達成度9:初対面の人間に毒を飲ませるのはやめよう!
「それで、結局のところこの暫定生徒会ってのはなんなんだよ」
パイプ椅子に腰掛け、紅茶の入った紙コップを持って僕は鏡野に尋ねる。
鏡野はそんな僕を見てどこか得意げに答えた。
「ふっ、よくぞ聞いてくれた塩江君。そこに目をつけるとはさすがの着眼点、まさしく副会長として申し分ない人物だ。早くも才能を開花させ始めたようだね、私は嬉しいよ。君を推薦した者としても鼻が高い」
「なんの才能なんだ、それは……」
こんな怪しい組織(?)の副会長になる才能だというのなら、それは人生においてまず役立たないであろう才能のうちの一つであるといっていいだろう。というか、あんまり役立ってほしくはない。
「いいから教えてくれ。まず……この暫定生徒会ってのは、現状メンバーはお前だけ。つまりお前が勝手に名乗ってる架空の団体名って認識であってるのか」
「架空の、ではないよ。暫定生徒会は確かに存在する、れっきとした正当なる生徒会さ。あ、今のは抱腹絶倒の駄洒落じゃないぞ?」
「わかってるわ! そんで、その『正当なる生徒会』ってのも気になるポイントなんだが……メンバーはお前一人だけって部分はまず合ってるんだな」
「そこを否定するつもりはないよ。今は私一人だ。今は、今はな」
鏡野は「今は」という部分にやたら力を込めた。だが、僕にはなんとなくわかる。彼女が虚勢を張ってそこを強調したことが。なぜなら僕もほんの数時間前西条さんに対して似たような見栄を張ったからだ。
「今はってことはじゃあ、過去にメンバーがいたことがあるのか?」
「……」
「鏡野?」
「……ない」
「だよな」
ですよね。はい、なんとなくわかってました。
鏡野は「だよなとは何だ、どういう意味だ塩江君!? おい!! 無視するな!!」と再び涙目になってこっちに迫ってくるが、僕はひとまずスルー。
「じゃあ次はそうだな、その『正当なる生徒会』って部分にも絡んできそうな話だが……この暫定生徒会ってのは何をする、どういう部活なんだ?」
「我々の最終目標はただ一つ、この柊ヶ丘学院高等学校の生徒会になりこの学園を征服することだ」
「……生徒会に?」
なんだろう、まだまともに聞いてもいないのにわかる。わかってしまう。
こいつはヤバい奴だと。
「ああ、その通りだとも。君も知っての通りだろうが、柊ヶ丘のトップである生徒会室には現在西条七海が不法に居座っている。嘆かわしいことだ。許せない」
「不法にって、西条さんは選挙で選ばれて……」
「うるさい、そんなことはどうだっていいんだ!」
「良くはないだろ!?」
重要なところだろ! この女、横暴が過ぎるぞ!?
「ともかく、現在の柊ヶ丘は彼ら現生徒会によって支配されているわけだ」
支配って……たしかに自由を是とする校風もあって、柊ヶ丘では一般的な高校とは異なり生徒会には強い権力が与えられている、とは聞いたことがあるけれど。
でも西条さんは真面目にやっているだろうし、そのことを不満に思う生徒などいないだろう。ただ一人────この鏡野柚葉を除いては、のようだが。
「そこで不法に権力の座についている現生徒会を打倒し、柊ヶ丘の新たな支配者に成り代わる。学園征服、これが暫定生徒会のスローガンであり最終目標だ」
「……は?」
「正当な生徒会である我々こそが西条率いる現生徒会を打ち砕き、私が生徒会長になる」
「いやいやいや」
何を言っているんだこいつは。生徒会を打倒? 学園征服?
「今は私と君の二人に過ぎない、が……いずれは必ずメンバーを集め、生徒会となる。わかってもらえたかな?」
「わからん、全くわからん」
「なんだ、まだ理解できないのか? 君にしては珍しいな」
「お前は僕の何を知っているんだ。まだ会って数分だぞ」
「まぁ、要約するとつまりは、だ────我々正当なる“暫定生徒会”は柊ヶ丘を不当に支配する現生徒会を打倒し、この学園を征服する。今は訳あってこんな場所に拠点を構えているが、いずれは必ず生徒会の座につき、全ての生徒に全ての生徒に健全かつ文化的で充実した学園生活を提供する。それが我々の大いなる最終目標だ」
「それで暫定生徒会、と……」
「その通り。話が早くて助かるね」
うん、なるほど。
……やっぱりヤバい奴だった。
なんだ、なんなんだこいつは。なんなんだここは。
というか西条さんは何を考えてこんなところに僕を寄越したんだ? 何かの手違い? ミス? いや、でも彼女はたしか、ここの生徒会(を自称する怪しい謎の組織)のことを「正式なものじゃない」とかなんだとか言っていた気がする。
正式じゃない、非公認の生徒会。
旧校舎の旧生徒会室を占拠して生徒会を名乗り、打倒現生徒会を掲げる謎のレジスタンス。
つまり、ここがそういう場所だと知っていたということ。
読めない。西条さんの思惑が読めない。僕はここで、どうすればいいんだろう……?
