろ気にしちゃうタイプの人間なんだから!」


「とにかく今回の議題はズバリ『どうしたら図書館の利用者数を増やせるか』だ。何か意見のある者は手を挙げてくれ」


「スルーされた……」


「塩江君、何か意見が?」


「ああ、いや、別に」


「ならミーティング中は私語は慎むように」


「釈然としない……ッ!!」


「それで、意見のある者は? ……誰もいないのか、ならまず私が行くぞ」


 鏡野は一瞬残念そうな表情を浮かべるが、すぐに切り替えると熱心に手元のノートに何やらカリカリと書き込み始めた。


 それから数秒後、鏡野はまるでお笑い芸人がボードをひっくり返すような動作でノートをひっくり返し、僕にその内容を見せつけてくる。

 ノートには綺麗な字で『正門の前に立って図書館に来てくださいと叫ぶ』とシャーペンで書かれていた。


 大喜利番組じゃあるまいに。いや僕が気づいていないだけで大喜利番組なのか? これは。


 あとポスターの頃から薄々勘づいてはいたが、こいつ結構字は綺麗上手いな……。


「人を集めたいのなら、始めはとにかく注目を集めること、否が応でも人の視界に映り込むことだ。正門の前に立って図書館の宣伝を行えば、きっと利用者数は増加するだろう」


「いや、たしかに注目は集まるだろうが……正門前で叫ぶ役は誰がやるんだ」


「塩江君がやる」


「僕がやるのか!?」


 そこは言い出しっぺの法則が適用されるべきではないのだろうか。


「嫌なのか?」


「嫌に決まってるだろ! ふざけんな!」


「ほう、なら塩江君にはこれより良い具体的かつ画期的な案があるのかな? ぜひともお聞かせ願おうか」


「ぐっ……」


 したり顔でこちらを見る鏡野。でもまぁ、たしかに人の意見の批判だけして自分でアイデアを出さないというのはなんだか嫌だし……これでもそんじょそこらの高校二年生より二年長く生きている人間だ。何かないだろうか。


「あ、スタンプラリーとかの企画を催すのはどうだ?」


「スタンプラリー?」


「ああ。図書館の各地にスタンプを設置して、全部のスタンプを集めた奴にはご褒美……まぁ集めることに意味があるから何でもいいんだが、例えばブックカバーなんかを贈呈するのはどうだ」


 僕はふと、とある位置情報携帯ゲームのことを思い出していた。


 僕は基本的に引きこもりだった。学校のある日は学校へ向かうが、そうでない日────休日なんかはまぁ外に出なかった。


 別に用事がなかったのだ。友達もほぼいないし彼女もいない僕は家で一人画面の向こうの彼女と戯れるのに忙しく、青春に現を抜かしている暇などなかった。


 だがそんな僕も、世間で位置情報携帯ゲームが流行ると外に出た。


 位置情報を用いるゲームでは家の中にいるだけではゲームが進まず、レアなモンスターの確保やボスレイドをするには近所の公園や駅に行かざるを得なかったのである。

 おかけで一時期僕は街中をモンスターのために練り歩いた結果、運動不足が解消されてしまいとんでもなく健康になってしまった。


「まぁ、つまりちょっとしたご褒美や報酬さえあれば人はそれに釣られるってわけだ。どうだ?」


「何がつまりはなのかはわからないが……しかしたしかに良い意見だ塩江君。書き留めておこう」


 僕の意見を頷いて聞いた鏡野は再びシャーペンを動かし、ノートに『企画(スタンプラリー)を催す』と記した。


 あれこいつやっぱり字は綺麗だな。漢字ドリルのお手本みたいというか、整った字だ。


「だが……これだけでは弱いな。たとえせっかく企画を催したとしても、おそらく今の図書館に人は集まらないだろう」


「そりゃまた、どうして?」


「うちの図書館には一つ致命的な欠点がある。何だと思う? わかった人は手を挙げて答えたまえ」


「はい! 完結してるラノベのシリーズが途中の巻までしか置かれていないことです!」


 これはもう正解だろう。途中まで読ませておいて続きが気になる置かなくなるのは本当にやめてほしい。

 自分でネットで買おうにも古い上にマニアックな作品だったりするせいで、入手困難なことが多々あった。うちの図書館最大の欠点は間違いなくこれである。


「ぶっぶー」


 鏡野は唇を尖らせ指でバツマークを作った。こいつ煽ってんのか。

 だがすぐに真剣な表情に戻る。


「正解はうちの図書館はほとんど自前での情報発信をしていないこと、だ。うちの図書館せいぜい高校の公式ホームページの一部で設備やお知らせを発信しているくらいで、それ以外はまるで広報をしていない。唯一の公式ホームページにしたって図書館の主な利用者である在学生が自分の学校の公式サイトを覗くことなんて一年に一回もないだろう」


「なるほど、情報発信をしていないこと、か……」


 鏡野に言われて目から鱗だ。

 それは図書館に関する情報に、うちの生徒はアクセスできない────しないということ。

 今図書館で何をやっているのか、どういう本が入ってきたのか。そういう情報を確認できる場所がないのだ。


 言われてみれば彼女の言うことは最もだった。


「つまりこの問題を解決するカギは一つ。図書館サイドによる自主的・積極的な情報発信だ」


「……お前、実はすごい奴なのか? それとも今日は冴えてるのか」


「おい今日はとはなんだ今日はとは。私の頭は24時間365日年中休まず冴えわたっているだろう。それはまるで柊ヶ丘の水たまりに広がる波紋の如く」


 比喩が下手すぎてわからん。あと水たまりへの謎の執着なんなんだよ。


「それで、この点を踏まえて何か再度意見はあるかな? 塩江君」


「うーん……」


 積極的な情報発信、か。

 僕のこれまでの記憶に何か役立つようなものはあっただろうか?

 

 顎に手をやり、考える。ふと鏡野の台詞が脳裏によぎった。


『例えばそこにあるのは夏目漱石。彼の特に初期の作品はエンタメ性が高くテーマも普遍的なものが多いから、普段あまり本を読んでいない人間であっても楽しめる。おすすめだ』


『────人を集めたいのなら、始めはとにかく注目を集めること、否が応でも人の視界に映り込むことだ』


 始めは注目を集めること。それから、否が応でも人の視界に映り込むこと。

 そしてまた思い浮かんだのは、暗い部屋で一人スマホをいじっていた時代……つい少し前までの自分のこと。


 僕はスマホで何をしていたんだっけ?

 そうだ、SNSを見ていたんだ。友達はいなかったけど、ゲームの攻略情報なんかを見るためにお気に入りのメーカーの公式アカウントをフォローしまくってよく見ていたっけか。

 公式アカウントを……。


「────っ」


 そこで僕はとある考えに至る。そうだ、それならば。


「なぁ、鏡野」


「ん? どうした塩江君」


 鏡野は片眉を上げてこちらを見る。僕はそんな彼女の不思議そうな瞳を見つめ返し、続けた。


「そういうことなら────僕に一つアイデアがあるんだが」

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