第5話

 カタリナの手を取り、手のひら、指先を何かを確かめる様に触れていく。

 その手つきにかつて夜会などで触れられた不埒者の様な様子はなかった。手つきだけでなく、橘の目が料理人が食材を、鍛冶師が金属を確認するような目つき、職人ともいえるものに変わった様にカタリナは思えてしまったのだ。


 「武骨な手だろ」そう呟いたカタリナに橘はカタリナに視線を向けた。。


「どうでしょう、武骨と言うよりは働き者の手って言った感じですね。少し日焼けされてますが肌のきめや皮膚の薄さは女性らしいですし、指の長さや、爪の形も綺麗です。 元々の肌が薄いので手の平のタコ、固くなっている部分が目立つのだとおもいますよ。後ちょっと乾燥が気になるので」


 そういって橘は小さな容器を手に取り、そこから保湿クリームを取り出し手の平で温めながら「このクリームは」と説明しカタリナの手に広げていく。


「手の平のタコは剣を握っているから、この右手の指先は剣ではなくペンを握る為に固くなっている。なので 僕からしたらこの手は働き者の手ですし、この手の持ち主は働き者なのだと思います」


 手に視線を向けたままそう言う橘、なんだかむずがゆさを覚えているカタリナに「ただ気になるところといえば」と視線を橘は向ける。


「だいぶ心労が溜まっているのかなと、この右手のペンだこ気になるのかかなり触ってますね」


 橘の言葉に思い出せば確かに気が付けば触っている、しかも。


「イライラしている時は更にと言った感じでしょうか。指先で触れるというより爪先で擦ってて、固いところがボロボロになってしまって、更に気になって触ってしまう」


「……確かに、そうかもしれないな。手だけで良くわかるものだな」


「手って結構その方の性格がでるんですよ」


 「気にならない様に後で少しだけ整えますね」と橘はカタリナの手を置く。


「この後、爪の形を整えますが…… 聞かせていただける範囲でいいので近々の予定を教えていただけるとありがたいのですが」


「……明日からしばらくは」


 どこまで話して良いのかとカタリナは最低限を橘に告げる。


 「では、短めで形は……」と様々な形で整えられた爪の見本を取り出し、カタリナの目の前に置き説明を始める。説明を聞いたカタリナは「そんなにも違うものなのだな」と感心したように声を出す。


「小さな事かもしれませんが全然変わるんです。今回はこのスクエアオフと言った形で整えさせていただきます」


 机に端に置かれた道具たちの中から板の様なやすりを取り出すと、カタリナの手を取りやすりを爪に当てゆっくりと左右に動かす。


―― まるでバイオリンを弾いているみたいだな


 爪先が丸く整えられていたのが、先端はまっすぐに角は丸みを持たした形に変わっていく。強度が高い為、指先をよく使ったり、衝撃が加わるような予想が出来る時はおすすめなのだと先ほど聞いた説明をカタリナが思い出しているうちに右手、左手と形が整えられていく。

 

「整え終わりましたので、一度引っかかったり、気になるところはないか確認してください」


 「少し失礼します」と橘は奥にある扉を開け姿を消した。

 指先に触れカタリナは感触を確かめ、その滑らかな手触りに感心していると橘が直ぐに姿を現し、その手には透明なガラスのボール、ボールの中にはお湯が入っており少し湯気が上がっていた。

 

「気になるところはありませんでした?」


「ん、特にはないな」


「では、次に甘皮のお手入れをしていきますね」


「甘皮?」


 橘はカタリナの手を取り爪の付け根を差し「この部分です」とカタリナのい説明を始める。爪のつけ根、爪母と呼ばれる場所の説明から、甘皮にはどんな意味があるのかとカタリナに分かりやすい様に話をしていく。


「なので、この後こちらのお湯に指を浸けていただいて、少しふやけた所で甘皮を取っていきますね」


「理解したが、そんなに変わるものなのか?」


「失礼ですけど、カタリナさんの今だいぶ甘皮部分、ルーススキンが伸びてしまっているのでかなり見た目変わるはずですよ」


「そんなものか」


「はい、ではこちらのクリーム、甘皮を柔らかくするクリームを塗りますね」


 橘はカタリナの指先にクリームを塗り、ゆっくりとカタリナの指をお湯の中に入れていく。


「熱くないですか?」


「ん、丁度いいくらいだ」


「少しそのままでお待ちくださいね。では、その間にお色を決めていきましょうか」


「色だと?」


「はい、この後甘皮のケアが終わった後に爪に色を塗らせていただこうと思っていますので、そのお色を」


「ちょっと待ってくれ。それは爪を染色するという事か?」


 カタリナが爪に色というので想像するのは、華やかなものだと舞台女優達の付け爪や色鮮やかに染色したものであった。特に染色となると染物職人たちの爪を頭に浮かべてしまった。

 そんなカタリナに橘は背後の棚から一本の赤い瓶と細長い板を一枚取り出す。


「これはマニキュア、ネイルポリッシュと呼ばれるものです。簡単に言うと乾くのが速い絵の具と思っていただければ」


 そう言ってネイルポリッシュの蓋を取ると蓋にハケが取り付けられており、それを先ほど一緒に取り出した板に塗る。


「こんな感じで爪に色が塗れます。そして……」


 毛羽立った小さな布を手に取り、端に置かれた道具の中の一つの蓋を開け数度押し込む。

「このコットンに、こちらの中に入った液体を付けて擦ると」、コットンを乗せ軽くふき取ると、そこにはネイルポリッシュは残っておらず、コットンの方に色が移っていた。


「こんな風に色を落とすことが出来るので、その時々や気分に合わせて色を変えることが出来るんです」


「なんと……では、そうか」


「そうなのです。なので、一度試してみませんか。ローゼンクロイツ様お好きな色は?」


「そうだな…… やはり、赤が好きだな」


 赤。それはローゼンクロイツ家にとって特別な色であり、カタリナの最も好きな色であった。




 











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