達成度4:メインヒロイン登場?

「それにしても東間、随分朝が早いんだな。委員会とか部活とかあったのか?」


 僕たち以外に誰もいない朝の教室でほうきを掃きながらちりとりを持った東間に話しかける。

 僕たちは二人、掃除をしながら駄弁っていた。


「あ、この掃除も委員会活動の一環とかそういうの?」


 だとしたら東間の所属は清掃委員会とか、その辺だろうか。


「ううん、違うよ。僕は図書委員だし、部活には入ってなくて……これは僕の日課みたいなものでさ。毎朝ちょっと皆より早く来て、教室を掃除してるんだ。ただの自己満足だから、あんまり真面目にはやらないんだけどね」


「へぇ、これを毎日やってるのか。誰に言われてるわけでもないんだろ? なのに偉いな」


「あはは、自分が好きでやってることだからさ。こうしてると落ち着くというか、気持ちがすっきりするというか」


 僕が感心していると東間は頭の後ろに手をやり、少し照れくさそうに笑う。


 彼はひょっとしたら綺麗好きなのかもしれない。

 だが、たとえ相当な綺麗好きだったとしても、掃除の時間でもないのに自主的に自分たちの教室を掃除するボランティア精神に満ち溢れた人間などそうそういない。元マンモス校なうちの教室は無駄に広いからなおさらだ。


 それでも文句一つ言わずにサボることもなくせっせと掃除をする東間はなんというか、いい奴っぽかった。


 ……あれ、僕これもしかして東間と友達になれたんじゃないか?


 早くも友達GETしたんじゃないか? ふふ、幸先がいいな。


 でもそういえば友達ってどこからどこまでが友達なのかわからないよな。ちょっと知り合って話しただけの相手を、果たして友達にカテゴライズしていいものかどうか。

 あっちは僕のことをどう思っているんだろう? 「友達」とは、双方の合意ないし共通認識があって、そこで始めて成立する関係なのだろうか?


 考えてもわからないがしかし、こんなことを考えているから友達ができなかったんだろうな……ということだけは確かである。


 うん、もう考えるのはやめよう。

 思考停止は愚かだが、人生を生きやすくするためのテクニックでもある。

 ともかくそのまま僕たちは十分ほど教室の掃除を続け、気づけばちりとりの中は埃で一杯になっていた。


「よしっ、とりあえず今日はこのくらいでいいかな。手伝ってくれてありがとう、塩江君」


 溜まりに溜まった埃をゴミ箱に捨て、にこりと人懐っこい笑顔を浮かべる東間。僕は東間の言葉に頷いて、ほうきを壁に立てかける。


「ああ、また手伝わせてくれ」


「本当? 手伝ってくれるの?」


「もちろん」


「ありがとう! それじゃあ、また今度一緒にやろう! あ、そうだお菓子あげるね。お近づきの印に」


 東間は鞄をごそごそと漁り、中から小袋を取り出して差し出してきた。


「これは?」


「甘納豆」


 シブいなこの子……。


 いや、おいしいから全然いいんだけど。僕は好きだし。


「あ、ありがとう……後でいただくよ」


「うん! これからよろしくね、塩江君」


 そう言うと東間は「ちょっとゴミ袋を取りに行ってくるね」と、くるりと背を向けて教室から出ていく。ああ、ゴミ袋なら僕が────と言おうとしたが、それより早くたったかたーと東間はどこかへ行ってしまった。


「……」


 教室にぽつんと一人、取り残された僕。


 なぜだろう? ぼっちにはもうとっくに慣れているはずなのに、なんだか今は得も言われぬ孤独感を感じる。


「まぁ、そろそろクラスの奴らも登校してくるだろ……」


 ふわぁ、とあくびをすると同時に、なんだか一気に眠気が襲ってきた。なんだかんだ今日は朝早かったからな……東間が戻ってきたら、一限が始まるまで仮眠でも摂るか。


 そう思い、自分の席に戻ろうとすると。


「────あれ?」


 教室の入口の方から、不意に声が聞こえてきた。女の子の声だ。


 ん、誰かが来たのか……声に釣られてふとそちらを向くと、そこには。


「君は……塩江君?」


 ────一人の少女が立っていた。


 明るい栗色のロングヘアに、大きな瞳と活発そうな顔立ち。すらりと細く伸びた手足はスタイル抜群で、見つめられているだけで心臓がドクンドクンと大きく脈打つほどの美人。


 まさにゲームの中から飛び出してきたかのような美貌を持つ紛うことなき美少女。


「さ、西条さん……」


 西条七海。


 彼女のことを僕はよく知っている。


 否、柊ヶ丘の生徒であれば誰でも彼女のことは知っているのだ。なにせ彼女は二年生にしてうちの学校の剣道部のエースを務め、さらにこの学校の生徒会長をも務める、学校一の有名人でありカリスマでありアイドル的存在なのだから。

 部活では全国大会に出場するほどの活躍を見せながらも、学力テストでは毎回不動の学年一位。


 文武両道、才色兼備の完璧な優等生。それでいて人望も何もかもあるというのだから、いやはや三次元は恐ろしい。


 っていうか待って、今僕西条さんに名前を呼ばれたのか? いや、聞き間違いだ。きっとそうだ。だって西条さんみたいな、天上に暮らしてるような人が当時教室の隅で漫画ばっか読んでたような僕の名前を覚えているわけが────、


「おはよっ、塩江君。早いんだね!」


 聞き間違いじゃなかった。名前、覚えられてたのか。


 しかも話しかけられた。見れば西条さんはにっこりと僕に笑いかけている。

 ま、眩しい……ッ! 背後にオーラが見える。キラキラしたあの手の人間だけが持つ、神々しいオーラが……ッ!


「あ、ああ、おはよう西条さん。その、えっと……西条さんも、早いんだな」


 僕が若干キョドりながら答えると、


「うん! 私は剣道部の朝練があったからさ。東間君は?」


「お、俺は……特になんもないんだ。ただ早起きしたから、早めに登校してきただけで」


 声のトーンが自然と高くなってしまっているのを自分でも感じる。し、仕方ないじゃないか! 女子どころかクラスメイトと話すことさえ久しぶりなんだから!


「へぇ、そうなんだ。部活とかは? 塩江君はやってないの?」


「あー……やってない、かな。今は」


 西条さんの手前、つい見栄張って「今は」なんて言ってしまったが、僕は入学時から卒業まで帰宅部である。


 だが、せっかく与えられた二度目の青春だ。運動部はさすがに無理かもしれないけれど、でも思い出作りにどこかしらには入ろうかなとは思っている。


 西条さんはそんな僕を見て「ふーん」と、何やら思わせぶりにほほ笑む。細められた瞳に見つめられ、心臓が爆発しそうなほどに高鳴る。


 な、なんだ? なんだこの状況は?


「てことは塩江君って今、フリーなんだ」


「ふ、フリー?」


 西条さんの意図がいまいち掴めず、僕はオウム返ししてしまう。無所属という意味では、たしかにそうなのだけれど……。え、何これ罰ゲームかなんかじゃないよね? どっかにカメラ仕掛けられてたりしないよね?


「……まぁ、多分?」


 僕がそう答えると彼女は腕を組み「そっかそっか、そうなんだね」と頷く。


「それじゃあさ、塩江君。今日の放課後って、ちょっと時間ある?」


「放課後……ああ、うん。大丈夫だけど」


「よかった! それじゃあ、さ……」


 そこで西条さんは言葉を区切ると、上目越しに僕を見つめる。


「今日の放課後……旧校舎の前に、来てくれないかな?」


「……え」


 ────おいおいなんだ、なんなんだこの展開は。


 まさにメインヒロイン。まるで接点のなかった学校一の美少女にいきなり声をかけられ、指定の場所に呼び出され。


 まるでゲーム……それも、僕の最後にプレイしていた正規√まっしぐらじゃないか。

 これもしかして僕の青春、始まったのか?

 ここからようやく、僕の青春リベンジが幕を開けるのか?


「いい……かな?」


 小首を傾げ、俺に訪ねてくる西条さん。

 かわいい、あまりにもかわいかった。

 こんな美少女を前にしてNOを突きつけられる男が果たしてこの柊ヶ丘のどこにいようか。

 僕は慌てて頷く。


「わ、わかった」


「ありがとう、塩江君! じゃあ、また放課後にね!」


 そうして西条さんは、手を振って教室に入ってきた友達のところへと去っていく。


 ────どうやら僕の青春の正規√は、ここから始まるらしい。

 期待に胸を膨らませていると、その日の授業はまるでスキップ機能でも使ったのようにあっという間に終わったのだった。

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