達成度8:私の味方になれば学園の半分を君にくれてやるぞ

「そりゃ一体どういうことなんだ」


「まぁ待て、そう生き急ぐな。時に青年君、君は本を読んだことは?」


「本? しょっちゅう読むわけじゃないが、さすがに読んだことくらいはあるさ。それがどうかしたのか」


「本はいいものだ。かつてとある哲学者は言った、『本のない部屋というのは魂のない肉体のようだ───とね。この部屋には本が沢山ある。ジャンルも作者もよりどりみどりだ」


 言われてみればたしかに本棚は一杯ある。小難しい本や資料ばかり取り揃えられているように思えたが、中には普通の大衆小説なんかも入っているのだろうか。

 鏡野は不意に僕の横にある本棚を指差す。


「例えばそこにあるのは夏目漱石。彼の特に初期の作品はエンタメ性が高くテーマも普遍的なものが多いから、普段あまり本を読んでいない人間であっても楽しめる。おすすめだ」


「はぁ……まぁなんだ。つまり、ここは文学部とか、そういう感じの部活なのか?」


「いいや、違う。どれくらい違うかというと、柊ヶ丘の水たまりとプールくらい違う」


「お前の比喩はなんで終始水たまりに執着してんだ」


 水たまりに特別な感情でも抱いているのだろうか。

 普通にわかりづらいからやめてくんないかな、それ。


「ここは部活ではない。建前では活動存続のために部活としての認可を目指してはいるが、ちゃんとした生徒会だ」


「生徒会……そういえば西条さんは、ここのことをそう言っていたけれど」


「西条だと!?」


「うおっ」


 西条さんの名前を出した途端、鏡野は机の上に身を乗り出す。


「西条……そうか、やはり君は彼女の寄越してきた刺客だったのか……っ! おのれ現生徒会、スパイを送り込んで私を欺こうなどと考えるとは姑息な真似を……!!」


「か、鏡野?」


「だが、この程度で私が屈すると思うなよ───私は、私はいつか必ず貴様らを打倒して、この柊ヶ丘の頂点に君臨してみせる……っ!!」


 握りこぶしを天に高く掲げ、鏡野は何やら決意を固める。

 西条さんに恨みでもあるのだろうか? 


「鏡野、お前が何を言っているのか僕にはさっぱりわからん。わかるように説明してくれ」


 だが、鏡野はジト目になって言う。先程までとは態度が打って変わっていた。


「そんなことを言って、君も事前に説明を受けているんだろう。騙されないぞ」


「説明?」


「こんな美少女の純情を弄ぶなんて、君はひどい奴だ」


「人聞きの悪い言い方はやめろ!? あとすげぇ自己肯定感だな!?」


「ふん、期待して損した」


「言っておくが、僕は何も知らないぞ。西条さんにここに入るよう言われたのは事実だけど、この状況にはめちゃくちゃ混乱してるからな」


「何? 君、現生徒会から派遣されたスパイや工作員じゃないのか?」


「違う」


「本当に?」


「ああ、本当にだ」


「じゃあこの後西条に色仕掛けされて、性的な報酬と引き換えに今日私と話した内容を報告しろって言われたらどうするんだ?」


「それは話す。絶対に話す。何が何でも話す。全部話す」


「やっぱりめちゃくちゃスパイじゃないか! 信じようと思ったのに!! 嘘つき!!」


 鏡野は半ば涙目になってわあわあ僕を非難する。

 違うんだ。西条さんに色仕掛けされたら男はもうしょうがないんだ。落ちるしかないんだ。


「いや、でもそれは仕方ないけれど、でも僕は本当に別に西条さんから何か言われてるわけじゃないよ。色仕掛けされたら話しちゃうけど」


「……」


「そんな目で僕を見ないでくれ。多分ないから。ていうか絶対ないから」


「……」


「僕のこの顔を見ろよ。西条さんにご褒美をもらえるような顔に見えるか? ご褒美もらえる可能性があるほどイケメンに見えるのか?」


「なるほど、どうやら君は本当に現生徒会とは関係がないらしい」


「おい! 急にあっさり認めるなよ! 傷つくだろうが! 泣くぞ! 泣きわめくぞお前!」


「状況から察するに君はきっとあの女、西条に利用されたのだろう。恋心を利用して私にけしかけるとはおのれ現生徒会……なんと卑劣な真似をする。許せないな、君も被害者だったのか」


「え?」


「疑って悪かった。改めて歓迎させてくれ、青年君。君は私の仲間……志を同じくする同志だ。ともに奴らを打倒して、この屈辱を返してやろうじゃないか。暫定生徒会に来るといい。私は君の復讐を支持しよう」


「なんか勝手に仲間にされてるし……」


「よし、決めた。青年君、君の名前は?」


 一転、清々しい表情で手を差し伸べる鏡野。そしてなぜか同志ということにされていた。

 ど、どうして……?

 僕は一瞬名乗ろうかどうか迷ったものの、ここで名乗らない理由も特にないだろうと、


「僕は……塩江。塩江葵だ」


「そうか、では塩江君。今日から君もうちのメンバーだ。君には副会長の席を与える。君は幸運だな、我々が柊ヶ丘を征服したその日には塩江君は最古参のメンバー────それも私の右腕だ。相当な恩恵に預かれること請け負いだぞ」


「え、いや僕は別にここに加入しに来たわけでは……」


「私の味方になれば、学園の半分を君にくれてやるぞ」


「魔王みたいこと言ってんじゃねぇよ、どう考えても悪役の台詞だぞお前それは」


「というわけで副会長。これからよろしく頼むよ」


「おい、話を勝手に進めるな。僕は別に暫定生徒会とやらに加入するつもりは」


「というわけで副会長。これからよろしく頼むよ」


「これはあれか!? YESと答えるまで同じ台詞しか表示されない、選択肢があるようでないあれなのか!?」


 初めてリアルでやられた。というか鏡野、意外とゲームやってたりするのか?


「というわけで副会長。これからよろしく頼むよ」


「わかったわかった、わかったから無限のNOループはやめてくれ! 結構精神抉られるからそれ!」


「よし、言質は取ったからな。これで晴れて塩江君は暫定生徒会の副会長だ」


「横暴だ……」


 もしかして。


 もしかして僕は、とんでもなくヤバい奴と絡んでしまったのではないだろうか?

 明らかなことは一つ。僕が思い描いていたはずの青春の正規√に、こんなヒロインはいないということである。


 ……まぁ、こいつの顔が良いのはなんだかんだ認めるほかないが、な。

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