達成度3:青春リベンジの誓い

 ────どうやら僕、塩江葵は二年前にタイムリープしたらしい。


 つまりは高校二年生の春に戻った、ということである。


「……おいおい驚いたな。本当にタイムリープしちまったよ。なにこれ、夢か?」


 洗面所の鏡に映る自分の顔を見て、頬をペタペタと触る。お肌の調子から察するに、身体も高校二年生のそれに若返っていると考えてよさそうだ。


 心なしか健康状態も良くなったような? まぁ、最近はカップ麺と冷凍食品ばかりの不摂生な食事を続けていたから、二年前であれば少なくとも今よりかずっとマシな食生活を送っていただろう。


「いてて」


 あるいはこれは夢なのかと思い頬をつねってみるが、案の定目覚める気配はない。


 えーと、僕は何をしていたんだっけ?



 覚えている直前の記憶では、たしか僕はそう────神様に祈ったような気がする。

 もし次があったらきっとうまくやるから、どうかもう一度チャンスをください、と。

 そうして眠りについたはずだ。


 で、今。朝起きたらなんとビックリそこは過去でした、と。


「そんなこと、あり得るのかよ……!?」


 いや、ない。ないだろう普通、願いが叶うにしたって唐突すぎるぞ。

 なんちゅう神様だ、もうちょっと事前連絡というか前触れというかお告げがあってもいいだろう。


 僕は洗面所から出てすぐのトイレに駆け込み、すぐさま壁を凝視。


 立てかけてある知らないお笑い芸人の日めくりカレンダーを見ると、カレンダーはやはり二年前の日付で四月二十四日を指していた。


 知らない半裸の男が筋肉を見せびらかすようなポーズを取ってニッコニコの笑顔を浮かべているカレンダーに恨みがましい視線を送ると、トイレから出る。


 何笑ってんだ畜生、こっちは一大事なんだよ!


 ……とばっちりだった。ごめん、筋肉さん。


「さて、と……どーすっかなぁ、コレ」


 見ず知らずの芸人さんに勝手にあだ名を付けると再び洗面所に戻り、熟考。


 ……わかった、認めよう。

 もはやここまで証拠を突きつけられてはさすがの僕とて現実を認めるほかあるまい。


 まるでフィクションのような出来事。


 僕がこれまでプレイしてきた数々の名作で見てきたシチュエーション。


 信じ難い現状だが、どうやら僕は本当に二年前に戻ってきてしまったようだ。


「……マジかよ」


 高校二年生からの人生やり直し。


 今まで積み上げてきた実績(もちろんあらん限りの時間をぶっ込んだネトゲとギャルゲの実績であることは言うまでもない)も、今までの大切な思い出(もちろんあらん限りの金をぶっ込んだソシャゲの思い出であることは言うまでもない)も、全部やり直し。


 全部が全部、リセットされてしまったのだ。


 愕然。あまりの衝撃に身体がぷるぷると震えてくる。


 言葉も出てこない。立っていることすら困難なほどの震えが全身を駆け巡り、はっ、はっ、はっ、と過呼吸気味になって息が苦しくなる。


 だって、それって、つまり────。


「……よっしゃあああああああああ!! 来たああああああああ!!」


 なんだこれ、最高かよ! だってまだ二年生よ? 二年生。

 一年生という一番最初からのスタートではない。

 が、まだまだ頑張り次第でここからいくらでも青春を謳歌できる。


 憧れの青春をゲットできる。

 画面の向こうで眺めていただけのアオハルが、僕にもやって来る。


 ああ、ありがとう神様。あるいは季節外れのサンタさん。

 どういう理屈かは知らないけれど、ともかく僕は今日この日を未来永劫忘れることはないだろう。


 見た目は十六歳、中身は十六歳。いまいちパッとしないが、タイムリープはタイムリープ。

 僕は今、決意した。


 今度は失敗しない。今度は無為に過ごさない。


 ゲームはもう十分だ。この世界では、必ず失った青春を謳歌してみせると。


 そう────最後にプレイしていた、あの恋愛ゲームのような。


 清楚でかわいいメインヒロインと結ばれて、幸せな学園生活を送って卒業のハッピーエンド。


 まさしく僕の青春の正規√。決めた、僕は何があってもこの正規√にたどり着いてみせる。


 塩江葵の青春は、今このコンティニューから始まるのだ────!


