達成度11:受注、初クエスト

「────よし、加入希望者用のポスター完成だ。まぁこんなものだろう。上出来だな」


「……これがか?」


 三十分後。鏡野は紆余曲折の末に出来上がったポスターを壁に貼り付け、腕を組んで満足気に眺めていた。


「どうだ?」


 彼女はポスターを剥がし、ぺらりと僕に見せつけてくる。おら今すぐ褒めろ撫でろ崇め讃えろと言わんばかりのドヤ顔である。


 僕は眉をひそめながら、ポスターに書かれた内容を一文字一文字丁寧に目で追っていった。


『アットホームな空間! 少数精鋭! 未経験者歓迎! 暫定生徒会はいつでも加入希望者募集中! 学園を解放しよう! 自由と勝利を掴み取ろう!』


「……」


 間違いなく逆に人が寄り付かなくなること請け合いである。人払いでもしてんのかこいつは。


「ふふっ、なかなかの出来だろう。これで明日からは毎日加入希望者が殺到してこの旧生徒会室がパンクするだろうな。あらかじめ整理券でも用意しておこうか」


「ああ、そうだな。多分希望者は一人も来ないだろうな」


「なッ……!?」


 ガーン、という擬音が聞こえてきそうなほどのショックを受けた様子で鏡野は仰け反り、目を見開く。仰け反った拍子に頭に被ったキャスケットが外れ、へろへろと落下傘みたいな軌道を描いて地面に落下していった。


「そ、そんなはずはない! いきなり何を言い出すんだ君は! 私会心の力作、一度見れば強烈なインパクトを与えるであろうこのポスターに直すべき部分があるとでも言うのか!?」


「インパクトはあるがむしろ直すべき部分しかねぇよ」


「……は、ははは、そうか塩江君はジョークにも精通しているのだな。今の冗談は面白かった、さすが私が見込んだだけあるぞ。副会長たるものユーモアも持ち合わせていなくてはな」


「いや、ジョークとかじゃないから。マジだから。本気と書いてマジと読むから」


「……」


「鏡野?」


 返事がない。ただのしかばねのようだ。


「そ、そうだ私としたことが一つ失念していたことがあったよ。ポスターはもう一種類あるんだ。こっちは我々の活動を知ってもらうためのポスター。家で書いてきたんだ」


 そう言うと彼女はブレザーの中からくしゃくしゃになった紙を取り出し広げて見せる。お前はどこにポスターをしまっているんだ。


「ほら、どうだ? こっちもなかなかの出来だと思うのだがどうだろう」


『暫定生徒会は皆さん全員に健全かつ充実した文化的な学園生活を提供します! お悩み相談募集中! 私達が皆さんの日々のお悩みを解決します! 私達とともに戦いましょう! 打倒現生徒会、皆さんの訪問いつでもお待ちしています! あなたのお悩み、ぜひ暫定生徒会へ!』


「お悩み相談?」


「そうだ。昨日も話したが、我々はこの柊ヶ丘全ての生徒に健全かつ充実した学園生活を提供する。そのために生徒の抱える悩みを聞いてそれを解決することで彷徨える子羊を導き、我々の支持者を増やすのさ。それでどうだ? このポスターは。悪くないだろう?」


 鏡野はくしゃくしゃのポスターを僕に見せつけ、ふんすと鼻を鳴らす。おら今すぐ褒めろ認めろ胴上げしろと言わんばかりのドヤ顔である。


「多分こっちも一人も来ないだろうな」


「……」


 再び鏡野は黙り込んでしまった。しばし沈黙が旧生徒会室に流れる。


「……よし、なるほどわかった。じゃあ早速これを大量に印刷して旧校舎全体に貼りに行くぞ。君も着いてくるんだ」


「鏡野さん? 今の聞かなかったことにしないで? もしもし鏡野さん?」


 逡巡の結果、今の話を記憶からまるっきり抹消することにしたらしい鏡野を追いかけ、僕は彼女に着いていったのであった。


 ★


「ふぅ、これで最後の一枚だな。手伝ってくれて助かったよ、塩江君」


「マジでこのポスター張り出したのかよ」


 結局鏡野はさっき僕に見せてきたポスターを修正することなく旧校舎のあらゆる壁に貼って周った。入部希望者(鏡野は頑なに『加入希望者』といって憚らない。多分鏡野からすると暫定生徒会はあくまでも生徒会であって、部活ではないからなのだろう)用のポスターと、お悩み相談のポスターは全部で十五枚くらい印刷されていた。