気分を落ち着けて思考をクリアにするために、僕はもう一口紙コップに入った紅茶を口に含んだ。
やっぱり変な味がした。
「……それにしても癖の強い風味のお茶だな。これ、もしかして高級なやつか?」
「うん? ああ、いや別にそんなことはないと思うよ。多分安物さ。すぐ近くの理科準備室から拝借したものだし」
「そうか、やっぱり高級なやつか。道理で……ん? ちょっと待て」
今、何気に聞き捨てならないような部分があったような気がしたんだが。
「これ、理科準備室にあったやつなのか?」
「ああ、そうだよ。何、気にするな。もうとっくの昔に使われていない廃墟さ。もうあそこにある物をちょっと拝借して行ったからって怒る奴はいないよ。気にせず飲んでくれ」
「違う、そうじゃない。理科準備室にあるものって、もう随分と使われてないんじゃないか?」
「そうだね、ほとんど十年近く放置されていると聞いている」
「てことは、このお茶も?」
「そうだね、十年モノのヴィンテージというわけだね」
「もしこの後僕の体調が急変してここでぶっ倒れたらそれはお前のせいだとスマホに遺言を残しておくからな、絶対残しておくからな」
「はは、安心しろ。ちょっと数口飲んだくらいで死にやしないよ。悪くてせいぜい五時間ほど近くのトイレに軟禁されるくらいだ」
「全く安心できねぇ……」
「おい塩江君、私は君より多くこのお茶を飲んでいるんだぞ? もし君が死んだらその時は私もお陀仏だ。あっちに行ったらまた一緒に暫定生徒会を立ち上げようじゃないか」
「会ったばかりの相手を死後まで引きずり回そうとするな!?」
「ははは、君は面白い奴だな」
そう鏡野はケタケタと笑う。こいつ……ヤバい。間違いなくヤバい。初対面の相手に毒を飲ませるあたりとか特に。
「はぁ……仲間扱いしてもらってるところ悪いけど、僕はお前の部活? に参加する気はないよ」
僕はそうため息混じりに告げ、毒……じゃなかった紅茶の入った紙コップを長机に置き、立ち上げる。
これ以上こんな場所にはいられない。
なんか言われてみればお腹も痛くなってきた気がするし、ここいらでお暇しよう。
副会長とやらになることは無理やり了承させられたが、ここに加入するとは言っていない。
僕はてっきり鏡野が襲いかかってでも止めにくるものかと身構えていたが、しかし、彼女は不敵な笑みを浮かべてただ僕を見ていた。
「ほう、そうか、それは残念だ。夜道には気を付けたまえよ。特にこの教室から出てからは、な」
「さらっと闇討ち匂わせるのやめてもらっていい? 怖いから」
「ふふ、冗談だとも。しかしだ塩江君、君はさっき私のお茶を飲んだね?」
「お茶って、あの明らかに消費期限切れの毒みたいなやつか?」
「そうだ。あのお茶はな、あの分で最後だったんだ。もう使い切ってしまったんだ」
「それがどうかしたのかよ」
「いいかい? 私が身を切る思いで出した、最後の大切な大切なお茶を君は飲んだんだ。それでいて何もなしに帰ってしまうというのは、いささか不義理なんじゃないかな?」
「いや、大切なお茶っつってもあれ飲めるやつじゃないだろ、もう」
「いやいや。いくら消費期限切れのティーパックとはいえ、だ。この旧校舎にあった大変貴重なお茶であったことには変わりない。飲んだからには、責任を取ってもらおうか」
「あれ罠だったのかよ……」
どうやら例の紅茶には二重の罠が仕掛けられていたらしい。
「責任を取るって言ったってどうやって取るんだよ」
「そうだな、君には毎日これから放課後ここに来てもらおうか」
「つまり暫定生徒会とやらに入れと?」
「そうは言っていないけれど、君がもし加入するというのなら喜んで歓迎しよう」
実際は同じだろう、それは。
「そういうことでいいかな、塩江君」
「ちなみにそれ、拒否権はあるのか?」
「勿論あるさ。入る意思のない人間を無理やり加入させることはできない。暫定生徒会の人権意識は柊ヶ丘のトップクラスだぞ」
「じゃあNOってことで」
「ただしその場合、私が毎朝正門の前に立って君を待つ。そして責任を取れ塩江君と叫び続ける」
「やめろ! あらぬ疑いを招くぞ!」
「それが嫌だというのなら放課後ここに来てくれ」
「ただの脅しじゃないか、それは……」
「それで? どうするんだ、私はどちらでも一向に構わないよ」
そう言われてしまえば、実際僕に残された選択肢は一つしかない。
「はぁ……わかった。毎日放課後、ここに来ればいいんだな?」
僕がしぶしぶ頷くと、鏡野は満足気にほほ笑む。
「話は付いたな。それではこれからよろしく頼むよ、副会長?」
……どうして。
どうしてこうなってしまったのか。
兎にも角にも、こうして僕は打倒生徒会を掲げ旧校舎の一室を占拠する謎の少女である鏡野柚葉と出会い、彼女率いる“暫定生徒会”に事実上加入することとなってしまった。
……違う、断じて僕の青春の正規√はこんなはずではない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます