第3話
「へぁ」っと気の抜けた声がカタリナの口からもれた。
そこは真っ白な空間に人が一人通っても十分な幅の通路が左右に伸びている。
カラン
鈴の音がカタリナの耳に届き、思わずびくりと音の方に目をやれば先ほどのドアの上部に小さな鈴が付いており揺れている。
―― なんなんだここは
ドアに手をかけ押してみても先ほどとは違いドアは開かず、閉じ込められたのかと思わず身構えた時だった。
「いらっしゃいませ。初めてご来店の方ですね」
男の声。左の通路の奥から聞こえたその声にとっさにカタリナは剣を向けるが、先ほどまで手に握られていた愛剣の姿はなく、右側の通路に跳ねるように距離をとり姿を現した声の主を確認する。
真っ白なシャツに黒のズボン、背はカタリナと同じくらいだが線は細い、彫りの薄い顔に真っ黒な髪とそれと同じ色の瞳からは困惑が見て取れた。
武器を振るうタイプではないだろうが、この事態を鑑みて魔法を使う魔法師の可能性を捨てきれずカタリナは魔力探査を行うが何故か発動する事が出来ず、カタリナは警戒を一段階引き上げた。
「ここはどこだ」
カタリナの問いに男は柔らかな笑顔を浮かべゆっくりと頭を下げた。
「ここの名前は『サロン : ティファレト』、僕はここの店主をしております
「サロンだと?」
サロンと聞きカタリナは眉をひそめた。
カタリナ自身それを開く事はないが誘いを受け参加した事は数回あるが、気取った雰囲気が苦手で好んで参加することはなかった。
「お客様が想像しているサロンとは違って…… そのなんて説明させてもらえばいいか分かりませんが、ただの名前だと思っていただければ」
カタリナの表情から、何かを察したのか慌てて要領の得ない説明を続ける男の姿がなんだか少し滑稽でカタリナは警戒を緩める。
「あー、結局ここはなんなんだ?」
「そうですね。では、改めまして」
店主、橘は軽く咳ばらいをしニコリと笑顔を作る。
「いらっしゃいませ、ようこそ『サロン : ティファレト』へ。当店ではお見えになられたお客様の『綺麗』と少しの『非日常』のお手伝いをさせて頂いております。失礼ですが、お名前を伺っても」
「ローゼンクロイツ、カタリナ・ローゼンクロイツだ」
「ローゼンクロイツ様ですね。もしよろしければ私にローゼンクロイツ様のお手伝いをさせていただけないでしょうか」
普段のカタリナならばもっとこの状況を警戒しているはずだった。突然別の場所に移動したのだ、転移系の何かを疑うはずだし、先程まで手にあった筈の愛剣の行方も考えるはずなのに。
しかしそれらが頭から一時でも抜けてしまう程に混乱しており、それを態度に出さない様に必死であったのだ。そして何より疲れていたのだ。身体の疲れはさほどではなかったが精神的な疲労はピークに達しようとしていたのだ。
そんな状況もあってか、橘の提案にカタリナは「よろしく頼む」と小さく頷くので精一杯であった。
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