達成度12:東間からの依頼

「あれ? 塩江君、だよね……?」


「……えーっと」


「どうしてここに……?」


 旧生徒会室の扉の目の前。そこに立っていた東間は目を見開き、ぽかんと驚いた表情で僕を見つめる。


 どうしてここに、か。なんと答えればいいのだろうか。

 というか、それは僕が聞きたいことでもあるのだが。


「な、成り行きでー……みたいな。僕にも色々あってな、うん。今はここで手伝いみたいなのやらされてるんだ」


 脅されてだけどな!


「そうなんだ、塩江君ここの部活? 生徒会? に入ってたんだね。ずっと僕と同じ帰宅部なんだと思ってたよ」


「いや、まぁ、帰宅部なんだけどさ……無理やり加入させられてるといいますか、軟禁されてるといいますか……」


 僕がどう答えるべきか思い悩んでいると、やがて後ろから鏡野がやって来る。

 鏡野は僕の背中越しに東間を見つけると、「おや?」とどこか楽しげに眉を上げた。


「これはこれは。始めて見る顔だ。二日連続で来客とは珍しいね。この私、鏡野柚葉が歓迎しよう────ようこそ暫定生徒会へ!」


 一回転しビシッ! とポーズを決める鏡野。やめてやれよ、東間困ってんぞ……。


「あ、えっと」


「君は加入希望者かな? それとも依頼人?」


「い、依頼人……なの、かな? 塩江君」


「いや、僕に聞かれても困るんだが……」


「へぇ、そこの彼は君の知り合いなのか? 副会長」


「ああ、僕のクラスメイトだ」


「なるほど、そういうことなら立ち話もなんだ、中に入りたまえ」


 鏡野は僕を押しのけ東間を旧生徒会室の中へと案内する。東間は「お、お邪魔します」とおどおどしながらも鏡野と僕の後に続いた。


「まずは座ってくれ。お茶でも出そうか?」


「ダメだ東間、一つ忠告しておくぞ。ここで出されたお茶は絶対に飲むな。死ぬぞ」


「え、ええ……!? どういうこと!?」


 まぁ死ぬは流石に冗談だけどな。でもこのくらい脅しておいたほうがいいよな。東間に俺と同じ苦しみを味合わせるわけにはいかないし。

 僕は結局あの後家で数時間トイレに籠って、妹と籠城戦を繰り広げる羽目になった。地獄だった。おかげ様で妹からの好感度が急転直下している。


「死にはしないけど、最悪トイレに数時間監禁されることになる挙げ句家族との絆が木っ端微塵に破壊されるぞ」


「どういうお茶なのそれは!?」


「毒」


「毒!?」


「すまない、お茶は生憎と昨日切らしてしまっていたのを失念していたよ」


「良かった、東間を守ることができた……あんな思いをするのはもう僕一人でいいんだ……そうだ、もう誰も苦しまずに済むんだ……」


「塩江君は何を見てきたの……!?」


 僕が拳を握りしめてロボットアニメの主人公みたいなことを言っていると、鏡野はどこからか埃まみれのパイプ椅子を引っ張りだしてきたようで、「よいしょ、よいしょ」とそれを部屋の中心まで運んで埃をパンパンはたき落とす。

 それからパイプ椅子を広げ、東間に座るように促した。


「パイプ椅子、もう一個あったんだな」


「ああ、この旧生徒会室の隙間という隙間に隠してあるぞ」


「どうせ隠してるんじゃなくてデッドスペースに適当に押し込んでるだけだろ」


 鏡野は僕を無視して特等席の大きな椅子にぼふんと腰掛け、「ごほん」と咳払いした。

 僕も壁に立てかけてある自分のパイプ椅子を広げて座る。

 そうして全員が席につくと鏡野は口火を切った。


「それで、まずは君の名前を聞かせてもらえるかな?」


「あ、東間です」


「ふむ。では東間君でいいかな」


「は、はい! ぜひ東間でお願いします!」


「ちなみに、できれば下の名前もお聞かせ願えるかな?」


「……東間……長次郎と言います」


 東間の下の名前、長次郎っていうのか……そういえば初対面の時、名前は名乗ってなかったな。

 僕がそう思っていると東間はちらりとこちらに目線をやり、


「……変な名前っていうか、おじいちゃんみたいな名前でしょ? だから、あんまり好きじゃなくて……自己紹介のときにはできるだけ名字で名乗るようにしてるんだ」


「そうか。でも僕は別にいい名前だと思うぞ」


 こう、確かにギャップはあるけど。でも僕、本当に人の名前が覚えられないんだよな。

 だからこのくらいギャップがあったほうが覚えやすくて個人的には良いのだ。

 別に古風な名前だってあるしな。


「そ、そう? ありがとう」


「なるほど、そういうことなら東間君と呼ぶようにしよう。では東間君、君は……この暫定生徒会に何の用なのかな」


「あ、その……旧校舎に貼ってあるポスターを見たんですけど、この部活って」


「部活ではない、我々は正当なるせいとか────」


「いや気にするな東間、話を続けてくれ」


「……」


 話を遮ろうとした鏡野が僕を不満げなジト目で見つめてくる。だが僕としては話の腰を折ってこじれさせたくないし、あまり東間にヤバい集団に入っていると思われたくないのでここは我慢していただこう。

