達成度10:暫定生徒会、活動開始
翌日、放課後。
僕は一人旧校舎の階段を上っていた。
薄暗い廊下を突き進み、怪しい雰囲気の教室を通り過ぎつつ目指す先はただ一つ。
例のレジスタンス少女、鏡野柚葉が実効支配する三階の旧生徒会室である。
「……行きたくねぇ」
正直、帰れるものならば帰りたい。
何ならサボってしまってもいいのだが、もし鏡野の言っていることが本当だった場合、これから毎朝正門の前で彼女に責任を取れと叫ばれ続けることになると考えると恐ろしいので僕はこうして脅迫に屈するしかないのだ。
うう、一体どうしてこんなことに……。
階段を上るたびに自然と重たくなっていく足を引きずるようにして、僕は進む。
いっそのことここで永遠に階段を上り下りしていたほうがマシかもな、なんて思いつつもやがて三階にたどり着いてしまい、ついには例の教室の目の前まで到着。
僕はもしかすればメビウスの輪の如く階段がループしている可能性を期待していたのだが現実は非情だった。
ずっと移動し続けていれば、いつかは目的地に到着してしまう。それは当たり前のことだった。
「……」
扉に手をかける。扉を開くことに躊躇しながらも、ゆっくりと開くと────、
「やぁ塩江君、遅かったじゃないか。見ろ、待ちくたびれてトランプで見事なタワーを作ってしまったよ」
「……」
ガチャリ。扉を閉める。
「し、しししし塩江君何をするんだ!? ちょっと!? おい!!」
扉の向こう側から聞こえてくる少女の慌てふためいた声にはさすがの僕も胸が痛むものがあった。が、しかし、聞こえない振りをする。
嘘だ、全く胸は痛んでいない。むしろ清々しい気持ちですらあった。
「ハァ……ハァ……おい!! 何をするんだ塩江君!?」
あ、向こうから扉を開けてきた。肩で息を切らす鏡野は、今日も屋内だというのに相も変わらず黒いキャスケットを被っていた。黒タイツまで同じである。
「すまん、なんとなくこの状況が現実だとは認めたくなくて」
「ど、どういう意味なんだそれは……全く、いきなり脅かすのはやめてくれ。私の心臓はつるっつるなんだからな」
「心臓が強いとかそういう意味合いで心臓に毛が生えたとは言うが、そのカウンターとして心臓がつるっつるとかいう比喩表現をすることがあるのかどうかは不明だ」
「ああっ! 見ろ、君が脅かすからせったくのトランプタワーが崩壊したじゃないか。二時間の苦労が水の泡だ。この責任どう取ってくれる」
「心臓の話題についてはノータッチかよ……トランプタワーを壊しちゃったのはまぁ、悪いけどさ。でもそれ僕のせいなのか?」
「そうだ、君のせいだとも。どうしてくれるんだい」
「ああじゃあ責任を取って今回は早退することにしよう。いや、これほどの失態を犯したんだ、もうこの部にはいられないな。鏡野柚葉暫定生徒会長殿に会わせる顔がない、じゃあそういうことでバイバイまた明日な」
「ふふ、どさくさに紛れて帰ろうたってそうはいかないぞ?」
ベラベラと捲し立てた後、僕は流れるような動作で華麗な最速退部を決めようと踵を返したのだが、案の定ガッと右腕を鏡野に掴まれた。
うう、ダメか。だが諦めないぞ、僕はいつか必ずこの謎の組織から脱出してやる!
……僕は何をやっているのだろう。
「仕方ない、初犯ということで今回は多めに見てやる。まずは座れ、塩江君」
そうして旧生徒会室の奥へと連れて行かれる。鏡野は例の革張りの上等そうな椅子にぼふんと座り、相変わらず僕の椅子はないので壁に立てかけられていたパイプ椅子を持ってくる。
こうして僕らが向かい合うと、鏡野は満足気に鼻を鳴らした。
「さて、と。まずは来てくれて感謝する。私はてっきり君はもう来ないものかと正門の前に立って塩江君の名を叫び散らかす発声練習のアップトレーニングを始める準備をしていたよ」
そんな発声練習するんじゃないよ。やめなさい、ご近所迷惑だから。
「やっぱ本気でやるつもりだったのかよ、あれ……」
怖すぎる。やっぱり来て正解だった。鏡野は「当然だろう」と胸を張る。厚着の制服越しにでもわかる盛り上がりが目に入って、僕はなんとなくテンションが上がった。
こんなのでテンションがプチアガってしまうあたり僕も末である。しょうがないだろ男なんだから!
鏡野も実際見てくれは恐ろしいほどの美少女だし。スタイルも良いし。
これで中身はコレなんだからとんだトラップである。
「僕も行こうかどうか迷ったよ。でもまぁ、初日だしさ。実際この暫定生徒会だっけ? が、どういう部活なのかってのを見てみようと思ってな」
「一つ訂正しよう。部活じゃない、我々は生徒会だ。それも今の柊ヶ丘を不当に支配する現生徒会とは異なる、正当なる生徒会だ。あ、今のは駄洒落じゃないぞ」
「おい、このくだり昨日もやったぞ! でも、結局のところ実質的には部活なんだろう?」
「いや、実際は部活ですらない。私一人がこの教室を占領して一方的に主張しているだけだから、そもそも公的には存在すらしない未承認団体だ」
一方的に主張してる自覚あったんだ。
「しかし我々は生徒会なのだ。だから役職も生徒会のものを流用しているし、普段の活動も生徒会として行うよ」
「普段の活動ってそういや、この部活っていつもは何をするんだ」
そういえばずっと気になっていた。正当な生徒会として、柊ヶ丘を支配する現生徒会の打倒及び学園征服を目指す……というのがこの暫定生徒会の最終目標とやらだったか。
それはわかったが結局、僕たちは何をすればいいんだ? 生徒会というのだから生徒総会を取り仕切ったり、募金活動でもやったりするんだろうか。
「そうだな、はっきり言ってしまえば特にやることはない。自由だ!」
「はっきり言い過ぎじゃない?」
「だから別に何をしてくれても構わないよ。トランプとか、読書とか、おしゃべりとか」
「自由すぎじゃない? ああ、それでお前もトランプタワー作って遊んでたのか」
「いくら心の広い私といえどもその評価は心外と言わざるを得ないな。よく遊びよく寝る、これが暫定生徒会の活動にして健康な体作りの基本さ。私は生徒会長として率先して諸君に健康志向を」
「小学生か!」
「冗談さ、そんなFXで全財産溶かしたみたいな顔でこっちを見ないでくれ」
「そんな顔は一切してないのと、お前の発言はぶっちゃけどこからどこまでが冗談なのか全く判別がつかんぞ」
「さすがによく遊びよく寝るのが暫定生徒会の活動ではないよ」
「あっ、そこからなんだ……」
「だけどそうだな、せっかく新メンバーが加入したんだ。何かそれらしい活動でもしたいところだが────そうだな、広報活動なんてどうだ?」
そこで鏡野は片目を瞑り、意味ありげな顔で指を一本立てた。
「広報活動?」
「ああ、悲しいことに暫定生徒会は一般生徒の認知度があまりにも低いんだ」
「そうなのか?」
鏡野のようなキャラの濃い(見た目は)美少女が一人でこんな活動をしているのだから、入部希望者がいるかどうかはともかく、学年全体にヤバい奴として不名誉ながらもなんだかんだ広く知れ渡っていそうなものだが。
「だから広報活動をして、生徒諸君に我々の存在を知ってもらおうというわけだな」
なんか勝手に暫定生徒会に仲間入りした期待の新メンバーにされているが、それはともかく置いておくとして。
「んで、広報たって何するんだ。正門に立って朝の挨拶でもするのか?」
「それも悪くないが、風紀委員会に捕縛される恐れがあるからやめておこう」
捕縛されるのか……何それ怖い。うちの風紀委員会なんなの? ていうかこの学校なんなの?
「じゃあ何をするんだ?」
「ふむ……」
鏡野は腕を組み、顎に手をやって考える。
そして数秒の沈黙が流れた後、机の上にあった紙束から一枚の紙をぺらりとめくって僕に見せつけてきた。
「これだな」
「なんだそれ」
「ポスターを作ろう。なるべく刺激的で芸術的で青春的でアバンギャルドなのを」
「PCとかあるのか?」
「手書きで」
「手書きでか……」
……僕がここを訪れてから、暫定生徒会で行った最初の活動は宣伝のポスター作りだった。
この部活なんなの? 恋愛ゲームみたいな僕の青春はどこなの?
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