「これで明日には旧生徒会室に人が殺到すること間違いなしだ。よし、行列に備えて倉庫から三角コーンと最後尾のプラカードを借りてこよう」


「だから来ないってば……ていうか、部室棟として使われてる旧校舎に貼ってもあんま意味ないだろ。今の校舎には貼らないのか?」


「私もできればそうしたいところなのだが、生憎と現校舎は校則の締め付けが強いからな。こんなポスター張り出したら捕まってしまうぞ」


 捕まるんだ。なんだこの学校。ていうか張り出したら捕まるポスターって自覚はあるのかよ。


「さすがにもう一度先生方のお世話になるのも気が引けるしな。何より目をつけられて監視などされてはたまらない。そういうわけで広報活動は旧校舎の中だけに留めておくよ」


「前科あるんだ」


 何やったんだよお前。


「さて、これでポスター貼りはおしまい。後は部室……じゃなかった旧生徒会室に戻って、生徒がやって来るのを待っていることにしようか」


「多分、あのポスターじゃいくら待っても来客は来ないと思うぞ……」


 むしろ遠ざけてるだろあれ。だが鏡野は相変わらず気にした様子もなく、楽しげに旧校舎の廊下を歩いていったのだった。


 ★


 それから数分後。僕は特にやることがあるわけでもないので、鏡野に勧められた小説を試しに読んでいた。夏目漱石は既に読んだことがあったので、次におすすめされた古典文学の本を手に取ってみたのだが……ううん、文章が古風でわかりづらいな。


 一旦手を止め、携帯を取り出して辞書アプリを開く。


 読み慣れた人間にとってはさして苦にもならないのだろうが、どうも語彙や言い回しが難解で読みにくい。国語の授業ももっと真面目に受けておくべきだったなと後悔した。

 せめて注釈があるだけでもだいぶ楽になる気がするのだが、鏡野に聞けばこの辺教えてくれたりするんだろうか。


 当の鏡野は何をしているかと言えば僕に崩された(実際に崩したのは鏡野なのだが)トランプタワーを再建すべく、むむむと唸りながらトランプを積み上げていた。


「……」


 別に会話があるわけではない。

 僕は読書に集中し、鏡野はトランプタワー再建に集中しているのだから当然だ。普通であればどこか気まずさを感じるようなシチュエーションだが、不思議とそういったものは感じなかった。


 まぁ、来客なんてまず来ないだろうし、このまま最終下校のチャイムがなるまではのんびりしているか────と、再び本を開いたその時。


 コンコン、と旧生徒会室の扉がノックされた。


「!?」


 突然の訪問者に僕と鏡野は、同時にそちらの方を向く。


「おや、訪問者のようだね」


「嘘だろ? あのポスターで人が来るのか? あれで?」


 どうせ現生徒会からの立ち退き要求とかじゃないのか?


「ほら見ろ言ったろう、このポスターで加入希望者殺到間違いなしと! これで私の美的センスと広報手腕が卓越していることが証明されたな!」


「そんなわけあるか! あんな怪しさ満点詐欺感満点のポスターで人が来るわけないだろ!」


「さぁ、いいから出ろ塩江君! 来客を出迎えるんだ!」


 僕は鏡野に急かされるままに慌てて向かい、扉を開く。これで暫定生徒会の人だって顔覚えられたら嫌だな……と、そこには。


「……え?」


 目を見開いている、見知った顔があった。


「あれ? 塩江君、だよね……?」


「……えーっと」


「どうしてここに……?」


 なんと答えればいいのか、言いよどむ。


 やや背の低い、華奢な体躯。

 結構長めの前髪に、ともすれば女性にも見える中性的で整った柔和な顔立ち。


 そこに立っていたのは────僕がタイムリープしてからおそらく最初に知り合ったであろう人間、東間だった。


 暫定生徒会の最初の依頼人は最初に知り合った友達でした、か。

 ……全く恐ろしい話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る