 もしあのポスターを見た上でここに来ているのなら、既に手遅れかもしれないが。


「そ、そう? その、この部活って生徒の悩みとか頼みを聞いてくれるって、ポスターに書いてあったんですけど」


 マジであのポスター見てここに来たのかよ……あんなどこからどう見ても危険な香りがプンプン漂うポスターの集団にもすがりたいほど、東間は深刻な悩みを抱えているのだろうか。それはそれで放っておけないが、しかし僕らで力になれるのかどうか。


「その通り。我々は全ての生徒に健全かつ充実した文化的な学園生活を提供する。そのためには生徒に寄り添い、生徒の声を聞くのが大切だ。そういうわけでぜひ聞かせてもらおうじゃないか、東間君の悩みを」


「あ、ありがとうございます!」


 東間はぺこりと頭を下げる。まだ僕らがその悩みを解決できるかどうかもわからないのに律儀な子だ。


 ……いや、怯えているのかもしれない。こんな旧校舎の最上階に拠点を構える、あんなポスターの集団を訪ねてきたとあっては当然である。


 僕なら絶対行けないし、行けたとしても産まれたての子鹿よろしくガックガクの足腰になることは間違いない。だって怖いんだもん。


「それで? 君の悩みとは何かな」


「あ、僕は図書委員をやっているんですけど」


「ほう、図書委員か。悪くないな、本の知識でいえばあそこには私と五角以上に渡り合える猛者がいる。どうかな東間君、暫定生徒会に入る気はないか?」


「すぐに話の腰を折るな! 悪い東間、気にするな。続きを頼む」


「……あ、それで僕、図書委員をやってて。その、うちの図書館って結構大きいじゃないですか」


「図書館……ああ、確かに大きいな」


 元マンモス校の我が柊ヶ丘の設備は基本的にビッグである。


 図書館にしてもそれは例外ではなく、図書室ではなく校舎とは別の館として運営されており、今では一階部分しか使われていないもののそれにしても一般的な高校のそれを遥かに超えているのは明確だろう。


 僕もラノベ(十数年前の古い作品しかないが)や漫画(BJとか火の◯とか)を読みにたまに訪れていたものだ。


「でも、その割に全然人はいなんです。利用者数は年々減少してて、いつもガラガラで……」


「それは利用者数というか、柊ヶ丘の生徒数が年々減っていってるからではないのか?」


「たしかにそれもあると思います。でも、それにしても空いてて……だから僕」


「ふむ。つまり君の悩みは図書委員としての悩み────図書館の利用者数を増やしたいと、そういうことかい?」


「……っ! そ、そうです! あの、聞いてもらえますか……?」


「なるほど、了解した。私達に任せておけ。我々暫定生徒会は君に健全かつ充実した文化的な学園生活を提供するべく、君の悩みを解決しよう」


「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」


 そう鏡野が自身たっぷりに言うと、東間は目を輝かせて何度も頭を下げる。

 それからしばらくして図書委員の仕事があるらしく、慌てて旧生徒会室を出ていった。


 また二人だけになってしまった旧生徒会室で僕は鏡野に話しかける。


「おい、いいのかよ。あんな自信たっぷりに言っちゃって。何か考えがあるのか?」


「ふっ、私を誰だと思っているんだ? この暫定生徒会の会長兼、部長兼、書紀兼、監査兼、広報兼、庶務兼、最高責任者兼」


「長えよ!」


 前にもやったよそのくだり。


「ともかく、暫定生徒会のトップである鏡野柚葉だぞ?」


「というと、どうやらよほど自信のある策があるみたいだな」


「ああ勿論────ないとも!」


「ないのかよ!」


「だから今から一緒に考えようというわけだ。ほら塩江君、紙とペンを取ってくれ」


「はぁ……どうして」


 どうして僕は旧校舎の旧生徒会室で、謎のレジスタンス少女と図書館の利用者数を増やすことについて考えているのだろう。


 こんなのは正規√ではない。そうわかっていても、今更√変更はできないような気がした。

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