お披露目リハ前
「おはようございます」
「お、よく来たね! 島に乗り込むまで大変だったでしょ?」
桜花スターダムの3Dスタジオで尾根さんと機材の調整をしていると、外入さんと柴田さんが挨拶をしながら入室してきた。
笑いながら労う俺の言葉に、外入さんは青い顔をしてこくりと頷く。どうしたのだろうと後ろで苦笑する柴田さんに視線を向けると、彼は頬をポリポリと掻きながら口を開く。
「船酔いしたそうです。今日は風が強かったので」
「あぁ……。内海とはいえ揺れるときは揺れるもんね」
どうやら外入さんは船に弱いタイプだったらしい。船の移動は福岡の港から二十分ぐらいなんだけど、それでも弱い人は駄目らしいからなぁ。
「えー、現時刻ヒトゼロゼロヨン。リハがヒトニーゼロゼロなので休憩をどうぞ、オーバー」
「なんでにわか軍隊みたいな喋り方なんですか……。リゼちゃん、事務所に休憩室あるからそこで休もうか」
消え入りそうな声で「はい」と答えた外入さんは、ふらつきながら柴田さんに誘導されながら室外に消えていった。
「大丈夫なのあの子? 今日のお披露目って飛んだり跳ねたりするわよ」
「あまりに酷かったら次からは前入りしてもらうべきかもね」
尾根さんと顔を突き合わせてうんうん唸っていると、再びスタジオのドアが開く。失礼しますの言葉と共に妻橋さんと金髪にフワフワカールをかけた長身のお嬢さんが入室してきた。彼女が真珠姫の中の人、螺子山眞由美さんである。
「螺子山さん、無事に到着しました」
「無事に来ました~。あ、おはようございます~」
見た目に違わず、ゆるゆるな口調で螺子山さんは挨拶をしてくれる。妻橋さんは孫を見る目でデレデレだ。
「外入さんはまだいらっしゃって?」
「いえ、到着してますよ。船酔いしたみたいで事務所で休憩してます」
妻橋さんは「風強かったですからね」と一人で納得して、螺子山さんを事務所に誘導しようとする。しかし、螺子山さんはそれを断る。
「作業の様子見ててもいいですか? 私、こんなに機材のそろったスタジオ初めてなので~」
「構いませんよ。カメラを壊さないようにだけお願いしますね」
このスタジオは一ヘクタールの3Dスタジオ中にUconってモーションキャプチャー用のカメラを張り巡らせてあるが、これが一台一千万近くする。壊れたら買えばいいが、故意に壊されるのは困るからな。
「わぁ~。私、こんなにUconがあるスタジオなんて見たことないです」
「純粋に考えて頭おかしいわよね」
この3Dスタジオだけで三十台設置してるからな……。多いところでも普通は四台か五台ぐらいだ。
ここはアクション系の撮影やオリジナルソングのMV撮影で使用することを前提に設備配置されているので特に多い。と、山田君が言っていた。
「それで、今日はアクション系の配信なんですよね~?」
「うん、リハの時に詳しく説明させてもらうけど、昔流行ったテレビのアトラクションをパク……、オマージュしてみようと思って」
「日本語って誤魔化しの言葉ばかり増えるわよねぇ~」
尾根さんシャラップ。パロディもオマージュも適切に使えばリスペクトって言葉に変換して逃げ切れるんですよ。
「でも、お披露目で3Dかつ生放送って珍しいですね~」
「スタジオを貸し出すからその宣伝も兼ねてるんだよ。最初のうちはお金を垂れ流すだけだからね、業界の人がレンタルしてくれると経営的に助かるし」
「立地以外は完璧ですから大丈夫だと思いますよ~」
しれっと毒吐くよな螺子山さん。確かに東京の人たちからしたら遠いけど、九州や本州の西側の人たちはここがあることでかなり便利なんだぞ。ここまで大きなスタジオは東京以外にはほとんどないからな。
俺と螺子山さんがやいのやいの騒いでいると、尾根さんが録画と配信用ソフトウェアの調整を終えたらしく、うーんと背伸びをしながら入り口横の隔離された大きめのPA(音響)ブースから出てきた。
「PAブースとエンジニアブースが一緒なんですね」
「パソコンが強烈に性能がいいから同時処理したほうがロスがないんだよね」
ブースに設置しているパソコンは年々性能が上がっているパソコンの五世代先を行くほどの性能をしてるからな。無論、アプリ産のパソコンである。おかげでモーションがぬるぬる処理されて普通に生身の映像と変わらないものが提供できる。
そのことを螺子山さんに説明すると、ぱぁっと華が開いたかのような笑顔で。
「それって、全力で動いても完全にトラッキングされるってことですか!」
「う、うん。それは保証するよ」
やったーと喜ぶ彼女を眺めつつ、妻橋さんにどういうことかを聞くと、螺子山さんは売れないダンサー志望だったが、何処にも雇ってもらえずにいたところに桜花スターダムのオーディション募集を見つけた、現実じゃダメならバーチャルでと一念発起して桜花スターダムに応募したと話していたらしい。
だが、そのような話は応募用の動画で一切話していなかったが……。
「同情という色目で見られるのは不愉快ですので~」
そろそろリゼちゃんに挨拶しに行きましょうか、と妻橋さんに声をかけて螺子山さんはスタジオから退出した。残された俺と尾根さんは顔を見合わせて顔を引きつらせる。
うん、螺子山さんはゆるい雰囲気だけどバリバリにプライド高いタイプだわ。怒らせないようにしよう。
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