第2話

「クソっ!!」


 幾つもの天幕が張られた野営地、その中のひと際大きなローゼンクロイツ家の天幕の中で苛立ちに任せたままカタリナは声を荒らげた。

 

「あれでは傭兵達の方がまともではないか!」


 王国北部で発生した魔物の大量発生を鎮圧する為に招集された諸侯達、彼等が率いてきた兵達の練度、モラルの低さにカタリナは頭を抱えた。さきの帝国との戦の傷が癒えぬまま起きた魔物の大量発生。多くの当主や長子が戦死し、今回の派兵を率いている多くが降ってわいた立場の者達ばかりで明らかに経験不足であった。国としては今回の一件で彼らに経験を積ませる狙いはあるのだろうが、兵達の中にはそんな未熟な指揮官と言った彼等を侮っている様子が目に見え、それがこの討伐軍の質をさらに低下させていた。

 

 その結果、カタリナ等従軍経験のある者達はその尻ぬぐいというもの奔走することとなっており体力だけでなく神経まですり減らす事態となっていた。平時ならば動向に気を付けていなければならない傭兵達に心労を労われるという状態となっていた。


 天蓋の中、ベッドに腰を掛けて思い出すの明日からの本格的に始まる戦の軍議の様子。

 何かを勘違いした侯爵家の嫡子となった女が立てた作戦。なまじ今回の討伐軍の中で爵位が高い為にカタリナは作戦の修正に苦心し、結果全体の損害を抑える為に傭兵団とローゼンクロイツ家が先鋒を務める事となった。軍議が終わった際には傭兵団の団長に「ローゼンクロイツ卿に私達の命を預けます」となんとも言えない表情で伝えられた。


「本当に頭が痛いな」


 ため息交じりにベッドから達上がり、明日の為に早く寝てしまおうと就寝の準備を始めた時であった。

 

「……はっ?」


 思わず声が漏れた、カタリナの視線の先、天幕の端に長方形の板が一つ。

 

 流石に疲れているなと目頭を押さえ、改めて見れば確かにそこに板が、あるはずのない板が、長身のカタリナよりも高さのある板だけがそこにあった。ぐるりと天幕内を見渡しても異常があるのはそこだけ、立てかけていた愛剣セクエンスを手に取る。セクエンスには所有者以外の魔力に反応する能力があり、それと合わせカタリナ自身も魔力探査を行うが魔力やその残滓は見つけられず、何らかの魔法である可能性は限り無く低い。


 ゆっくりゆっくりと近づいても目の前に大きな板が立っている以外にやはり異常はなく、恐る恐る触れてみればひんやり冷たい。

 

―― ガラスだと?


 触れた感触はガラス。ガラスの表面は少しザラっとしており、カスミがかかった様に白く曇っているが決して汚れなどではなく、そういう風に加工がしてあるのがわかる。

 そしてそのガラスにはコの字型の金属が取っ手のようについている。


 「取っ手? ドアなのかこれは」


 見た事の無いそれにカタリナはゴクリと喉を鳴らし、なんだこれは、誰がこれをと色々な事が頭を巡る。

 

―― もしこれがドアだとしたら


 本来ならば一人で対処するようなことではない、外にはローゼンクロイツ家の騎士が番をしているので声をかけ対処するべき異常事態。しかし不思議とそれをするという頭はなく、ふっと息を吐き出しカタリナは覚悟を決め取っ手を持つ手に力を込めた。

 

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