ようこそ。サロン:ティファレトへ
珈琲飲むと胃が痛い
第1話
「今日はもう下がってかまわない」
部屋の主のその言葉にメイドは深々と頭を下げ、部屋を後にする。
その姿を見送ると部屋の主、豊かな赤髪を携えた妙齢の女性カタリナ・ローゼンクロイツ。彼女はソファーに身体を預け、深く息を吐き出した。
母親であるジュリア・ローゼンクロイツの早世により若くしてローゼンクロイツ伯爵家の家督を継ぐ事となった彼女、内外の軋轢を功により抑え名実共に今やローゼンクロイツ家の当主と認められていた。
そんな彼女は今、部屋の一点を見つめている。
―― やはりこの時間は落ち着かないものだな
トットッと心臓の鼓動が高くなる。
戦場や議会、夜会等の胸の高鳴りとは違うそれにカタリナは若干の心地よさを覚えながらゆっくりと瞳を閉じる。
少しして瞳を開ければ先ほどカタリナが視線を向けていた所に一枚の扉、すりガラスに金属の取っ手が付いた扉。存在しないはずのそれ、先程までなかった扉。王宮でも見る事の出来ないガラスの扉にカタリナは手をかけ躊躇なく開く。
カラン
ドアの開閉と共に鈴が鳴る。
左右に伸びる通路、正面には真っ白な壁、高さのある小さな木製の机にはカタリナの見た事の無い異国の精巧な絵画と花が飾られており、置かれた容器の頭に手を当て押し込むと液体が噴き出る。噴き出た液体を両手になじませるとスッと冷たい感覚とアルコールの匂いが鼻に届いた。
「いらっしゃいませ」
声の方へ顔を向ければ一人の柔らかな雰囲気の男性。
「おまちしておりました。ローゼンクロイツさん」
「うむ、久しいな店主よ」
頭を下げる男性。店主にカタリナが答えると、店主は柔和な笑顔を向け「お久しぶりです。こちらへどうぞ」と案内を始める。
「こちらのお席へどうぞ」
案内された机には椅子が二脚並べらていた。横長の机。ちょうど真ん中には仕切りが置かれ、その仕切りによって二席に分けられている。横長の机は仕切られていてもかなり余裕があった。机には一面にタオルが引かれ、カタリナが案内された側には幅広のタオルが筒状に巻かれておかれている。引かれた椅子に腰を降ろす、その椅子も固過ぎず沈み過ぎずちょうどいい塩梅の物。巻かれたタオルを手のひらで撫でると柔らかな感触が伝わり、その感触にカタリナはいつも驚かせさせられる。
「カタリナさん、先にお飲み物ご用意しますか?」
「そうだな先にいただこうか。今日は何かおすすめはあるのか?」
「そうですね、以前お出しした薔薇のお茶のなんかいかがですか」
「おぉ、あれか。ではそれを」
「少々お待ちください」と店主は奥へ姿を消すのを確認すると、カタリナはぐるりと店内に視線を巡らせる。
白を基調とした店内は清潔感がいつも通り感じられる。カタリナの正面、机を挟んだ向かいの壁には幾つも小さな引き出しがつけられた胸の高さより少し低めの棚が置かれ、その上には可愛らしい小物が配置されている。
その壁の目線の高さにはガラスの台が取り付けられており、形の違ういくつもの小さな色とりどりのボトルが綺麗に並べられている。それらのボトルは上からの照明に照らされてキラキラと輝いて見えた。
伯爵位を持つ貴族の中でもローゼンクロイツ家は裕福な部類であり、王家の覚えも良い為に登城する事も多い。そんな彼女の目から見てもそれらは高級な代物にみえた。
照明にしろ、蝋燭を使わない照明をこれ程の数使っているのは王家や公爵家、一部の侯爵家くらいなものだろう、実際ローゼンクロイツ家では執務室くらいなのだ。あの部屋の隅に置いてある空気清浄機という道具もカタリナは初耳であったし、耳に届く音楽も初めの時は驚いた。
「お待たせしました」
「ありがとう」
カタリナの前に置かれたカップの中には薔薇の花が咲いている。
カップはガラスで出来ており、上からだけでなく横からもその薔薇を見る事が出来た。口に運ぶと湯気と共に薔薇の香が花をくすぐり、口に含めばその香りが口一杯に広がり余韻を楽しむ様に瞳を閉じ、ゆっくりと瞳を開けば店主が向かいの席に座りカルテに目を落としている。
直ぐにカタリナの視線に気が付き店主はカルテから目を離す。
「前回お見えになられた時に忙しいと言われてましたが、落ち着かれました?」
店主の問いにカタリナは前回来た時期の事を思い出すと戦後処理の書類等に追われていた時期であった。
「やっと落ち着いたところだよ」
「それはお疲れさまでした。では始めましょうか」
「よろしく頼む」そう言ってカタリナは手を差し出し目を閉じる。先ほど飲んだ薔薇のお茶のせいか思い出す、この不思議な場所『サロン : ティファレト』 カタリナの知っていたサロンとは違うこの場所に初めて訪れた時の事を。
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