「ふ、はははははは!!」


 喜びのあまり洗面所で悪役みたいな高笑いをあげていると、横からにゅっと出てきた妹が蛇のように僕を睨むと、一言。


「兄さん、うるさい」


「あ、はい……」


 すいませんでした、と言う暇もなく、妹は奥に引っ込んでいった。


 ★


「そんで、とりあえず学校に来てみたわけだが……ちょっとばかし早く着きすぎたな、こりゃ」


 卒業してからまだほんの数日しか経っていないはずなのに、ひどく懐かしく思える通学路を歩くこと三十分。


 僕は自分のクラスである二年B組の下駄箱の前で頭を掻いた。


 どうやら青春を謳歌するぞと気合を入れすぎるあまり、本来よりも随分早く登校してきてしまったらしい。周りを見渡す限り下駄箱にはほとんど靴が入っておらず、代わりに柊ヶ丘では上履き代わりに用いている内履きが入っていた。


 つまり、まだほぼ誰も登校してきていないということである。


 もうちょっと家でのんびりしていても良かったなと思いつつ、僕は靴を履き替えて教室へと向かう。せっかく早く来たんだ、自分の机とロッカーの掃除でもしよう……と、ガラガラ教室のドアを開ける。


 朝の教室はしんと静まりかえっていて、開かれたカーテンから爽やかな陽の光が差し込んでいた。


 案の定、誰もいないか。そう思い自分の机へと向かおうとしたところで────教室で一人、誰かがほうきを掃いていることに気がついた。


「……ん?」


 黒板の前。無駄に広いこの教室で、一人の男子生徒がほうきを使って掃除をしていた。


 平均よりやや背の低い、華奢な体躯。結構長めの前髪に、ともすれば女性にも見える中性的な整った顔立ちの生徒だ。


 なんと声をかけるべきか迷っているとやがて向こうも僕に気づいたらしく、手を止めてこっちを見る。


「あ、えっと」


「お前は……」


 たしか彼は────名前は東間(あずま)とか、そう言ったはずだ。おいおいクラスメイトの名前くらい覚えておけよという話だが、当時の僕はまるでそういったことに興味がなかった上いかんせん二年も前のことなので記憶が曖昧なのだ。


「塩江君、だよね。おはよう」


 俺がそんなことを考えているうちに東間は少しだけ戸惑った様子で声をかけてくる。その様子にハッとなって、僕も慌てて返事をした。


「あ、ああ、おはよう。えっと……東間、だよな」


 クラスメイトと話すのは、というより家族以外の人間と話すのは随分と久しぶりで、緊張から思わずたどたどしくなってしまう。だが当の東間はまったく気にした素振りも見せず頷いた。


「うん、そうだよ」


 ふー。よかった、間違ってなかったみたいだ。もしここで間違えてたら僕の青春のスタートは間違いなく最悪のモノになっていたからな、危なかったぜ。


 東間はほうきを片手に僕の近くまでやって来ると、少しぎこちなげに小首を傾げて微笑む。


「塩江君とは前のクラス、違ったよね? こうして話すのは始めてかな」


 そうか、いくら途中からタイムリープしたとはいえ、季節はまだクラス替えしたばかりの春。まだ一度も話したことのないクラスメイトもいるのか。

 そう考えるとやりやすくなる、いくらか気持ちも楽になるかもしれない。


「ああ、多分な」


「そうだよね。よかった、僕まだクラスで知り合いあんまりいなくてさ。これから一年間よろしくね、塩江君」


 そう言って東間は柔和な笑みを浮かべ、スッとこちらに片手を差し出して握手を求める。

 す、すごい……イケメン? いや、整った目鼻立ちをしているけれど、イケメンはちょっとだけ違うな。


 強いて言うなら可愛らしい、というか。


「……? 塩江君?」


 握手に応じない僕を不思議に思ったのだろう、東間が心配そうに覗き込んでいることに気づき、僕は慌てて取り繕う。


「ああ、悪い。こちらこそよろしくな、東間」


「うん、よろしく! 塩江君」


「それ、今やってるの掃除か? 手伝うよ」


「あ、ありがとう」


 初めて人里に降りてきたクマのようなドキドキの心境をしながらも、ひとまず。


 ひとまずこうして僕は第一村人ならぬ第一クラスメイトと知り合うことに成功したのだった。


 よしよし、理想の青春に一歩前進……したかはわからないけれど、少なくとも過去よりかマシになったのは確かだろう。


 元の世界では、僕と東間は知り合いですらなかったのだから。

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